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MR-008「草原の乱-3」



「敢えて言うが……似合わんな」


「ははは。自分でもわかっている。ただまあ、部下にだけ行かせては何があるかわからない」


 宿に戻った俺たちを出迎えたのは、使い慣れていない様子の金属鎧……まあ、軽量化されて防具としての能力はだいぶ落ちているだろうソレを身につけたマスクルとそれに付き従う兵士達だった。使用人は戦いに赴こうとする主のためにあれこれと準備をしているようだった。


「外は普通だったが、間違いないんだな?」


 戻るなりマスクルに言われたのだ。追加で護衛の依頼を頼みたい、と。向かう先は街のすぐそば。なんでも草原の真ん中にある泉……半ば沼らしいがそこに魔物が住み着いたらしい。

 さしたる脅威というわけでもないが、放置しておくのも体面上良くない、そんなこの街の領主である貴族がぼやいたというのだ。マスクルはそれを聞くや、結婚式までわずかだが時間がある、ならば私がってわけだ。


「領主直々の発言だからな。脅威度がそんなに高くないのも本当だろう。物足りないのは承知の上だが、万全は期しておきたい」


「いや、別にそこは気にしないさ。むしろ軽く見ない分、喜んで依頼を受けられる。無謀な依頼人はこちらから遠慮したいからな」


 俺達の方はいつでも構わない、そう告げるとではさっそくと条件は進みながら決めることとなった。と言っても聞いた限りならば宿に数泊するだけで消えるぐらいの料金が相場だろう。

 泉に住み着くとしたら……水トカゲのような相手か、それともスライムか。あるいは水場を確保しにきた獣かもしれないが……まあ、どれでも構わない。


「エルナ、場所によっては力を借りても勝負にならない相手がいるのを忘れるなよ」


「うん。溶岩で泳ぐとかいうドラゴン相手に火山に住む神様の力を借りても意味がないみたいなものでしょ?」


 しっかりとした声で正解を返してくるエルナに微笑み、人前ということもあって頷くだけで終わる。本人は撫でられるなりするかと思ったのか、あれ?といった感じでこちらを見た。

 そんな背中を軽くたたき、本人がそれに気が付いたところで周囲に軽く笑いが起きる。エルナは顔を赤くするが、嫌な笑いではないためかすぐに気を取り直したようだった。


 荷物の護衛に3人残し、兵士7人とマスクル、そして俺たち。正直普通に出てくる魔物相手なら過剰戦力もいいところであろうが、冒険者でもないのだからぎりぎりの戦いに身を投じることもないだろう。無理せずに遠くからエルナなりが祈祷術を使えばほぼ一発……のはずだった。


「おいおい。冗談だろ」


「マスクル様、お下がりください」


 緊張感たっぷりの兵士の声。それも無理はない……確かに泉があり、そこに予想通りの魔物はいた。ただ、それを捕食するさらに上位の魔物がいたのだ。一見するとただのトカゲ。だがこの距離からでもわかるほどにその大きさは元々いた水トカゲの3倍はあった。


「プレルトル……通称人食いトカゲか……どこの巣から迷い出て来た?」


「まだ北の森には沼地が点在していると聞いております。そちらからでは?」


 隣に立つやや歳を食った兵士が答えた。雇われの俺ごときにここまで丁寧に答えるとは、人がいいのか教育がいいのか……両方か? ともあれ、ありがたい情報だ。

 恐らく、領主はこの可能性をわかっていた。地元のことだ……知らなかったでは済まされない。道理でこちらを笑うような目で見る奴が遠くにいたわけだ。マスクルのようにこの街に来ていた他の貴族の様だったが……さて。


「君を雇っておいて正解だった。言葉をまともに受けて普通の戦力出来ていたら怪我で済めばいいところだな」


「違いない。おい、エルナ。行くぞ」


「うんっ!」


 追加で何かが来るかもしれない。そう告げて置いて兵士には3人ほどついてきてもらう。これで護衛は4人。周囲は見晴らしも良いし、すぐに声を出してもらえばどうとでもなるだろう。


 数歩、泉に近づくと鼻には血の匂い。匂いの元は泉に最初にいたトカゲ……同族だと思うのだが余り気にしないのだろうな……。余り隠すことでもなく、そうしている奴も多いので俺は影袋から手になじんでいる鉄槍を取り出した。距離がとれるならそれに越したことはない。


「お前たちの中でアレの討伐経験者は?」


「私があります。その時は弓で近づかれる前に仕留めました」


 手を挙げたのは先ほどの年かさの兵士。なるほど、長くマスクルに仕えているんだろうな。俺は頷いて、自分の持った鉄槍を指さした。視線が集まるのを感じながら口を開く。


「あの類は瞬発力と重い体による体当たり、尻尾が厄介だ。丸太で殴られるより効くぞ」


「うへー、私じゃ吹っ飛んじゃいそう」


 その通り、だから近づくなとエルナには強く言って兵士に向き直る。その間に兵士達もそれぞれの近接武器から小さいが弓に持ち替えているのを見て俺は頷いた。話をよく聞き、何が一番か選択できる兵士は死ににくい。


「まずは俺がこちらに誘い、エルナが縛る。後はお任せする」


「ははは、これでは弓の練習になりそうですな」


 楽なのが一番いいだろう?と告げ、俺は1人集団から抜け出す。風上に入ったからだろうか。プレルトルが鼻をひくひくとさせ、俺の方を向いた。ブレスが出てくるわけではないが、吠える姿は勇ましい。駆け出しの兵士では腕や足の1本は失う形で済めば御の字だろうな。


「泉に落ちないようにっと……そら!」


 振りかぶり、少し助走をつけて俺は槍を握る手に力を籠め、勢いを槍に乗せた。耳元を風が通る音がする。祈祷術による風の補助を受けた槍がプレルトルへと向かい……そのすぐそばに突き刺さった。

 別に外れたわけじゃない、外したんだ(・・・・・)。現に相手はこちらに向かってさらに警戒のような叫びをあげ、音がしそうな動きで突撃してくる。


「緑よ、草のいたずらよ!」


 エルナの高い声が草原に響くと、不気味な触手の化け物のように草が動き出し、プレルトルの足に集まると転倒させた。祈祷術は如何に明確に結果を想像するかでも強さが変わる。森の中に過ごし、よくこけるということもあったんだろう。見事な一撃だった。


「撃て!」


 矢が風を斬る音が続き、次々と無防備にさらけ出されたプレルトルの腹へと矢が突き刺さっていく。瞬く間に草原はプレルトルの血で染まり……だいぶ動きも緩慢となった。わずかな時間の戦いだが、準備と手順が旨くはまった戦いなんてのはこんなもんだ。長い間戦うなんてのはよっぽど泥沼か、相手が化け物すぎるぐらいなときだ。


「俺が抑え込む。その後お前たちも来てくれ」


「は? ああ、なるほど。感謝します」


 最初は疑問の声を上げていた兵士の1人だったが、俺が手にいつの間にか太い縄を持っていることで目的に気が付いたんだろう。すぐに主を呼びに走っていった。

 何かといえば、まだ死んでいない相手のとどめをマスクルに挿させるためだ。


「エルナ、縛りを」


「まっかせて。んんーーーー! てぃ!」


 短期間に2度目だからか、今度は大した祈りの句も無く本当に祈りだけで祈祷術は発動し、再びプレルトルを草が縛り上げた。その隙をついて駆け寄った俺は危ない武器である口元を縄で縛りあげ、その体の上に跨った。まるで馬の背中のような太さだが祈祷術で強化された俺の前には抵抗できないようだった。


 近づいてきたマスクルを見、ちょうど首元あたりを指さしてやると合点がいった様子のマスクルが警戒しながらも剣を抜き、近づいてくる。兵士達も参加しての拘束は全く揺らがず、プレルトルも口の隙間から荒い息を吐いている。暴れ馬を抑え込んでいるかのような手ごたえだがこのぐらいではな……。


「討伐には証明がいるだろう? 大した相手じゃないが、印象は違うだろうよ」


「何から何まで、ありがたい。ふんっ!」


 戦い慣れていないとはいえ大の大人。お膳立てをして武器を振るわせれば無防備な首元に剣を刺すぐらいは問題ない。しっかりと突き刺さった剣先は急所を貫き、プレルトルを沈黙させた。

 後は首を落とし、片づけをして凱旋だ。討伐の依頼料は出るわけではないが、ただの水トカゲ退治よりはまったく違う結果になるだろう。


 街に戻った俺達はちょっとした称賛の騒ぎに巻き込まれたのだが……それも悪い話ではなかった。


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