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MR-086「月下に輝いて」

明日の87話で最終となります。

約3か月間、ありがとうございました。


 思い返せば、俺はいつも戦っていたような気がする。物心ついたときには既に俺の周りは敵だらけだった。親がどんな仕事をしていて、どんな人間だったのかは今となってはほとんどわからない。片田舎である日、英雄と呼べる力に目覚め、それからは自分の感情のままに戦った。


 獣も、魔獣も、犯罪者も……そして天使も。みんな俺の前に倒れていった。同時に、俺の横や後ろでは何人もの志を同じくした仲間たちが死んでいった。その数は、戦って来た状況を考えるとむしろ少ない方で、よくもその程度で済んだと思われるかもしれない。


 英雄を夢見た男も、誰かのためにと戦った女も。死ぬときはあっさりと死ぬのだ。そのことを嫌というほど味わい……いくつもの願いを託されてきた。


 王都でカインド司祭の下で色々なことを学び、色々なことに怒り、そして悲しんだ。俺が強くなれば泣く人も減る、そう思った時期もあった。何が正解で間違っているのか、それはまだわからない。ただ、1つ言えるのは……。


「お前たちとはこの先も分かり合えないってことだな!」


 戦いは続き、既に昼も過ぎて夕方。途中何度かの交代と休息を挟みながらも国境方面から定期的に援軍がやってくる状況だった。不幸中の幸いとでもいうのか、対するこちらも軍の本格的な増員が到着した。主には兵士が戦場を担当し、俺を含めた冒険者はその支援、あるいは遊撃として戦場を駆けまわることになる。


 気が付けば俺についてきている冒険者は10人を切っていた。怪我をした奴もいるが、ほとんどが休息を必要とする状況だからだ。俺も本来ならばとっくに休息すべきであろうだけは戦っている……そのはずなのだが。


「ははっ。不思議なことは世の中にあるもんだなあ!」


 もう何匹目かもわからない天使を木の枝を折るかのようにあっさりと両断し、消滅させる。いちいち術を唱え直すのも面倒なほどの戦いはいつしか隕鉄剣が常に光るような状況となっていた。俺が、新しく祈祷術を開発した形なのだろう。その分、常に霊力が減るというもろ刃の術だ。


 それでも、俺は沸き立つ力に振り回されまいとそちらの制御に意識を傾けるほどだった。原因は、エルナだ。あいつの術は俺の右腕の呪いを解く、そう思っていたが実際には違ったのだ。元々、腕の呪いは俺の霊力が無ければどうにもならないほど浸食が進んでいたはずだった。不慮の事態に備え、後方の街で待機しているはずのメリッサの胸の呪いのように。


 エルナの術が呪いを解いたのではなく、エルナの術が俺の力を高め、俺が呪いを一時的に押し出せるようになっていた、というのが真相だったのだ。これまでになく長時間呪いはその力に押され、ほころび始めていたらしい。気が付けば、エルナの術が切れても前のような頭痛はほとんどやってこない状態だった。


 それがわかったのは、さすがの俺も疲労を感じ、休息に戻った時だった。


「うう、祈るぐらいしかできないけど……負けないで!」


 自身も休息のために戻っていたエルナは泣きそうな顔をしながらそういって俺の右手を掴んだ。同時に、既に呪いを解いているというのに再び同じ術を掛け直したのだ。するとどうしたことだろうか、減っていたはずの俺の霊力が、急激に回復し始めたのだ。直接回復したのではなく、俺の回復量が劇的に増えた、そんな動きだった。


 それからの俺たちの動きは言葉にすると単純だった。俺が暴れまわり、区切りがついたら戻りまた術をかけてもらう。この繰り返しだ。エルナは自分が戦いとしては拠点防御以外何もしないことに不満そうだったが、この方が確実だということもわかっている。


「ふっ!」


 無表情な東国の兵士らしき相手を引き連れていた天使を、周囲の兵士ごと切り裂く。隕鉄剣から飛ぶ余波で兵士達は地面に倒れるが悲鳴1つ無く、なおも進もうとするも手足が欠けてはそれも叶わない。


「人間に戻れないなら……せめて俺ぐらいは人間と思って死なせてやる」


 黙とうをささげるように剣を構え、周囲を風の刃で切り裂いた。一時的に動くものが無くなり、戦場を見る余裕が産まれる。既に夕方を過ぎて薄闇が迫っている状況では集団戦は碌に指揮も出来やしない。それは相手も同じようで、明るい時よりも随分と攻撃は散発的になってきた。


「おじ様! 軍の方はいったん下がるそうよ!」


「わかった。冒険者にも下がるように……ははっ、ようやくお出ましか」


 既に東は薄闇の向こう側に闇が迫り、松明だけが光っている。そんな中、俺は気配を感じた。不思議がるエルナを背中にかばい、呼吸を整え……隕鉄剣を構えなおす。視線の先、まだ遠い場所に……濁った光が空から注がれた。


 光なのに濁っている、そう感じる何とも言えない光。それは……奴の降りて来る合図だった。


「勝てるか? いや、勝つしかないな。エルナ、お前は戻りながら冒険者達と一緒に下がってろ」


「お、おじ様は!? 一緒に下がりましょうよ!」


 必死に縋り付くエルナに首を振り、まだ収まらない光を指さす。光の柱の中に産まれてくる気配、それはこれまでの天使とはまさに別格。


 20年近く前、俺が何人もの仲間を犠牲にした果てにこの世界から追い出したはずの力。


「熾天使が来る。なあに、負けるつもりはないさ。お前に未来を見せてやらないといけないからな」


「熾天使……ねえ、おじ様? 私の未来には予約が必要なのよ。隣の席、予約しておかない?」


 エルナは、強い子だとこういう時に強く思う。あの時も、自分を対価に村を守れるのならと決断したことといい、同じことが出来る人間はなかなかいないだろう。


 眩しくもあり、羨ましくもあり……泣かせたくはないな、と思った。


「ああ、頼む。特等席でな」


 だから、俺はエルナを送り出した。遠ざかる彼女の気配を感じながら、ふと手元の隕鉄剣に視線を向けた。これから戦う相手のことがわかっているかのように、相棒もその刀身を……月光に反射させていた。


 そう、今夜は月が出ている。


「おあつらえ向きってやつだな……今夜は……満月だ」


 1歩1歩、前に歩き出す。自分が歩く音とたまの風音だけが耳に届く中、ついに光の柱が消えてそこに生じた気配が膨らむのを感じた。自然と、小走りになっていく俺。練り上げた霊力が一撃必殺の念をこめ、体中を駆け巡るのがわかる。


 視界に、奴が入った。


「来たばっかで悪いがな、退場してもらうぜ!」


 こちらに気が付き、3対の翼を大きく広げていつかみたように独特の杖を構える熾天使。走った勢いも乗せて、遠慮なしに隕鉄剣を叩き込んだ。衝突する剣と杖。両方に込められた力が周囲に荒れ狂う。


「ちっ! ……? おいおい、その胸の傷。まさかまさかの……再戦か」


 随分と前に見た時より無口だな、そう思った俺の目に飛び込んできたのは胸元の古傷。まだふさがり切っておらず、不気味に脈動している。つまりはこの熾天使は、本調子ではない。かつては俺を含めた英雄たちと1匹で互角だった相手が……今は俺の元まで降りてきている。


『ニンゲン……シタガエ……!!』


「やなこった。それより、始めようぜ。過去から連なり、未来へと続く道を俺は作らなきゃいけねえんだ!」


 そうして、俺の最後の戦いが始まった。

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