第17話 突きつけられる刃
マルゼダと名乗った男の事情も、
族の真似事をした三人組の事情も知らない。
(私にとってはどうでもいい。)
アルテナは今、機嫌が悪かった。
そもそも、あの三人組が絡んできた時からが
苛立ちの始まりなのだから。
あの三人はそれぞれ剣、槍、片手持ちの鉄塊棒を得物にしていた。
彼らのまとめ役が剣を持ってマルゼダへと向かっているから、
アルテナは残りの二人を相手にするため、迎え討つことにして地を駆けた。
このままソーマへと、武器を向けられるわけにもいかないのだから。
三人組は冒険者らしいし、荒事に慣れているのだろう。
しかし、族の真似事をしていたことの方が多かったのだろう。
より力を込めるためか、彼らの大振りな動作の無駄を 彼女は感じ取った。
取り巻きの男たちの振り上げた鉄塊棒も、突くために引き戻した槍も、
目的を果たせぬままにアルテナの剣の一振り一振りで体ごと地に落ちた。
走りこんで距離が離れたアルテナが、
急ぎその場を振り向いた時、
「ぐがぁっ、マル……ゼダ……」
「……」
片膝をついて崩れ落ちるまとめ役の男と、
剣を持って それを見下ろすマルゼダの姿があった。
彼も傷一つないところを見れば、
彼が強いのかそれともあいつらが弱かったのか……
それよりソーマは?
「……、……、……」
「ソーマ? 」
一歩後ずさり、地に伏したあいつらから視線を離さないで微かに震えていた。
表情も青ざめて固く、視線が不安定に泳いでいるようにも見える。
かと思えば、道の横にふらふらと歩いたと思ったら――
――道草の陰のところで膝も手もついて、嘔吐していた。
*
おれは 何もわかっていなかったのかもしれない。
おれは本当は わかっていたのかもしれない。
この魔力も魔物もいる異世界で、
魔力も魔物もいない現実世界で、
人々は自分たちが生きていくために魔物の脅威に立ち向かっているんだって、
人々は自分たちが生きていくために他人を蹴落としたりするんだって、
まるで夢のようで、
これが、現実なんだ。
魔力という要素と魔物という脅威があるだけで、
自分たちのために他人を危険な目に遭わせる奴らだっていて、
魔力も魔物もいる現実世界で、
魔力も魔物もいない異世界のように、
おれは気づかされてしまったんだ。
おれは気づかないふりをしていたんだ。
*
ひとしきり吐き終えたようで、ソーマはゆっくりと立ち上がった。
「あー、胃がムカムカする……」
涙目で胸の下あたりを撫でながら、
彼は苦みに顔を歪めながらそう零していた。
「体調を崩したの? 」
「あぁ、いや、そうじゃないんだけど……心配かけてごめんね。」
「私は、別に……」
受け答えには微笑みを浮かべてみせたソーマの様子に、
一応の安堵をしたアルテナだったが、
彼女は彼の目に、初めて出会った時に見た、
あの昏い目を 再び彼がしていたのを見てしまった。
まさか出会う前にも、彼は人の死に触れたのだろうか?
だからあの昏い目に?
そう思ったアルテナだが、即座に心の中で頭を振って否定した。
(人の死に触れるのが条件ならば……)
親蜘蛛の時にも、そうなっていただろうから――
「あー、悪いんだけどさ。二人は先に行きなよ。」
じっとこちらを窺っていたマルゼダが二人に声を掛け、提案していた。
「おれは同じ冒険者として なんとかするからさ。
こうなっちゃったらしかたない、どちらが悪いもないさ。」
優しく諭すように言う彼の言葉は、
どちらかというとソーマへ向けたものだった。
マルゼダはマルゼダで、あの三人組と何かあるのか、表情は暗かった。
「ほら、行きましょう。」
「あ、ああ……」
マルゼダの言葉もあり、アルテナは彼を連れて旅を再開させた。
というよりも、一刻も早くこの場から彼を連れて立ち去りたかったのだった。
初めて見た時の昏い目も、いつの間にか鳴りを潜めて見なくなっていたし、
今回もそうであるように と、アルテナは先を行くよう前を向いて歩いた。
空は雲が灰色を帯びて群れを成し、
こちらが行くかあちらが来るか、
いずれはまた雨が降ってきそうな空模様であった。
*
その場に立ちつくしていたマルゼダは、
二人の姿が見えなくなるのを確認すると、
三人の遺体を草葉の陰へと引きずった。
そして彼が討ち取ったまとめ役の男を仰向けにすると、
彼の胸に刺さっていた短剣を抜き取った。
アルテナが彼の動きを見ていたなら見えていただろう、
しかし彼女は彼より前で戦っていたし、
ソーマからは背中しか見えていなかった。
濡れた血を拭い去ると、彼は短剣を衣服に隠すように仕込んだ。
奴らの遺体を誰かに見られないようにする、
土に埋めてやる以外の目的がこれであった。
もちろん、マルゼダ自身もいくばくかの感傷を持ち合わせていたが。
そして奴らの金貨袋を抜き取ると自身の金貨袋へ金貨を入れ、
マルゼダは急いで街へと戻っていった。
マルゼダはただ 物盗りをしたわけではない。
奴らが袋にため込んでいた金貨は、
本来なら自分たちが守るべき力のない人々から
巻き上げたものだとわかっていたからだ。
マルゼダは盗みを働かない。
マルゼダのこの行為は、依頼内容に沿ったものでもない。
マルゼダは冒険者として登録されているが
冒険者として行動しているわけではない。
マルゼダは、誰に金貨をどう返すかの算段を考えながら、
ソーマとアルテナのことについて、こう考えていた。
山の向こうの二つの村で、
魔物を狩った英雄として名を上げたことは知っている。
半裸の女剣士に黒髪の男性の二人組だと。
山の向こうから来た旅人や行商人が、
酒を片手に噂し合っているのも聞いていた。
(なるほど、確かに彼女は腕が立つ。)
あの手腕から、かなりの手練れだ。
あの腕前なら魔物を狩ることもできるだろう。敵対したくはない。
(しかし、あのような早業はどこかで……? )
彼は剣術に関して記憶から探ろうと思ったが断念し、
(では、彼はどうだ? )
思考の対象を変えた。
彼はただそこにいただけで何もしていない。
いや、彼女が彼を連れて歩き、彼女があらゆる障害から彼を守っている。
彼に戦う力はないのだろう、荷物持ちという態でいるようだが。
(彼は何者だろうか? )
街の者たちが口々に言うような気味の悪さは会話をしていて感じなかった。
むしろそこらの者よりも物腰は柔らかだし親しみやすい。
宿屋の一件では、彼の皮肉に思わず声を上げて笑ってしまいそうになったが。
奴らが彼を見て化け物と言っていたのも、彼女達の言う通りの真実だったし。
彼は髪色が黒というだけの普通の人物だった。
もしあのまま会話を続けていれば、
こちらの素性までもバレていたのかもしれなかった。
(オレの思慮、配慮不足だったかもしれないが……)
あれには驚かされたマルゼダであった。
(それより……)
……彼のあの嘔吐は、血を見たからか死を見たからか?
どちらにせよあのソーマという人物は、どこぞの金持ちの子供かもしれないな。
そうマルゼダは結論付けて、ドーマの街に辿りついた。
いつものドーマの街、散々彼らを陰で口悪く言っていたのが嘘だったような日常が
マルゼダを迎え入れていた。