第302話 黒の思惑集いて
ソーマ達は、シュロソ導師の動向を注意すべく、
オーソバの街のボルレオ城に向けて、チカバの街を旅立った。
黒い寄生樹の魔物から採れた『黒魔力の実』
それは、食べた人間を魔族に変える 恐ろしい果実だった。
その果実を持ったシュロソ導師が、どこに行こうとも、
その先に住んでいる他人に食べさせるのは予想できていたからだった。
ソーマ達の他に、道中の護衛として雇われた冒険者達や
衛兵士長の手紙を持った兵士達も馬車を走らせていた一方、
黒魔導教団 本部の、導師以上の者でしか入れない室内では――
教団の中では古参で、最年長のローグレー導師が入ってきた時、
薄暗い室内の中には、壁掛けの火の棒の火の光に照らされ、
白い人影が六つ、ぼんやりと浮かんでいた。
本部に在る会議室や、団員達も集う集会場、
団員達の 日々の祈りを捧げる祈祷場とは違い、
ここは、導師達の行う 儀式の場の一つだった。
この場所が選ばれたと言う事は、
他の者達には聞かれたくない導師達の、
内密の話をするには 絶好の場所だった。
椅子も 机も無い、木の板も床に敷かれていない、広い石室に、
ローグレー導師の足音だけが カツコツ と 響いた。
部屋の中央を囲むように立つ六人を見ながら、
彼等と同じように中央を避けて歩くローグレー導師は、
(『手捏糸』のシュロソが居ない……? )
室内に居る面々の顔を見つつ 歩き、
床に描かれた『火の紋様』の上に立ち止まった時、
「揃ったか。」
湾曲した六角形の、下の二辺が半円状の『X』に似た形で、
中心に 縦の線が入った紋様――『裏の紋様』の上に立つ男が、
誰にともなく 声を上げた。
白く 長い外套を着た、濃い灰色の髪に、
切れ長の鋭い目をした男性で、
「グラファイト。一人居ないのに揃っただと? 」
「……」
ローグレーの言葉と視線を、冷たく受け止めていた。
穏健派で『火』の上に立つ ローグレー導師は、
過激派の導師の『手』『足』『水』『裏』の四人の中では、
『裏』のグラファイトが 一番 嫌いだった。
ローグレーから見て――
『手』の導師は邪神を信仰していたが、その信仰心が強く、
危ない性格をしていたが、研究室に籠っていれば動かなかったし、
魔法の研究など、団員達への恩恵を齎した。
『足』の導師は物資や人員の運搬のため 各地を転々としていたが、
『足』の導師本人は考え足らずだが 役目上 争う事は無かったし、
『水』の導師は 水の研究や海への進出のために活動していて、
水中の魚や水草など、食用に利用できるかの実験していたらしいが、
『裏』だけは、ローグレーでも何をしているのか把握できなかったし、
好戦的 排他的な『裏』の配下の者を、ローグレーは焼いた事があった。
ローグレーは、微かな灯りにキラリと光って見える男の目を、
主神の名を持って焼ければ どれだけ良いかと考えていたし、
グラファイトはグラファイトで、自分を敵視している老人を、
闇の中に消してしまいたかった。先代の『裏』のように。
その冷たい空気が流れるのを 取りなす様に、
「まぁまぁ、シュロソが来ないのなんて珍しくないでしょう。」
素足を描いた『足の紋様』の上に立つ男が二人に話しかけ、
頭に巻いた赤い布を巻き直す前に、淡い茶色の髪を、
後ろへ かきあげていた。
「シュロソも、カーフに言われたく無いでしょうに。」
その男――カーフに、深い青色の長い髪をした女性が声を掛け、
「おれは あちこちに行くから来れない時があるけど、
シュロソは そもそも、話を聞いてないだけで。」
「どうかしらね? 」
と いう 掛け合いをしていると、
「カーフ導師、インディーノ導師、
不要な話は そこまでにしてもらおう。」
その二人の会話を、薄い黄色の髪と目をした男が止めた。
その男の足元には、目にも 太陽にも似た『前の紋様』が、
インディーノの足元には、波線と水滴の『水の紋様』が描かれていた。
その一連の流れを、
「……」
「……」
『風』と『土』の導師二人は無言で見ていた。
この室内の石床には、
中心を囲むように、八つの紋様が描かれていた。
ローグレー導師の足元には『火の紋様』が、
グラファイト導師には『裏の紋様』が、
カーフ導師には『足の紋様』が、インディーノ導師には『水の紋様』が、
先ほど二人を止めたビケット導師の足元には『前の紋様』が、
『風の紋様』の上に ウィステリア導師が立ち、
『土の紋様』の上に カクタス導師が立っていた。
そして、この場には不在のシュロソ導師が立つ場所に
『手の紋様』が描かれていたのだった。
(また、総統に呼ばれて集まったのに……)
ウィステリアは、この状況を好ましく思っていなかった。
導師の半数が過激派である事もだが、
そもそも 勢力を二分する現状もだし、
『土』のカクタス導師が中立の立場を取っている事も、
彼女や他の穏健派の導師から見ても不安要素であった。
先代の『土』の導師が教団を抜けた事が、
教団内部に 確実に影響を与えていたのだった。
それに、過激派の導師達は全員、
先代の導師が急死して代替わりした者達ばかりで、
穏健派の三人ほどの信仰心も持ち合わせていなさそうな態度が、
穏健派が抱く不信感を強める結果に繋がっていたのだった。
「導師達よ。」
この場に居た全員が、入口とは正反対の、奥に注目した。
奥には 一体の石像が置かれていた。
石像は一人の男性を象られ、
右手に剣を 左手に鍬を携えていた。
黒魔導教団の信仰する主神ヤクターチャの像だった。
過激派や他の者は、邪神ヤクタルチャイルだと呼んでいた。
さらに、その石像の奥は、黒い布で覆われていて、
その黒布の向こう側から、導師達に声が掛けられたのだった。
向こう側、その 導師達の立つ床よりも一段高くなった所から、
「教団員同士での争いは禁じたはずだが? 」
教団の最上位に居る 総統の鋭い声が飛んできた。
そのために、導師達は黙った。
「総統、本日、我々を集めたのは どのような――」
その中で、グラファイトだけが口を開いて 話しかけたが、
「『裏面』のグラファイト。」
「はい。」
総統に名を呼ばれて返事をし、口を閉ざした。
「『踏果』のカーフ。」
「なんでしょう? 」
「『水妖美』のインディーノ。」
「はい。」
総統は 次々と名前を呼び、
「『震土』のカクタス。」
「はい。」
「『風読』のウィステリア。」
「はい……」
「『進光受』のビケット。」
「ここに。」
「『拓火』のローグレー。」
「はい。」
他の者達も、総統に名前を呼ばれて返事をしていた。
そして 改めて導師全員が総統の言葉を待ち、
「ホルマの街で確認された黒髪の男。その男は今 どこに居る?
ノースァーマの街を出て、チカバの街に居る事が確認された。
それが わかっていながら、彼は未だに ここに来ていない。」
総統は本題に入った。
「お言葉ですが――」
「話は終わってない。」
「―― 失礼しました……」
また口を開いたグラファイトを総統は黙らせ、
「わかっている。教団本部に連れてくる事ができない現状は。
だが、話をする事も できないのか? 手紙を送る事も?
以前、強引に連れ去ろうとしていた と 聞いたが、
まさか、そのような手段しか使えないのでは あるまいな? 」
総統は導師達に尋ねた。
しかし、これに答えられる者は限られていた。
担当する地域や役目があり、するべき事をしている者達には、
ソーマを教団本部へ連れて来る余裕が無いのであった。
これに答えられたのはグラファイトだけであった。
「そんな事は ございません。
急ぎ得た情報では、彼の身辺を守る者達が多く、
彼自身も常人ならざる強さを持つようで、その……、
周囲の者達が居るために近づけない状態なのです。
近づけば 近づいた者が捕らえられるでしょうし、
手紙も、彼が読む前に握り潰されるでしょう。」
「ふむ。」
「まだ 街に潜伏している者達が居りますので、
彼に動きがあれば追う事ができますので ご安心を。」
そのグラファイトの報告を、穏健派のローグレー、
ビケット、ウィステリアは快く思っていなかった。
それは つまり、捕まえられる時には捕まえる と、
そう言っているようなものにしか聞こえなかったし、
総統と話をする事で 優位性を持っていたからである。
「その、常人ならざる強さとは? 」
総統は質問をし、
「素手で族の七人を倒し、シュロソの手下を倒し、他人の暗殺を防ぎ、
魔族と化した者と対等に渡り合っておりました。また、魔法を扱い、
屋敷の外壁を復元、雨を降らせて火を消し、傷を癒しました。
また、街の人々は彼に対し、畏怖を抱いて ひれ伏しました。」
その報告を聞いて、全員が どよめいた。
といっても、足の導師は既に それを知っていて 驚かなかったが、
(知らない間に、そこまで強くなっていたのか――!? )
ソーマと出会った事のあるローグレーの動揺は大きかった。
以前会った時は、ただ 髪が黒いだけの非力な人間だったし、
(御主神様の子では? )
と、黒髪繋がりで考えた事もあるローグレーだったが、
過ぎ去る日々の忙しさの中で そんな考えも抜け落ちていて、
その強さの変化に ローグレーは驚いていたのだった。
*
報告を聞いて動揺する家臣達の中で、
「それでは、その『黒髪』こそ、脅威ではないかっ!? 」
丸々と太った 金髪の男が、
唾と食べかすを撒き散らしながら驚いた。
ボルレオ城近隣の 高級料理店の二階の個室で、
ポルコ・ネェロが中心となって話し合いが行われていた。
この太った男こそが、家臣の中でも重鎮のポルコで、
この部屋に集められている者達は皆、豪華な服を着た、
ポルコの息が掛かったネェロ派とも言える家臣達であった。
各々に並べられた豪勢な料理を食べ、酒を飲み、
今後も このような食事の機会を続けるための会議をしていたところ、
以前、ゴルド王にソーマの事で報告をした事が有る、
比較的若い臣下の男―― サングニア・デモノシベが現れ、
チカバの街で起きたソーマ達の戦闘に関して報告し、
「えぇ、その状況を見ていた者も、
思わず ひれ伏しそうになったのを堪え、
早急に こちらに戻ってきたと言っていたらしいですからね。」
報告書を持つ手が震えている事を隠そうとしていながら、
ポルコの口から 唾と食べかすが飛ぶのを見たのだった。
「以前は、来るかどうか わからないから『様子見』だと言われたが、
こちらに来るつもりである事は明白だ。」
「チカバからの手紙を手に入れたのは幸運だったな。」
「王子が直々に何度も受け取っていたのは不審だったしな。」
「黒髪の男、報告書通りの強さなら、あまりにも危険過ぎる。」
「ラウドが関わっているならば、余計に だ。」
「だから、最初に報告された時に――」
と、家臣達が次々と焦り、不安、恐れの声が上がる中、
「ポルコ様、どうしますか? 」
斜め後方に近づいてきたサングニアの質問に、
「どうするも こうするも、消えてもらうしかない。
『黒髪』も ラウドも。生きていてもらっては困るのだからな。」
ポルコは そう答えて焼肉に齧りつき、
その勢いで 肉汁が飛び散った。
*
教団内での派閥争いの事や、黒髪の男の事、
それぞれの活動の成果や、人員の増減について等を話し合い、
他の導師達が去った後の儀式の場で、
「ローグレー。」
「はっ。」
総統は居残っていたローグレーに話しかけた。
未だに 二人の間には黒い布で遮られていたが、
「黒髪の男、確かに見たのだな? 」
「はい。見た目は……背も小さく、女の子のようでしたが……」
「女の子? まぁ良い。
この世界に 確かに生きている事が わかっていれば、それで。」
総統は先ほどよりも親しみのある雰囲気で、
「破壊に依る新生、それが黒魔導教団の教義。
悪しきモノ 古きモノを壊すのは この世に生きる人々のため。
剣を振るうのも 鍬を振るうのも そのためだ。」
「その通りです。」
「黒髪の男が現れたのは……いや、なんでもない。」
「総統? 」
「ローグレー。その黒髪の男を……守れ。
報告通りの強さだとしても、この世界には必要だ。
教祖が黒魔導教団を作ったのは、
魔力と魔物に依る 世界の変化から、人々を救うため。
今の この世界は、彼に守ってもらうしかないかもしれない。」
「総統……」
「下がって良いぞ。」
「はっ。……」
退室を促されてローグレーは出て行ったが、
総統の言葉に ただただ 驚き戸惑うばかりだったし、
(この世界に……? )
その言葉が 彼の頭に、妙に こびりついていた。




