MR-069「導く者」
「婆さんはどうしてこっちに? 孫たちと静かに暮らすって言ってたような気がするんだが」
「暮らしてたさ。その孫も成人して自分の人生に歩き出した……それだけだよアン坊」
「え? クロスお婆ちゃんいくつなの? じゃなかった、おいくつなんですか?」
落ち着いた雰囲気の食事処で、適当に昼下がりの軽食を取る俺達。見事な長髪を伸ばすクロス婆さんは、もう10年以上も前の話ではあるが歳も歳だし、と田舎に帰ったはずだった。稼ぎとしては十分で、老後に使いきれないほどの物になっていたはず。また前線に戻ってくるような境遇ではないはずなのだ。
「さてね。お嬢ちゃんなら感じ取れるんじゃないのかい?」
「感じる……んー……え、そんな……すごい……」
またいつもの婆さんの手が始まった、そう思った。実際に俺が出会った時から外見は変わっていない。むしろ服も新調され、髪やらも整えられている分は昔より若返っているような感じさえ受ける。それもそのはず、クロス婆さんも神から加護を受けている。いや、加護というべきかどうかは悩ましいところかもしれない。
「後悔はしていないけれどね、疲れる時もあるものさ。後輩を育てる余裕が欲しいと強く思っていたばかりにねえ。人より長く生きるなんて、他の大陸にはいるとかいうエルフみたいだろう?」
皺の多い顔をゆがませつつ、笑顔で笑うクロス婆さん。本人がこうして本気で笑っているからこの程度ですんでいるが……自分と同年代だった相手が先に死んでいくというのはなかなか心に来るものだとは思っている。
「お婆ちゃん、私……私!」
「こらこら、こんな場所で泣く子がいるかい。アン坊、アンタにしちゃ素直な子を連れてるじゃないか」
「俺にしちゃっていうところが気になるが、エルナは良い奴だよ。加護も面白いもんだ」
エルナの中の何かに触れたのか、急に泣き出して婆さんに抱き付くとそのまま泣き始めるエルナ。こんな孫を持った覚えは無いと言っていた婆さんも孫にそうするように撫でている。そのまま俺をからかいに入るのだから年長者の強みだな。
俺に言われ、腕の中のエルナを観察し……目を見開く婆さん。やはり彼女の加護は俺たちのような熟練から見ても特異な物になるようだ。俺も初めて見た種類の加護だからな。
「なるほどね。エルナって言ったかい? アンタも苦労しそうなものを背負ったねえ。つらいなら誰かに少し持ってもらうんだよ?」
「えっと、大丈夫です。おじ様が一緒にいてくれるから」
少しばかり、空気が妙な物になった気がした。婆さんが俺を見る目つきが変わったような……落ち着かせようと適当に茶を飲み……なぜか喉のなる音が響いたような気がした。
「あんまり泣かせるんじゃないよ?」
「善処する」
気のせいか、色々な意味が込められていそうな言葉にはそう答えて頷くしかなかった。妙な雰囲気はそこまでで、いつしか前も見たように妙に慣れた姿勢で優雅に茶を飲み進めるクロス婆さん。言葉を選んでいるように感じた俺は同じくそのまま茶を飲むことで時間を過ごした。エルナもなんだかこの時間を楽しんでいるようだった。
「ああ、なんでこっちに来たかって話だったかね。夢を、見たのさ」
「夢? 夢……か」
つぶやかれた言葉に、戸惑うエルナを置いてけぼりに腕を組んで店の天井を眺める。婆さんに限らず、俺もそうだがある程度以上の霊力を持ち、加護を得ている人間は時折、本当に時折だが妙な夢を見る時がある。未来の夢、と言えば聞こえはいいがまったく制御の効かない暴走した力のような物だ。翌日のことが見えることもあれば、自分が生きているときに実際に遭遇するとも限らない光景まで様々。なにせ、神の視点での情報なので人間の時間間隔ではないためだ。
「暁を背景に、地平線を埋め尽くす羽根付どもと……人の群れだったよ。確かに意識を保ったままの人間だった」
「……婆さん、ついに耄碌したか?」
言いたくはないが、そう言っておかないと正気が保てそうになかった。寄りにもよって……そこを見るのかと。最悪の1つだ……神の見せる夢は外れたことがないのだ! その解釈は別れるとしても、だ。
事情はともあれ、婆さんが見たようにどこかでその集団が現れるのは確実と見たほうがいい。
「そうであったら楽なんだがね。それでいてもたってもいられなくなってね。もし自分が生きているうちにとなればできるだけのことはしようと思ってねえ……」
孫たちに未来を遺したい。言ってしまえばクロス婆さんの原動力はこれだ。既に十分に生きたと本人も、家族も納得している背景を考えれば頼りになる戦力には間違いない。そしてそんな彼女がここにいるということは、夢に見た場所はこの地方ということに……。
「婆さん、頼みがある」
「自分で出来る、そう言い切っていたアンタが珍しいじゃないか。だがね、今のままじゃお断りだよ。変わった、そうわかるところを見せておくれ」
正直、そうだろうなと思っていた。俺が英雄を一度やめた時は、誰から見てもおかしな状態だった。疲れ切っていた、と言えるかもしれないな。英雄であることに疲れてしまった日々。おおよそ連携という言葉から遠い状態だっただろう。
「わかった。どうすればいい?」
「そうだね……この子、エルナにドレイクを一匹仕留めさせてみな。アンタは援護だ」
思わず叫びになりそうな言葉をなんとか飲み込んだ。ドレイク……伝説の竜はこの魔獣の長寿を迎えた成体のことを言うのではないかというほどの相手だ。若いうちはちょっと強い、で済むが育つほど厄介度合いをどんどん増していく。そんな相手を、エルナに討たせる?
「あの、お婆さん。私が倒せる相手なんですか?」
「出来ると私は踏んでるよ。それだけの力を感じる。後はアン坊がちゃんと援護できるかさ。どうだい、やるのかい」
「エルナがそれでいいのなら」
俺としてはそう言うしかなかったわけだが、彼女の答えは……承諾。すがすがしいほどの笑顔だった。その笑顔を守るためには、まずは情報収集だ。ドレイクは非常に厄介な魔物だ。もしいるとしたら目撃情報はそのまま警戒のための情報として共有されているはず。
婆さんがドレイクをやれというからには、近くにその目撃情報があるはずだった。
「まずは話を集める。婆さん、それからでいいな?」
「勿論。戦う前の情報収集は生き残る秘訣さね」
多くの不安をはらみつつも、やるしかない討伐のため、俺たちは街へと情報収集に出るのだった。
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