一緒に休みましょう。
練習用に書いた小説です。
そこは寂れた喫茶店だった。人気はほとんどなく、かろうじてうっすらと光ってる照明がこの店を開いてることを気づかせる。
赤いレンガと看板に巻き付いてる蔦の葉。言葉にするとどこにでもあっておかしくない少しお洒落なレストランか喫茶店を思わせるのに、この店はただ寂れてる、薄暗いといったイメージしか湧かせることはなかった。
一度目に入ると不思議と寂れていても中に入りたくなった。
少しばかりの勇気をドアノブと一緒に手に掴み引き寄せた。
内装は特別綺麗であった訳ではなかった。外装のレンガと合わせたかのような明るいオレンジの照明。内装にも散りばめられている赤いレンガ。
綺麗ではないけど暖かいそんな雰囲気を持っていた。
「いらっしゃい。」
高い声がぶつけられた。店のカウンターの奥。恐らくバックヤードとなっている所から出てきたのは一人の女性だった。白いカッターシャツに紺のエプロン。飾り気のない指。後ろに結んだ長いパーマのかかった髪。
飲食店の従業員。その衛生部分を突き詰めただけの格好だった。だがそれでもその女性には不思議と雰囲気があった。魅力ではなく雰囲気だ。
まるでスナックのママを相手にしてるそんな気分に陥らせた。まだ若く見えるのに。
「お好きな席にどうぞ?」
最後を少し上げて向けられた言葉には早く座ったら?という意味が込められていることに気づき、近くにあった木製の少し漆が塗ってあるアームレスチェアに急いで腰かける。
椅子まで少し古くさい。
「メニューです。」
そう言って出されたのは、表紙を含めて三ページ。裏には何も書かれてない二つ折りのメニューだった。
一ページは数種類のコーヒーが。
一ページは軽食が数種類。
たったそれだけの簡素なメニューだった。正直これだけ?とも思ったが店主が持つ独特の雰囲気に再び気圧されるのが怖かったので一番上にあったブレンドコーヒーを注文した。
「ブレンドでお願いします。」
私の言葉に店主はただ一回頷いて手際よく準備を始めた。
店主が準備を始めてる間、私は店内を見回した。
店内はこれまた椅子と同じ木製のカウンター。カウンターの周りをぐるりと椅子が取り囲む形になっている。それだけだった。
普通喫茶店と言ったらカウンターがあって、カウンターで収まりきらないお客さんのを受け止めるように他にも机と椅子が用意されてる。
でもこのお店はカウンターだけ。この造りも店主のスナックのママに似た雰囲気を作り出す一つの理由なのかも知れない。
でも、スナックと違うのは他の机がないそのせいかお店は広々としてる。
次に灰皿がない。喫煙を認めてない。張り紙があるわけではないが店内の雰囲気がそう語っていた。
「砂糖とミルクは?」
店内を見渡してると唐突に聞かれる。「あっ、お願いします。」
「一つ?」
「砂糖二つで、ミルクはお任せでお願いします。」
店主は頷いて再び用意し始めた。
「このお店って煙草は吸えないんですか?」
私の言葉に店主は「煙草があったらコーヒーの香りを最後まで味わえる?」と冷たく言いはなった。言われたらその通りだけどもそこまで冷たく言う必要はないと思いたい。
だけど、コーヒーの香りを嗅いでるうちに不思議と文句を言う気は失せてきて店主の言葉をすんなりと私の中のに閉じ込めていた。
音を最大まで減らして置かれたコーヒーカップにはミルクによって黒から茶色に姿を変えたコーヒーがいた。
いただきます、そう言って私はコーヒーを口に含んだ。
熱い、凄く熱い。熱さで痺れた舌が苦味を、砂糖の甘味を一度に受け止める。
カップを置いて急いで飲み込む。何気なくした呼吸に私は驚かされた。
鼻を刺激するコーヒー。ただそれだけ。特別上品な香りではない。むしろコーヒー独特の強い、どこか男性をイメージさせる少し紳士的ででも強い香り。それが私の鼻を刺激する。一度刺激されたら他の部分にも影響が行く。
喉だ。熱いコーヒーが通った喉は香りに負けず劣らず私の喉に満足感を与える。冷たさでは味わえない。熱いからこそ飲んだ!という気持ちが強くなる。余韻が長い。鼻に残る香りも喉を刺激する熱さもずっと、ずっと私の体に残り続ける。
「おいしい。」
一言呟く。特別じゃない。素人でも分かるおいしさがこのコーヒーにはあった。
「良かった。」
店内のそのときの笑顔は綺麗だった。女性の私が見惚れるほど綺麗だった。特別な色っぽさがあるわけではなかったけどただ綺麗だった。
「何かあったの?」
また、唐突に聞かれた。でも、私は喋り始めていた。この店主と会話をすることを体が望んでいた。
「どうしてそんなことを聞くんです?」
私の問いに「入ったときに仏頂面してたらそりゃあ誰だって気づく。」素っ気なく返す。でもその素っ気なさまでが心地よかった。
「あんまり深く聞いてたらお客さん離れますよ?」
私の嫌味にも変わらず「もとから少ないから良いの。」と素っ気なく答える。最初から今までずっとこの素っ気なさ。でもそれがひどく心地良い。
私の口は紡ぎだし始めた。
「彼と別れたんです。特別理由があった訳ではなかったです。彼にダメな所があった訳ではないんですけど何故か一緒にいるのが辛くて、でも別れた今も辛くてどうして良いか分からなくて。」
店主は黙って私の口が紡ぐ言葉を聞いている。「別れを持ち出した自分が分からなくて、でも彼といるのも辛くてどうしたら良かったんですかね?」
私の質問に「知らない。」と一言切り出した。
「私がいくら上部だけの言葉をなぞってもそれは私の言葉だ。あなたの言葉じゃない。因みにさコーヒーの花言葉って知ってる?」
私は頭を振って答える。
「コーヒーはさ、木の癖に花言葉があるの。一緒に休みましょうっていう花言葉があってね。あんたが彼氏と別れたのは確かに辛かったかもね。でもさ、今は辛くてその辛さに酔ってるだけなんだよ。あとから思い返したらなんてことないことなんてたくさんある。あんたの仕事が忙しくて彼氏に当たっただけのことかも知れない。でもね、酔ってる時はそんなことすら考えられない。だからまずは休みな。休んでから考えたら良い。」
厳しい。この人は厳しい。答えを用意してくれる訳じゃない。あくまで自分で考えろって言う。
派手な頭の中を空っぽにしろって話はそこからだって厳しく言う。
どこまでも自分らしい。羨ましいなぁ。
ひとまず話をしよう。別れを切り出した身分で話をしようなんてあれだけどもう一度彼と話をしよう。
「ご馳走さま!」
そう思い立った私はお金を置いて急いで店を出た。
彼に電話をかけながら彼の家に走った。身勝手。でももう一度話したい。
彼と話した。ただ黙って聞くだけだった。強い言葉も飾った言葉もなしで彼に言葉を伝えた。でも彼は黙って私を抱き締めるだけで、それが嬉しくて受け止めてくれることが嬉しくて私は彼に抱き締められるがまま泣きじゃくった。
そのお店はどこか寂れてて人気はないけど美味しいコーヒーと美人で飾り気のない店主が名物。
彼と今度は一緒に。