MR-007「草原の乱-2」
他の作品と比べると若干展開が早くなると思います。
翌日から、俺はエルナと一緒に情報収集を始めた。護衛はいいのか?と言われるかもしれないが本職の兵士が常にそばにいるわけだし、これはこれで護衛の意味を持つ。街の空気、人の流れ、そして……真偽も不確かな多くの噂。
ちょっと街で一杯ひっかけたり雑貨を買いながら話を振れば、そういえば、だとかここだけの話なんだけど、なんてものはいくらでも飛び出してくる。旅慣れた姿の俺だからこそ聞ける話もあれば、お上りさん丸出しのエルナのような若い女相手であれば口が滑るということもある。エルナには面白いと思ったら素直に相手を褒めるように言ってあるが、男なんてのはちょろいもんだ。
一通りの話を終え、露店で適当に買い込んだ果実のしぼり汁を混ぜた水を飲みながら2人で誰の家ともわからない壁にもたれかかる。
目の前では今度の結婚のためか、賑わう市場、そして多くの人が行き交う大通りが広がっている。荷物を抱える商人、それらを目当てに買い物に来たであろう人、あらゆるものがごっちゃごちゃといった様子だった。
「人が多くて溺れちゃいそう。おじ様は平気なの?」
「ああ。王都の市場はこんなもんじゃない。ある程度整理はされているが王都中から集まってくるんだ。ところで、どう思った?」
問いかけに、飲み物に口を付けたままで眉をひそめて考え込むエルナ。そうだ、考える頭というのは何よりも武器になる。素人が半端に考えても意味がない、なんていう奴もいるがそれはある面では正しく、そして間違っている。考えて失敗することを覚えていかないとよりよい考えにはたどり着けない、俺はそう思う。
「うーん、なんていうのか……結婚が目的なのか、そうじゃないのかってところが気になるかな」
「ほう……」
驚いたことに、エルナは俺の考えの1つに見事にたどり着いてきた。今回の結婚話にくっついてきた噂、そのことを気にしていたのだ。息子が結婚する相手は、この西を治める国でもこの人あり、と歌われる将軍の娘なのだそうだ。一人娘という訳ではないようだが、既に嫁いでいる上2人と比べ、繊細な少女だということで猫かわいがりされているという話もあった。
「私にはよくわからないけど、兵隊さんって手柄を立てられないと出世できないんでしょう?
でもこのあたりは一通り討伐が済んでる。僻地に行かないと魔物の巣はなかなか見つからないはずよね」
「ああ、その通りだ。じゃなきゃお前1人で村から出てくるなんてことは危なくてできないからな」
2人の会話は街の喧騒に溶け、誰も聞いちゃいない。もたれかかっている家だって通りに面した側は窓が上の方にわずかにあるだけで声が中に飛び込む心配もない。意外と密室よりもこういう場所の方が内緒話に向くときもあるのだ。
「華やかな門出を祝って魔物退治の勝利を捧げる……本当かしら?」
「さあな。ただ、そういう見栄を気にしたり、何もしないというのが我慢できない人間なんてのはどこにでもいるさ」
もう何年も前の話なのに、俺の胸にうごめくのはかつての嫌な話たち。依頼を受けて仲間を集め、罠にはめて怪物を倒したのに……稀代の英雄が1人で退治したんじゃなくては意味がない、なんて言って依頼金を渋った奴もいたかな。戦いの、刃の前にはそんな名声は意味をなさないというのに……。
「おじ様?」
「ああ、悪い。話を戻すか。遠征となれば物資が多くいる。ただそれは別にどこの物でもいい。どこそこ産の物じゃなくてはいけないなんてことはないからな。だからこそ、重要になる」
どちらも同じなら、何が選ぶ基準になるか……そういうことだ。部屋で見せて見せた短剣の違いがそれにあたるわけだ。
マスクルはそれも見越して、自分を売り込みに来ている。恐らくあのスープの秘密は携行できる何か、というものも絡んでくるんだろう。遠征先でも食事が旨いのは間違いなく、力になる。
天使を狙って三日三晩待機し続けた時の食事のまずかったことまずかったこと。
「しっかり術の練習もしないといけないわね。ねえ、おじ様。あの宿に庭とかあったかしら?」
「たぶんあるんじゃないか。戻って聞いてみるとしよう」
一通りの情報収集自体は終わった。1日中聞いて回るというのは目立つので回避しておきたい。また明日、ということにして今日は戻ることにする。飲み干した陶器の器を俺は無造作に地面に置いて歩き出す。エルナは遠慮していたようだが俺に習ってその場に置いてついてくる。
「いいの?」
「いいのさ。こっそり見てみな」
エルナの問いかけは、店に持って行けばいくらかの代金が戻ってくるのに、ということだった。だから俺は問題ない、と返事をする。そしてちらりと2人のいた場所を見れば、どこからかやってきた子供が2つの器を拾い、駆け出した。向かう先は飲み物を売っていた店だ。そこでわずかなこずかいを得るのだろう。
「今のところ、ああいうのも浮浪者じゃなくそこらにいるような子供がやっていた。ということは最低限の統治は上手く行ってるということだ。ひどいところだと……そうだな、あれすら奪い合う光景がみられるぞ」
「それはなんか嫌。私、幸運なのね」
思わぬところで自分の境遇の恵まれている具合に気が付いた、と落ち込み始めるエルナの背中を叩いて前を向かせる。こんなところで落ち込んでもらっては困るのだ。これからいくらでもああいう物を見る機会があるのだから。
「お前も強くなり、手の届く範囲ぐらいは救ってやればいい。俺が出来なかったことだってお前なら出来る……かもしれん」
「もー、かもって何よ。でも、ありがとうおじ様。考えてみれば私、おじ様が師匠みたいなものよね」
思ってみなかったことを言われ、俺も歩きながらふふっと笑ってしまう。確かに、俺も剣士でありながら……ドルイドだ。隕鉄剣を媒介にすることはあっても、基本素手で行ける。霊力の流し方、出し方も教えたのは俺だった。なるほど、師匠か……。
「じゃあビシバシと厳しくしないといかんな」
「え、じゃあさっきの無しで! お手柔らかにお願いします」
俺の横でころころと表情を変えるエルナ。他から見ると、親の外出についてきた娘のように見えるだろうか? さすがに祖父と孫、ではないと思いたいところだ。そんな宿への道すがら、ふと見かけた花売りの少女から1束花を買った。色とりどり、と言えば聞こえはいいが恐らくは少女が個人的に育てている花壇の花を売っている、そんなところだった。
「ありがとうございます」
「良い花だ……少し手を出しなさい」
健気に頭を下げる少女の手を見た俺は出来るだけ優しく言いながら、おずおずと差し出された手を握る。別にやましい気持ちじゃない。こうした場所に貧困の影響は出るのだ。今のところ、この子はそういうための花売りじゃないことはわかった。
ただ、畑仕事にか荒れているようだったのでそっと花にも宿ると言われる神に祈り、癒しをかけた。
「あっ……お代は?」
「大したことじゃない。親を大事にな」
あまりきれいになると話が面倒かと思い、痛みそうな場所だけを癒したがそれでも本人にとっては劇的な違いだったんだろう。目を見開いて言ってくる少女に内緒だという仕草をして歩きだした。
俺の横には花を受け取りながらもどこか憮然とした表情のエルナ。
「どうした?」
「ぶー、おじ様……私にはあんな風に癒してくれないのに……」
どうやら訓練の時に俺がいちいち癒しをかけないのが気になっているらしい。自分で癒す訓練のためだがそれを言っても納得はしないんだろうな……女ってやつは、もう……。
そう思った俺は隣を歩くエルナの頭の横で指をはじいた。
「いたっ!」
「一緒に旅をする相方だと思っているからこそ、厳しく行くんだ」
これは嘘ではない。足手まといもいいところではあるが、エルナとはしばらく……そこそこ長い旅が続く。だからこそ関係性ははっきりさせておく必要があるのだ。
「う……わかりましたよーだ。もう、おじ様が怪我した時にもきつく包帯巻いちゃうからね!」
「ははは。それでいい。機会があればな」
笑いながら、俺達はマスクルの滞在している宿へと戻るのだった。