MR-081「人の形をしたヒト」
「俺は別に教官になるために来てるんじゃないんだがな……」
そんなボヤキも、視線の先で鍛錬を続ける若い連中の声にかき消される。大体、こんなに若い連中がいていいのかよ? ここは国境に一番近い街だぞ? いざとなったら最初に戦火に包まれるのはここなんだぞ?
この前と違い、今目の前で鍛錬をしているのは祈祷術が使えないために武器による戦闘を行うべく立ち上がった……まあ、まだ未熟だが戦士の集団だ。それでも若い。
「それはアンタについていけば生き残れそうって思わせるからだよ、アンゼルム。いつかのようにね」
「は? ん……見た顔だな……おいおい、久しぶり過ぎるだろう」
覚えててくれたとは光栄だ、なんて呟く男は俺より少し下に見えるがお互い良い歳だ。それもそのはず、見覚えがあると思ったらこの男は昔、どこだったかで一緒に戦った覚えがある。女みたいに長い髪を後ろに縛り、槍を使いながら祈祷術を自己強化に徹底して使っていた奴だったはずだ。
「英雄の記憶に残ってるとは嬉しいね。噂を聞いてやってみればまさかの出会いだよ」
「俺の噂か? 他の噂か?」
記憶にあるよりも皺も増え、互いに歳をとったことを否応なしに感じさせる。それが良いことなのかはわからないが、嫌な感じではなかった。椅子代わりの岩に男も座り、昔を懐かしむように若者たちを見ている。
「どちらも、かな。東で騒動がある、そこにあのクロスお婆さんと誰かを彷彿とさせる長剣使いの祈祷術士がいるって聞いてね」
「誰だ……そこまで話してるのは」
そのうち話は流れるだろうとは思いつつも、予想よりも話が大きい気がした。だいぶ吹っ切れたとはいえ……俺には10年以上表舞台から逃げていたという後ろめたい部分があるのだ。個人の自由だったとしても、だ。
「さあ、私は凡人だからね。槍を振るうぐらいしかできないからよくわからないさ」
「前にも言ってたよな。俺だって……凡人な部分はあるさ。俺は逃げたんだから」
口にしながら、自分は卑怯だなと思ってもいた。こんなことを言って、面と向かって俺を例えば罵倒できるような奴は俺の前に出てこないからだ。精々が影口といったところだろう。そんな自覚もありながらも、思わずそう口にしていた。不思議と、彼はそんな愚痴を言いたくなる話しやすさを持っている。
「だけど、今はここにいる。それでいいんじゃないかな」
「そんなもんかね? さてと、この後は出かけるがどうする? ついてくるか?」
本音のところは、祈祷術士だけでなく普通の若い連中までも面倒を見なくてはいけないようになった現状を少しでも改善したかった。俺ではつい、祈祷術前提の戦いになるのだ。田舎に引っ込んでからの俺も使えないわけではなかったから純粋な武器だけの戦いというのは専門に任せた方がいい部分もあると感じている。
「英雄のお誘いだ。喜んで。おや? 追加の人員かい?」
言われて振り返れば、通りをこっちにやってくるエルナが見えた。そしてその後ろの見覚えのある集団もだ。何度目かの鍛錬を経て、この街の祈祷術士で若い連中は粗方仕込み終わった。と言っても簡単な心構えや、共通した動きなんかに留まるがそれだけでも生き残れるかどうかはだいぶ変わってくるだろう。
「おじ様! みんな来たわよ!」
「おう。じゃあ行くぞ」
武器組に鍛錬の終わりと、出かける合図をしてからふと、吹き抜く風に目を細める。前の年までの自分に言っても信じられないだろうな。今の俺が、何十人もの若いのを引き連れて戦ってますよ、なんて話は。なぜか東の土地で、憎まれもせずに今を生きてるよってな。
「先生、今日は西側ではないんですか?」
「それでもいいが稼ぎが全くないぞ? なにせこの人数だ」
確かに、という誰かの声が届く通りで……総勢30人以上だ。ちょっとした魔獣の集団でもちゃんと動ければ楽勝だろう。ではそんな人数でどこに行くかというと……金稼ぎと経験稼ぎの両方である。
「あ、お婆ちゃん!」
「誰がお婆ちゃんだい。師匠ってお呼び。アン坊、事前に聞いた通りだったよ。建物らしきものはあった」
しばらくやや荒れた街道を北西に進んでいると、その先から見覚えのある婆さん、まあクロス婆さんだが……がいつものように杖に跨って地上を飛んでくる。高さはないが、馬より早いんだよな婆さん。
今回の目的地の偵察を頼んでいたのだ。年寄りをこき使うんじゃないよとは小言を言われたがそこは受け流すところだ。
「そいつは良かった。おい、集まれ。今回の仕事を説明するぞ」
そっけない俺の声に、小分けにした集団がきびきびと動き出す。5人1組で組ませたのはやはり正解だった。自然と動ける塊がいくつも寄り添う集団が出来ている。全体としての力はまだまだかもしれないが、生存能力はかなり高くなったはずだ。
「放棄された街の奪還ですか……」
「だいぶ昔らしいがな。奪還というよりは住み着かれたから追い払って欲しいって感じだ」
このあたりはどちらかというとあまり開拓されておらず、時折大規模な魔獣の襲撃により集落を放棄しないといけなかったことが過去何度かあったらしい。今回話が来たのもそんな場所の1つだ。少し違うのは、突然の襲来により逃げるのが精一杯だった街ということ。
取り返すための費用などを色々と天秤にかけた結果、これまでは放置されていたが俺の鍛錬の話を聞きつけ、終わった後は好きにしていいからどうだと言われたのだ。上手い手ではある……経験にいいと言われては食指を動かさざるを得ない。実際、人数のわりに行ける場所が限られるから悩みでもあったからな。
「天使は街の中に出ることもある。その時のためにもいい訓練になるだろうさ」
「あの、天使が出るんですか?」
「いや、私が見た時にはいなかったよ。アン坊が言ってるのはそのつもりでいるべきってことさね。さあ、行こうか」
一通りの説明を終え、ほとんどがやる気に満ち溢れた返事をしたところで俺は内心、上手く誘導しないと危ないなと感じた。勢いのある奴ほど、引き際を誤るのだ。まあ、勢いがあるほうがいい場合の方が多いのも事実なのだが。
目的の廃墟までは徒歩で一週間。結構な距離だが人数が人数なので魔獣も襲っては来ない。1回ぐらい夜襲があったほうが経験にはいいのだが安全なのは良いことだな。
そして、現場についた俺たちは驚きの光景を目にすることになる。
「何あれ……天使でもないし、2本足の魔獣?」
まだ遠くにあり、祈祷術で無理やり遠くを見せているだけだが……廃墟を動く何者かがいた。明らかに予定にはなかった動きだ。思わず婆さんを見るが、婆さんもこのぐらいの距離から確かめた程度だったので詳細は不明。
「やることは変わらん。手順通り遠距離から打ち込むぞ」
いざとなったら介入もするつもりで、若干の問題をはらみながらも若い奴らの戦いが始まった。
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