第21話 ホルマの街にて
アルテナの病気が治るまでの間だけど、
おれ達はブラウさんとシアンさんの家にお邪魔することになった。
家主のブラウさんが医学や化学、魔力の研究室を確保するために、
家が屋敷レベルにまで大きくなってしまったと、
ブラウさんが困り顔ながらも笑っていた。
おれはアルテナが睡眠をとっている間にブラウさんと話を進めて、
おれがシアンさん同様にブラウさんの研究の手伝いをしながら、
アルテナの看病をすることにしていた。
向こうの好意に甘えて、何もしないでいるのは嫌だったから。
研究の手伝いがどういったものかはわからないけど、向こうだって、
おれにできなさそうなことはさせないんじゃないかと期待している。
この世界に来て今まで、村で部屋を間借りしたり街で宿を借りたりしてたけど、
このブラウさんの屋敷が一番豪華だよなぁ~としみじみ思った。
床は部屋も通路も通じて赤い絨毯で敷き詰められているし、
壁は石壁に木板が張り付けられてるのかな?
その木板にしっかりと薬剤が塗られているみたいだし、
薬剤の匂いがちょっと鼻につくのが気になるけど……
屋敷でこれぐらい豪華だと、お城とかだったらもっと凄いのかもしれない。
行くことはないと思うけど、一度くらいは見てみたいな。なんて思った。
とりあえず、この世界に電気ってのはないみたい。
照明としてロウソクにランタンを置く場所が
あちこちに用意されていた。
酸素とか換気大丈夫かぁ? って、ちょっと不安にはなるけど。
それにしてもあの時のアルテナ、
なんかうなされてたみたいだよなぁ……
彼女に握り絞められた右手が痛ぇ……
剣振り回すから握力強いんだろうね。
「お待たせ、次の店に行こうか。」
「はい。」
店から出てきたブラウさんから雑貨屋から買い付けた荷物を受け取り、
ブラウさんが用意したカバンに詰めて背負い直す。
この街にいる間、おれはまた荷物持ちをしていた。もう慣れたけどさ。
シアンさんがアルテナを見ている間におれは、
ブラウさんに連れられてホルマの街で買い物をしていた。
必要な物を買いにあちこち歩いているんだけど、
この街があの街よりも敷地面積、規模が大きいことに気づいた。
まぁ見りゃわかることなんだけどさ。
街を守る石壁の内側では、削られた石を地面に埋め込んで舗装され、
家や店の建物も総じて小綺麗な感じ。
まるでブラウさんの家の外観を小さくしたような建物の
街並みの中で日常の生活音が鳴り響いていた。
そしてホルマの街中を歩いていると
ブラウさんに好意的に話しかける人がやたらといて、
かなり人気があるのを知った。
対して初対面のおれには、何やら警戒しているのが見てとれるんだけどね。
もう慣れはしたけど不快なのは変わらない。
そんなに黒い髪が珍しいのかよ。
「ブラウさんって人気なんですね。」
「まぁ、この街や人に貢献していることが多いからだろうがね。」
ちょっと意地悪な気分で聞いてみたけど、軽く流されてしまった。
なんでもこの人、元冒険者でそれなりに成果を残してるらしい。
だから家も、一際大きくさせてもらった。と言っていた。
魔力の研究も、その一つなんだろうな……
「ところで、君のその髪色に興味が沸いているんだが……」
そんなに気になる? と、おれは思う。
ブラウさんは極めて明るく聞いてきたから、
「生まれつきですよ。親も爺さん婆さんも周りの連中もみんな黒かったんです。
で、年老いて黒から白になっていくか、毛が抜けてツルツルになるかですよ。」
おれも明るく言い返した。本当のことだしね。
「へぇ……わたしが冒険者の頃にはあちこち旅してまわったが……
君の住んでいるところへは遠いのかね? 」
住んでいるところ……か、ブラウさん、ちょっと踏み込んできたな……
どうしよう……本当のことを言おうか?
この人はこの街でも有名な人だし、これからどうなるにせよ、
協力が得られるならありがたいんだけど……
それに、元居たところに……か……
元の世界に……
「……遠いですねぇ……とっても遠くって……帰れるのなら、おれは……」
アルテナに強く握りしめられて内出血ができている右手のひらを見ながら、
深いため息が出た。
もしも……もしも帰れるなら―― おれは今でも帰りたいのだろうか?
「あっ、いや、なんというかその……聞いて悪かったね……」
「? 」
おれの様子に、ブラウさんは何か勘違いをしているみたいだけど、
これ以上追及されないなら好都合……かな?
そんなこんなで買い物を済ませて、
ブラウさんの屋敷へ戻ることになった。
アルテナ……元気に寝てるかな? ……
*
(退屈だわ……体の具合も良くないし……)
アルテナは寝台の上から、部屋の窓の外を眺めながらぼんやりとしていた。
彼女は病によって体調を崩し、意識こそしっかりしているものの、
全身の気だるさや思考のぼやけさ、熱っぽさに動く気も起きにくくなっていた。
部屋の開け放たれた木枠の窓の外からは 子供たちのはしゃぐ声や、
洗濯や料理の水音、また微かに料理の匂いが どこかから部屋へと流れてくる。
(ソーマは今、何をしているの? )
彼に、特に何かをしてほしいとは思っていないアルテナだったが、
彼は何もしていなくても、
(居れば私のそばにいるんだろうな……)
とも思うアルテナであった。
(まさか、私だけが魔力病にかかるとわね……)
自嘲するように目を閉じた。
魔力病とは、魔力が存在するようになってから名付けられた病名で、
魔力が体調を狂わせることで発症する――と、思われている。
実は、これを読んでいる人達にはご存じである『風邪』のことである。
コンコンと扉を叩く音がした後、
シアンが数冊の本を抱えて入ってきた。
本を下から抱き支える形だったので、
本の上に胸が乗ってその形を変えていた。
「げほっ……その本は何? 」
「これは私が読むんですよ。」
チラと眉根を寄せて見るアルテナに対し、
シアンはニコリとほほ笑んで応えた。
アルテナの態度に彼女は慣れてきているようだった。
アルテナの看病はソーマが行うことが多いのだが、
さすがに生理現象にまで付き合わせるのには抵抗が双方にあり、
そこは同性であるシアンが手伝うことになっていた。
いつ手伝うことになるかはその時次第であるため、
彼女は事前に部屋に来たのだろう……と、アルテナは判断した。
ベッドのそばの椅子に腰かけ、小さなテーブルの上に本を置いて早々に
シアンは読書を始めた。装飾の施された分厚い本ばかりであった。
「あ、彼ならお師匠様の付き添いで買い物に行ってますよ。」
「……そう。」
その様子を見た後で扉の方を見ていたが、
彼女の言葉を聞いて、視線を窓の外へと向けたアルテナであった。
「……」
「……」
シアン自身は気づいていないのかもしれないが、
アルテナは彼女がチラチラと、
本と自分とへ視線を行き来させていることに気づいていた。
(はやく帰ってこないかな……)
気づきながらも、向こうから何かしてくるまでは
放置するつもりのアルテナであった。