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MR-078「押して駄目なら」


 滞在している街に、兵士が増えたのを感じた。直接増やしても隣国を刺激するだけだ……恐らくは現地の情勢を把握し、中央に伝える役目を負っているんだろう。情勢は……実によくない。


「これだけあからさまにやられたら逆に疑いようがないな」


「ああ、そうだねえ。隠れてこっちに売りに来るような商人もほとんど見ないんじゃね」


 宿の窓から呟きながら眺めるのは遠くに見える市場だ。少し前から、完全に東からの隊商が途絶えた。これまで、どれだけ噂が流れてもある程度はそういう奴らが行き来していたというのにだ。確かに関所であるとかを作れるような広さではないが……全く見ないというのは異常だ。


「ただいま! もう、どうしたの急に私だけで行って来いなんて」


「エルナだけで行った時の評判を少しばかり感じてもらおうと思ってな」


 特に緊急に入用という訳でもないのに買い出しに行かせたのは一応の理由がある。姿形があまり変わっていないクロス婆さんと、抑えてはいるがいつかを思い出させるような動きをする俺。2人はそのうち噂になるだろうとは思っていた。では2人と一緒にいるエルナはどうか、そう思ったのだ。俺の予想が正しければ、悪くない評判であるはずだ。


「ちゃんと安く売ってくれたかい」


「うん! あ、そういうことね……どれがいいかとか、色々聞かれたから自分で考えて伝えたらなんだか何度も頷かれたのよね。あれって私がただおまけについて行ってるんじゃないってわかってくれたってこと?」


 答えの代わりに頷いて荷物を受け取る。薬も含め、いくつかを買わせてみたが問題はなさそうだった。変に死ぬつもりもないが、エルナもまた1人の冒険者として立てるようにならねばならないのだ。

 これなら何かの理由で留守番をさせたり、少し別れて行動をするとしても大丈夫そうだ。


「どうだ? 今度は簡単なのを1人で仕事としてこなしてくるか?」


「んー、それでもいいけどー……あれ? なんだか騒がしくない?」


 言われ、窓の外に視線を向けると確かにどうもあわただしい。気配は感じないから何かが攻めてきたという感じではないはずだが……向かってるのが東というのが妙だった。嫌な予感を胸に、3人で宿から出ると……東の空には驚くべき光景が広がっていた。


「あれ……あの光の柱?」


「あれほど太くはないね。だけど違うとも言えないよ」


「ろくでもないことは確かみたいだな」


 遠く、ここからは確認しようがない東の大地に、何本もの光の柱がそびえたっていた。太さは星の決戦場でのそれを100としたらせいぜいが5といったところか。柱とは言ったものの、この距離だと糸が伸びているに等しいほどだ。


 空の雲を貫くように地上に伸びるその光の柱は、見た目の綺麗さとは裏腹に、事情を知らない連中にも緊張を抱かせるには十分だった。誰もが天使のことは大なり小なり知っている。人はどこかで察したことだろう。戦いが、近いと。


「あいつらが1人でもいたら楽なんだがなあ」


「馬鹿言うでないよ。私やアン坊みたいなのが何人もいたら戦争にならないよ。そうなれば相手は動かないだろうねえ。火種を抱えたままなぐらいなら1回爆発させたほうがいいかもしれないねえ」


 確かにずっと俺たちのような強力な力を持った英雄がいることで戦争を防ぐという訳にもいかない。いつか人は死ぬ。そして次世代が同じだけ強いとは限らない。くすぶったままのぐらいなら、婆さんの言うように少しばかり燃やして、完全に燃やし尽くす方が後々はいいのかもしれない。


「どっちがいいかはわからんが……俺が動けるうちで良かった」


「私は、やだな……おじ様が危ない場所に飛び込むのは少し、嫌」


 意外なところから、引き留めがやってきた。いや、エルナらしいと言えばらしいか……。必要があれば戦うが、戦いが好きという訳ではないまっとうな考えの少女なのだから。

 しゅんとした様子でうつむき気味の背中を軽く叩き、こちらを向かせる。出来るだけ、精一杯の笑顔顔に浮かべて笑いかけた。


「おいおい、エルナ。俺がそうそう負けるとでも? それに、俺が負けないためにはお前にもついてきてもらわないといけないんだ。心配するなら自分自身を心配しておけ」


「そっか……そうよね! ちゃんと守ってね、おじ様!」


 いつもの調子が戻ってきたことに妙にほっとしている俺がいた。これも婆さんが俺とエルナの関係を色々と言ったせいだと思うことにした。俺は後何年生きられるかわからない。そんな男が少女の未来を摘むことはないだろう、そう思っていた。


「じゃれ合ってる場合じゃないかもしれないよ。雲行きが怪しい」


 別にじゃれ合っているつもりもないのだが、改めて東の空を見ると婆さんの言う通りだった。黒雲が広がり、明らかに雨が降り出している。風向きによってはこちらまで降ってくることだろう。


 それにしても、だ。


「なあ、婆さん。俺の記憶違いでなければ、最近東は日照り続きで農作物はやばいって話だったよな」


「ああ、そうさね。だからこっちからその辺を隊商が買っていかないってのはあり得ないなって話もあったね」


 じわりと、何かが心の中に溜まっていくのがわかる。偶然か、意図的にか。日照りで厳しい土地に天使の柱が生じ、さらに恵みの雨が降る(・・・・・・・)。全てがそうとも言えないだろうが、確実にある程度の民衆はこう思うだろう。天使が助けてくれた、と。


「ねえ、おじ様。私……いやーな考えが浮かんだんだけど」


「言ってみろ、遠慮はいらない」


 そう言いながらも俺も同じ考えだろうなという予感があった。天使という存在、祈りに応える力があるという現実、そしてこの土地で知った天使とその神による豊穣の流れ。


 すなわち……恵みの雨ではなく……。


「わざと日照りにさせてから降りて来たんじゃないかしら……? そのほうが、信仰が集まるでしょ?」


 騒いでいる周囲に溶け、俺たちにしか聞こえなかっただろうエルナのつぶやきは……まさに俺が考えていることと同じだった。最初はただ降りて来て制圧と布教を繰り返してきた天使たち。それはいつしかある程度は会話が通じ、時間の猶予を待つことさえ出て来た。そんな時代を超え、ついに……天使は悪い奴ではないんじゃないか?と思わせるからめ手を思いついたのではないか、と。


「覚悟しておいたほうがいいかもしれないねえ」


 婆さんの一言が、状況の厄介さを表している気がしたのだった。


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