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MR-009「草原の乱-4」


「うわー……おじ様、あれ1人分でいくらぐらいするのかしらね?」


「さあな。ただまあ……貴族様というのは見栄で生きているような面もある生き物だ」


 会場の隅の方とはいえ、若いエルナの声が誰かに届いて面倒なことになるのは勘弁してほしい、そう思いながらも俺も軽い酒を口にしていた。メインの会場は奥の方とはいえ、こちら側……貴族にくっついてきた部下等の宴もなかなか盛況な物だった。


討伐を終えてすぐ、俺たちは宴に一緒に参加することになった。本番を前にしたまさに前祝い。それぞれの力具合を示す場でもある。面倒だが依頼の内だ。


(西の雄、ウェズローの名声はいまだ衰えず……か)


 もう15年以上前になるが、俺が英雄として世界を回っていた頃にもこの西の大貴族、ウェズローは既に有力な貴族であった。天使共や魔物の討伐のために支援を受けたことも2度や3度ではない。もっとも相手にとってみれば顔も見たことの無い、名声だけの相手に義理で出したような物だろうな。実際、俺も正面から当主と出会った覚えはない。何かの式典で顔は見たことがあるかもしれないが。


 それがまだ、こうして宴を開く余裕があるだけの権力を誇っているというのは面白い物だ。既に勢力だけなら王家の簒奪とて無理ではないだろうに、ただひたすらに自領の繁栄に力を注いでいるのだ。中央に街よりも大きな湖を抱くこの国、アースディアの王都はわかりやすく国の中央にある。つまりは湖を王都の一部としているわけだ。そしてその王都を中心にした領土が王の直轄。東西南北にそれぞれ治安維持、対天使の名目で貴族たちが配置され、それぞれの所領を治めている形になる。

 周囲にある他の国とは日々、大なり小なりの小競り合いがあるというのだから人間とは……と思う俺がいる。


 気を取り直し、街中の店では出てこないような豪勢な食事を食べ進める。豪勢といっても貴族たちが食べている側と比べるとだいぶ見劣りするが……こんな物だろうな。逆にこれだけ提供できるというウェズロー家の力をまじまじと感じるほどだ。


「でも結婚式は明日なんでしょう? なのにこんなに今から騒ぐの?」


「本番は式典が主だからな……騒ぐのは前か後、ってとこだろう。顔合わせも今日行われるようだからな。む、始まったぞ」


 周囲を見れば、俺達以外にもどちらかというと食事に気を向けている連中も結構多い。そんな奴らの向こう側、そいつらの主がいるであろう場所がにわかに騒がしくなる。ここにいても灯りが反射して眩しいほどにあちこちに装飾品を身につけた男……恐らくは現ウェズロー当主だ。でっぷりと太り、贅沢病で早死にするのではないか?と思うほどだった。あれでは戦いの指揮を執るという訳にもいかないだろう……この結婚は親の焦りもあるのかもしれんな。確か……一人息子だったはずだ。


「おじ様はああはならないわよね、きっと」


「そうだな……太る暇もないし、鍛錬がそれを許さないな」


 さすがに空気を読んだのか小声のエルナ。俺も小声で答える。毎日、正確には毎朝やっている鍛錬は普通の兵士、普通の冒険者には過剰なほどの物だ。エルナでさえ祈祷術の支援をありにしても俺を背負って何回も屈伸をするほどの負荷をかけている。それでも体を壊さないという点で祈祷術の効果がわかろうという物だ。

 祈祷術は祈りである。だからこそ、効力を発揮させるためには祈っていなくてはいけない。どんな時でも、どんな状況でも祈れねば力は借りられず、自分が負ける……それがわかってこその鍛錬であった。

 対天使となるとやや問題があるが、そうではない相手であればよっぽど対処する自信が俺にはある。


(そう、例えば……こういう時とかな)


 貴族たちの集まっている場所がにぎやかさを増す。伝わってくる話からは悪趣味というべきか、それでこそというべきか……それは、明日の式で会場の警護をする役目の一角を模擬戦で選ぶという物だった。勝利した家の兵士に一部とはいえ、晴れの舞台の出番を与えようということだ。

 周囲の兵士であろう男達に動揺が走る。まさかという声や、本当か?という疑いの声まで。


「本当かしら?」


「たぶん本当だろうよ。それだけ自分の抱える部下に自信があるに違いない。あるいは集まって来た貴族たちがどこまで本気かを知りたいんだろう」


 実際問題として、模擬戦とはいえ結果次第ではその兵士はもう戦えないような大怪我を負うことだってあるはずであった。そうなれば痛手という一言では済まない損を背負うことになる。かといって挑みません、では自分にとってその価値がないと言っているに等しい……まあ、上手い手だな。悪い手でもあるが。


(そうしてふるいにかけるような必要がある懸念が起きている……? まだわからんな)


 貴族たちは当主に頭を下げた後各々の陣営に戻り、声を荒げて戦う兵士選びを始めているようだった。さて、我らがマスクルはどうするのか、と思っていると見事に目が合ってしまった。本気だろうか? 自分の正規の部下ではなく、俺を使おうというのだろうか。

 微笑まれ、手招きされては動かないというのもおかしな話だ。ため息1つ、俺はエルナを伴って前に進み出た。


「親戚筋とは言え、俺ごときで構わないのか?」


「何、構わんよ。私だけではない、部下もそれだけの信頼を置いている」


 誰に聞かれているかもわからないと思い、とっさに歳の離れた親戚だと出まかせを口にしたがマスクルは嫌な顔1つせず、それを肯定してみせた。ちらりとマスクル配下の兵士達を見ると、まるで行商の店を楽しみにやってきた子供の様な顔をしている。

 どうやら、俺の戦い、動きを楽しみにしているようである。ちょっと力を見せすぎただろうか?


「おじ様、私……いいと思うの。どこに行くにも、ね」


「お前がそういうならそうしよう。お前の選択は俺の選択、だからな」


 隕鉄剣と派手に祈祷術を使わなければ俺の正体がばれることも恐らくないだろうと判断し、戦い以外のことは任せるぞとマスクルを脅しつけるように言った。もちろん、と頷くマスクルには俺も苦笑を浮かべるしかない。


 しばらくして、他の陣営も選出が済んだようだ。部屋の中央に、俺以外の男達も歩いてくる。皆、若い……まあ、そこそこだな。まったく、揃えたように鎧が光ってやがるぜ。自分は傷つくような場所で戦いをしていませんと明言するような物だ。

 男達の情けない装備に頭を下げてつまらない戦いになりそうだなとため息をつく。


「おい、おっさん。怖気づいたんなら帰れよ」


 それをどうとらえたのか、隣に立っていた若い兵士が小声でつっかかってきた。最初、何を言っているのかわからなかった。男の顔が俺を心配しているような物だったからだ。馬鹿にしてくるようであれば相応に返事をするところだが、まさかこんな争い合う場面で気を使われるとは思っていなかったのだ。


「おっさん?」


「ああ……大丈夫だ。逆さ……若者の顔に泥を塗ることになることが申し訳なくてな」


 男が反応する前に、ウェズロー当主のいる方向で銅鑼がなる。室内で銅鑼を鳴らせばどうなるか、まあ悪目立ちというか、皆の視線は集まる上におしゃべりも終わりだ。


「これより栄誉ある婚儀における護衛の任を決める模擬戦を行う! 家名を呼ばれた者は順次横の扉より庭に出よ。そろい次第順番に勝負とする!」


 当主代理であろう男の叫びと共に、室内の熱気は高まったようだった。他の奴らに習って後ろを振り向くと、騒ぐ兵士達の中にあって珍しい女、しかも若い……まあ、エルナなのだが……が他に負けないような声を出してこちらを応援していた。


「おじ様ー! 勝ってー!」


「おい、アンタの娘か?」


「馬鹿言え、親戚だよ。おじ様って言ってるだろ」


 先ほどの若い兵士に短く答え、俺は戦いの時を待った。

 


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