MR-077「つり合い」
かつての激戦の地、星の古戦場。天使と人、魔獣をも巻き込んだ乱戦の土地。今はかつての戦いを思わせる瓦礫と荒野のみが残る不毛な土地だ。エルナの見てしまった夢に従い、おかしな天使、クロと他の天使が戦っているという未来を確かめにやって来た俺たちは無事に生き残った。
今のところ、地上に降りてきている天使たちと、クロが大きく違うということと、奴らの神がどうもどこからか後からやってきた神なのではないか?という疑問だけを残して……。
「どうだ、エルナ。調子の方は」
「まだ熱っぽいかも……かっかするのよね」
星の決戦場から戻る最中、噂を流した甲斐があったのかいくつかの出会いがあった。天使に刺激された魔獣が活性化したのか、それらと戦う冒険者達である。天使自身はもういなさそうな状況が噂を流した当事者としては少し気になっていた俺は、道すがら必要そうであればそれの手助けをしながら帰ることにした。
エルナとクロス婆さんも、休んでいればいいのにこちらを手伝いに来たのがいけなかったのか街に戻るなり宿で寝込んでしまったのだ。婆さんの方はやはり天使に吹き飛ばされた時に結構な打撃となっていたせいであるとのこと。エルナは……なんだろうな、恐らくは緊張下で霊力を使いすぎたんだとは思う。
「幸い大きな事件は起きていない。ゆっくりしてろ……どうした?」
「ううん。こうしてるとおじ様優しいなって。私、元気にならなくてもいいかもって思っちゃった」
本当に優しいならこんな旅にお前を連れ出さないよ……そんな言葉は飲み込んで、少し汗ばんだ頭を撫でて部屋を出た。後ろ手に扉を閉め、廊下に出たところでため息交じりに一息……結局のところ、エルナたちの状況に俺が一番気にしているのだなと自覚がないわけではない。
(失う……ところだった。いつかのように、また)
こんな世界だ……どこに別れが転がっているかわからない。それ自体は嫌というほどわかっている。昨日笑っていた仲間が物言わぬ躯となる……そんなこともあることは。ただ、それでも失われていいんだということにはならない。
「なんだい、シケた顔だねえ」
「婆さん、起きてていいのか?」
宿の1階に降り、何か買い出しでもするかと思っていた俺に話しかけて来たクロス婆さんはまだ本調子ではなさそうに見える。それでもいつものように、余裕のある年長者という体は崩していないのはさすがだった。
「油断から良い物はもらっちまったけど、このぐらいはね。下手に動いてない方が気分が落ち込むばかりさ。一杯付き合いな、アン坊」
怪我に酒は、なんて言葉は出てこずに出会った時のように頷きだけを返してついていく。まだ飲みに行くには早い昼下がり。入った酒場もまだ客はまばらだった。適当に軽食と酒を頼み、婆さんと向かい合い盃を傾けた。
「あいつのおかげでまた火が付いたと思ったら、逆に怖さも思い出したよ」
「おや、私から言う前に白状とは……成長したってことかね」
からかうような言葉に、婆さんが俺を連れ出した理由が思った通りだったことに苦笑を浮かべてしまう。婆さんにとっては俺もまだまだ年下なのだろう。いつまでたってもその関係は変わらないだろうなという予感があった。
「まあ、いいんじゃないのかい? 軍の兵士じゃないんだ。人を戦力と数で考えるようになったら私達はおしまいさね。それが嫌で、英雄としての自分じゃなく人間としての自分を見てほしかったんだろう?」
「……ああ、そうだ。婆さんには敵わないな」
ずばりと言われ、まさにお手上げである。何年先達やってると思ってんだい、等と追加で笑われる始末だった。いつしか、胸の中にあった少しばかり鬱屈した気持ちが霧散するのを感じた。感謝を込めて、高い料理と酒を追加注文し、婆さんに振る舞う。
「起きてきたら怒られそうだねえ。なんで私は食べれなかったのってね……良い子じゃないか。アン坊……適当なところであの子と引っ込みな。そのまま子供でも作っちまいなよ」
「それはって何言ってんだよ婆さん。俺とあいつは親子ぐらい離れてるんだぞ?」
どうせあいつの気持ちも俺へのあこがれだとかそういうのに決まっている……そう言い切ろうとして、なぜかそれはいけないような気がした。思い返せば、俺も10年以上田舎に引っ込んで時折街に出かけて過ごすのみだった。人のそういう気持ちに触れたかもしれないというのは何年振りだろうかと。
「そうは言うけどね、私らみたいな人間と本当に暮らせる奴は少ない。そのことは痛いほどわかってるはずだろう? これからあの子に似合うような力を持った男を探してたら私より先にしわくちゃになっちまうよ」
「そりゃ……そうだが」
婆さんに言われ、思わず考え込んでしまう。世の中、つり合いという物がある。例えば、人がうらやむほどに儲けた商人がいたとして、そいつの横に立つのは同じぐらい稼げるか、金にあまり執着しない奴でなければいつか商人の稼ぎに心が揺れるようになる……そんな話だ。英雄たちはその力ゆえ、下手な相手と一緒になれないという現実がある。自分とは違う、いつ力がうっかりでも自分に降りかかるかを考えてしまうのだ。
「ま、2人はまだ若いんだ。じっくり考えな。っと、せっかくの料理が冷めちゃうねえ」
歳のわりに大食いの婆さんを眺めながら、明るいうちから酒を重ねていく。
案の定、エルナには怒られた。元気になったらなとなんとか説得して寝かせたが、だいぶ不満そうだったな。あいつも村を出てから色々と口にしてしまったせいか随分と食事好きになったものだ。ほとんどは俺のせいか? 金の心配がないっていうのは色々な枷がないようなもんだからな。
「金を抱いて死ねるわけでもなし……か。東との戦いが終わったら、考えるか」
これからの人生、これからの未来。生きてるうちにやるべきこと、やりたいこと。1つ1つを片づけるために考える時間があるというのは素晴らしいことだと、ようやくわかってきたような気がした。
どの道を行くにしても、俺は隕鉄剣を手に駆け抜けるのみだ。その横にエルナがいるのかそうでないのか、それは彼女次第。ただ願わくば、どの道を行くにしても出来る限り笑顔でいてほしい、そんなことを思いながら日々を過ごすのだった。
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