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MR-087「未来への斬撃」


 その場所には、俺と熾天使だけがいた。どちらが撃ちだしたのか定かではない光の球が灯りとなり、俺達2人を照らし出す。まるで2人だけが戦う闘技場であるかのように、入れ代わり立ち代わりの攻防だった。


「そらよ! その綺麗な顔を消し飛ばしてやる!」


『ッッ!!』


 俺は、1人だ。かつての戦いを考えると、無謀極まりない状況。多くの英雄が共に戦い、ようやく勝利をつかんだほどの相手が熾天使なのだ。その力は強大で、背中の羽根からも多くの光球を放つことが出来、それは大地を砕き、木々をなぎ倒す……本来なら、な。


 すくい上げる様な一撃をぎりぎりで交わし、距離をとった熾天使の羽根が震えると何度目かの光球。1つ1つが拳ほどで、当たれば殴られた程度では済まないだろう。以前はこれで無視できない被害を周囲に巻き散らかしていた。


 だが……。


「おせえ! 見え見えなんだよ!」


 叫びと共に霊力を練り上げ、姿勢も何もない原初の祈りを神々に捧げる。それは網を投げるかのように俺の正面に広がり、熾天使の光球を飲み込んでいく。相殺という形で無力化したのだ。少なくない霊力を消耗するはずだが、今の俺には気にならないほどだった。


(ありがとうよ、エルナ。お前のおかげで戦える)


 何の変哲の無い村娘。どこにでも良そうなちょっといい女。いざとなれば身を張れる女。そして、誰かのために泣ける女……そいつが笑顔になれるなら、命を賭けるのに十分だ。


 熾天使は天使共を従える人間でいう将軍や王にあたる存在だ。このまま放っておけばいくらでも天使を呼び込むだろう。かつての、争いのように。そうさせるわけにはいかず、最低限ここで足止めする必要がある。


『チジョウヲハウ……ゴミムシメ!』


「そいつはどうも。俺がごみむしなら、お前はただの羽根虫だな。大人しく落ちな!」


 本調子でなさそうと言っても熾天使は熾天使。油断するわけにはいかない。こうして確実に打撃を蓄積させつつも、決める必要がある。そう思って俺は連撃の速度を上げた。


 全盛期の記憶を思い出しながら、過去から未来へとつなげる斬撃は10を超え、100を超えていく。


『オ……オオ!?』


 手に持った杖、そして変化させた腕自身で俺の斬撃を捌き続ける熾天使。表情はわからないが、声の様子からして焦っているような感じを受ける。前の戦いもそうだったな。見た目には余裕以外が感じられず、随分と苦戦した物だ。


 だが、中身はそこまで完ぺきではないとわかっているのなら、手を休める理由は無い。


「まだまだ! っとぉ!」


 それでも相手も無抵抗という訳ではない。膨らんだ何かの力に咄嗟に数歩下がり、障壁を展開した。途端、俺の耳には爆音が響く。熾天使が自分を中心に、力を放出したのだ。土が舞い上がり、石も木もまとめて吹き飛んでいく。障壁を展開していた俺とその後ろを除いて。


 普通の術者であれば、障壁ごと吹き飛ばされていたかもしれない。だが俺はそうはならなかった。動きを読んだ俺は、衝撃が逃げやすい形で障壁を展開し、耐えたのだ。


 まだ土煙は収まっていないが、この気配は間違えようがなくまだ正面にいる。


「月夜に出て来たのがお前の間違いだったのさ。月の斬撃……月齢を刻め!」


 どちらの放った物かはっきりしない風が土煙をどかした後、俺が繰り出した攻撃はただの連撃だ。単純にまるで月の満ち欠けをなぞるように、何度も何度も切り付ける。三日月や半円、あるいはその途中。そして最後は満月だ。


 全身に霊力を張り巡らせ、一撃一撃が並の天使ならばそのまま消え去るような斬撃。それを体が付いていける限り、ひたすらに叩き込んだ。


『ア……』


 天使のそんな声すら切り刻むように斬撃は繰り出され、かつては多くの命を吸った熾天使は……細切れになって地面に崩れ落ちた。それは確かに目の前で溶けていく。


「悪いが、俺たちが未来を生きるのに邪魔をしないでくれ」


 俺のつぶやきは、再び鳴きだした虫の音に消えるほど、小さなものだった。


 勝った、そのことがじわじわと実感を伴って俺に染み込んでくる。これで人間や魔獣が相手であれば、その首であるとかを討伐の証に使うところだが天使となればそうもいかない。基本的に奴らはそのまま消え去ってしまうのだ。


「エルナなら……俺が戻ってきたことが何よりの証明だって言うかもしれんな」


 そんな彼女の術が解け、普段と変わらないはずなのに妙に疲労感を感じた俺はそのまま夜の道を歩いて戻る。不思議と、近くに他の気配は感じなかった。天使や、そいつらに操られているであろう東国の兵士も……いない。


 まさか街が襲われたか? そんな疑問が頭をよぎった時、前方から松明の光が近づいてくるのが見えた。


「おじ様ー!」


 先頭を走ってくるのは、他でもないエルナだった。そのまま近づいてきなエルナは、松明を横に投げ捨てて一気に飛び込んでくる。彼女も、熾天使の気配が無くなったことで決着がついたことを感じ取ったんだろう。


「終わったの?」


「ああ、終わったさ」


 短く答え、まるで犬のように顔を擦り付けてくる彼女を左腕で抱き寄せ、右手に持ったままの隕鉄剣を高く掲げることで追いついてきた他の面々に宣言した。熾天使は、仕留めたと。


 夜の空に、人間の歓声が響き渡った。




 それから数日。さすがにまったくいなくなったというわけではなかったようであちこちに天使と兵士の集まりが見つかった。だがどれもが動かず、呆然と立ち尽くすだけだったので天使は倒し、兵士は捕え……最終的には癒すことが出来ずに皆死んでしまった。


 そんな混乱の中、東国より使者がやってきた。警戒する俺たちの前で、使者はその場で頭を下げた。曰く、自分がまだ天使に操られていない状態で、本国も急に天使の動きが鈍ったことで粗方追い出せたという話だった。


 ここから先は俺個人ではなく、国同士の話し合いだなと思い場を譲ることにした。


 集まり、一緒に戦ってくれた冒険者達にはまさに私財をなげうってという状態だが報酬は十分に払った。しばらくはあちこちが好景気に沸くことだろう。


 いろんな方面からの問い合わせも同時に無数に沸き立ち、俺はかなり疲弊することになる。そんな苦労もいつの間にか終わり、国は……平和を取り戻した。


「ねえ、おじ様? 次はどこに行く?」


「そうだな……メリッサのところに顔を出すか。あいつの呪いも上手くいけば解けるかもしれん」


 すっかり呪いの解けた右腕を撫でながら、そんなことを呟くとなぜかエルナは不機嫌そうに俺の腕をつねり始める。痛いわけではないが、いい気分ではない。


「どうした」


「どうした、じゃないわ! 私というものがありながら、別の女の……まあ、メリッサ様は別格だけどさ」


 後半は小さい声となり、もじもじとしだすエルナ。その子供なのか大人なのかわからない仕草に、思わず笑いながら……小さな体を抱き寄せる。


「わかった。メリッサは後回しにしよう。先に司祭の……先生のところにいって祝福を貰おうか」


「え……それって……」


 男女が、司祭の下で受ける祝福。その意味を知っていたエルナの顔が赤くなる。俺は続きを言葉にするのもどうにも恥ずかしくなり、そのまま歩きだした。


 慌てて追いかけて来るエルナの突撃を左に右にとかわし、ただただ、笑う。


「もー! 避けないで!」


「俺はもう、お前に捕まったのさ」


 小さくつぶやきながら、エルナが追いつけそうな程度の速さで駆け出した。風が心地よく、空も晴れ渡っている。


 過去は……変わらない。未来は……これから作る物だ。けれども、過去もどう捉えるかでその意味は変わってくるものだ。だからこそ、俺は過去は過去として受け止め、未来に活かさなくてはいけない。


 過去も未来も、取り返してしまえば……いいのだから。


 俺の、いや……俺とエルナの未来はこれからなのだ。


「なあ、そうだろう、エルナ!」


「ん? よくわかんないけど、きっとそうよ!」


 走りながら笑いあうという我ながら器用な光景の中、背中に背負ったままの隕鉄剣が静かに眠った気がした。


 俺の、過去から未来へと続く戦いはその日終わりを告げた。


お読みいただきありがとうございました。

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