第1話 堕ちたる者
理想の自分のイメージって持ってる?
将来のなりたい仕事とかさ。
例えば政治家とか、飛行機のパイロットとか警察官とか、会社の社長とか――
おれだって漠然とだけど、
ああなりたい とか、こうなりたい とか、思っていて――
――思うだけで何にもなれず、なんにもできずに無駄に生きていた……
コンビニでおにぎり一個とペットボトルのコーヒーを買って、
近所の公園の鉄棒に もたれかかりながらのお昼ご飯。
本当はベンチに座りたかったけど、
先客がベッド代わりにしているから使えないしね。
もっと早く来ればよかった。
おれも現状のままだと そのうち、静かに寝ている先客のおっさんや
段ボールのテントの中にいる爺さん達みたくなるんだろう。
駅近くの人通りの少ないところでは、
新聞紙や梱包材を毛布代わりにしている婆さんもいたけどね。
それにしても、日の光にあたりっぱなしだった鉄棒がクソ熱ぃ……
『豪華な』昼食を終えて、ゴミで膨らんだビニール袋をゴミ箱にシュート。
くそっ、外した……
ゴミ箱に当たって入らなかったから、直接ゴミ箱に放り込んだ。
変に横着して 結局ムダに動かないといけなくなるのも昔っからだ。
ふと見上げれば 今日は雲一つない快晴。
だけど最近は、特に人がバタバタ倒れる真夏日だしな……
額に流れる汗を手で払い落とし、
涼めそうな日陰を探しながら公園内を見回した。
こんなに熱いのに、あのベンチのおっさんも よく長いこと寝ていられるな……
―― !?
「おい、おっさんっ!? おっさんっ!! 」
声をかけても肩を揺すっても、おっさんからの反応は一切なかった……
救急車とパトカーのサイレンが公園内外に響く。
自分は発見者として、ホームレスたちは彼のお仲間として
その場で聴取を受けた。
駆けつけた救急隊員や警察官だけでなく、
彼らからも細かく説明を求められたから、家に帰る頃には夕方になっていた。
彼らから漂う汗と涙と酒と体の強い匂いが鼻につくけど、
それを知られないように表面上は耐えてみせた。
格安家賃のボロい我が家で、余り物の食材をテキトーに炒めて腹を満たし、
シャワーで体についた汚れを洗い流して、敷きっぱなしの布団に寝転がる。
あのおっさんの寝顔が、救急隊員や警察官たちの対応が、
彼の仲間たちの様子が、思い出したくもないのに嫌でも思い出してしまう……
おれもいずれ、あのおっさんみたいに一人で死ぬのかな……
まだ若い、でも若くもない。
なりたい仕事もないし、何ができるでもないし。
あの婆さんも見なくなって結構経つけど、やっぱり死んだのかな……
自分のてのひらを見る。
あのおっさんを揺するために触れた。なんてことはない。
ただそれだけなのに、死に直に触れたような気分になった。
おれもムダに生きるならいっそ……と、何度思ったことか。
ずっと瞳を閉じて悶々と考えていたからか、
次第に眠気が増してきて――
――
―――― っ!
「いいかげんに起きなさいっ!! 」
ゴスッ! と 脇腹を蹴られた!?
「いっっっ、てぇなっ!! 」
冗談で済ませないほどの痛みに眠気も吹っ飛んで、
慌てて上体を起こして加害者を見上げた。
「こんなところで、いつまでも のん気に寝てるからよ。
というか、よく寝ていられたわね……」
腰に両手をあてて仁王立ちしている女の子が、
呆れた とでも言いたそうな顔をして、おれを見下ろしていた。
雲一つない快晴、遠くに見える山々から涼しい風が吹き降りて木の葉の擦れる音、
まばらに群生している草と舗装されていない大地。
そして大きな荷物を背負い、大事なところしか隠せていない鎧を着た、
二十歳にも満たなさそうな女の子。
「まぁ、魔物や族に襲われる前に起こしてあげたんだから感謝しなさいよ。
……ねぇ聞いてる? 」
脇腹の痛みがジンジンと染み渡るのを感じながらも、
おれは自分の置かれている状況が、目の前の【現実】が受け入れられなかった。
一言:族 は、わざとです。