MR-068「変わらぬ先達」
俺たちが見つけた物、それは何度か国境沿いで何者かに襲われた結果、残骸だけが残った馬車たちであった。しかし、中身がない。何を運んでいたかはわからないが、中身が全部無いというのは考えにくい事だった。このあたりは危険も多いし、何より売りさばく先が問題だ。
そこで俺は発想を変えた。消えていく積み荷だったらどうか、と。食い物はどうか? 多少は獣に持っていかれるかもしれないが全部はないだろう。その前に腐り、それっぽいものが残るはずだ。
であれば後の雑貨等に関して言えばもっと残ってしまうはずだった。何よりも、本当ならばちゃんと運び込んで交易をしたいはずだ。運びきるのが目的であれば、だが。
では消える荷物とは……。
「と、状況はこんな感じだった。後の判断は俺の領分を超えていると思うがどうか」
「確かに……国境沿いの治安を悪化させ、魔獣や天使による騒動を生み出そう等と普通であれば考えない。これ以上は国の応援を待つしかない」
もしかしたら既に国内に問題は忍び込んでいるかもしれない、ということはいちいち言わなくてもわかっている相手だと話が早い。そうなると俺たちがこれからどう動くのがいいのか、というところだけを気にすることが出来る。
このままこのあたりに滞在するのも手だ。厄介事は減らないだろうから、エルナの特訓の機会にも事欠かさないだろう。自然と、俺自身を磨き直すことにもつながる。だが、その代償にという訳ではないがエルナが荒事に慣れていくという問題はあるかもしれないな。
話の間、エルナは話を聞きながらも口は挟まない。こんな聞き分けがいい子供、そう……子供を余り長い戦いの場に置いておくというのも問題だ。無くすことは出来ないが日常もしっかり経験させていかなければ。
「また来る。いい仕事があればその時は」
日常からは遠ざかるべきではない。けれどもこのまま平和な場所に引っ込むというのも、何か違うだろう。俺はともかく、エルナがこれだけの力と、加護を受けたのにはきっと理由があるはずだった。壮大な、神々からの願いのような物が。神にとってはおつかい程度かもしれないが、な。
「しばらくはここで安全に過ごす。なあに、そのうち強い奴らが何人かは噂を聞きつけてやってくるだろうさ」
「そうなのね? あー、急にメリッサ様が心配になってきたわ」
確かに彼女の言うように、メリッサのいる街を含め、内陸側が安全とは言い切れなくなってきた現状がある。おひざ元である王都にすら、狂信者たちは隠れ住んでいるのだ。その目の届きにくい地方となればなおさらだ。
どれだけ危険性を説いても、人は天使を信じることを止めることができない。中にはこれだけ止められるのだから偉い人はその恩恵をこっそり貰っているに違いない、なんて馬鹿を考える輩まで出る始末だ。
「天使は……敵でしかないのにな」
「でも天使もみんな、こっちの神様みたいにお互いを尊重できればいいのにね」
これまで、多くの人間が考えていたことをやはり同じように口にするエルナ。本当に、そうなればいいのだが……仮にそんな天使が出てきたところで、人が受け入れるのには長い時間がかかるだろう。魔獣ともなればなおさらだ。いつ襲われるかわからない相手を反省したみたいだから受け入れようと思える人間はどうやっても多くないのだ。
「とりあえず、適当に仕事を探していくぞ」
「はーい」
今のところ、一番騒動に近いのはこの街だという思いがある。しばらくはここで過ごし、情勢を見極めよう……そう思っていた。ここから南東にあるかつての決戦の土地に向かったはずの黒天使が気にならないかと言えば嘘にはなるが……。
それからの時間は俺の予想通り、噂を聞きつけたいくらかの腕利きが到着することで状況は一定の改善を見せた。天使が汚染した土地の探索やその影響力の除去といったことも、ある程度天使と戦ったことがあれば俺でなくても不可能ではないのだ。その代わりと言ってはなんだが、俺たちは魔獣相手に戦う日々が増えていた。
「またか……おかしい話だな」
「おじ様、トレントはもうあまりいないんじゃなかったっけ?」
だったはずなんだがな、そうつぶやきながらも森から出て来たうごめく木、トレントの集団に向け走り寄る。伸びてくる枝を切り取り、体内に溜まっている蜜を採取すべく仕留めようと近づいたところで、新たな気配を感じる。トレントの、頭になる枝葉の中に。
「おじ様っ!」
「鳥型かっ」
これが生き物の本能なのか、生い茂るトレントの枝葉の中から飛び出してきたのは大人の拳ほどの胴体を誇る鳥型の魔獣。名前を思い出す前に、うるさい鳴き声をまき散らしながら奴らは飛び始めた。1羽1羽はそう強くないはずだが、この数は厄介だった。
さらに地上では無事なトレントが続々と街道へと出てきている。このままではしばらく街道を封鎖するほかなくなるだろう。
「うっとおしい! ひとまず落とすか」
相手の動きが早すぎるせいか、エルナはなかなか狙いが付けられていない。小さいと侮るなかれ、人間にとっては直撃したらただでは済まないほどの体当たりを行ってくることもある。そうでなくても、そこらの獣が集団で細かくつつかれるだけでも絶命することを考えればエルナには障壁を張り続けてもらうほかない。
徐々に下がりながら戦えるのも魔法陣を必要としないドルイドの強みだ。その代わり道具や魔法陣に頼る他の術者と違い、本人が慌てると術が弱まるのは問題点である。幸いにも、今のところエルナはひるむ様子はない。その姿が俺を信じているからだということをふと感じ取り、剣を握る手に力が入る。普段使いの鉄剣から、背負ったままの隕鉄剣へと得物を変えようとしたところで、その力はやって来た。
炎の雨。それを評するならまさにそれであった。1本1本はあまり威力が無いと呟いていた力が雨となって魔獣やトレントに降り注ぎ、その動きを阻害し、時に仕留めていく。俺も近くの相手を風で吹き飛ばして間合いを取ると突然のことに驚いているエルナを抱きかかえつつ後退した。
「俺ごと巻き込む気か?」
「嫌だねえ、歳を取ったら素直さはどこかに置いてきたのかい? アン坊」
「お婆……ちゃん?」
腕の中でエルナが呆けるのも無理はない。まさに雨ともいえるだけの炎の矢を降り注がせた術者は、とんがり帽子をかぶり、なぜかはき帚に跨って大人の腰ほどを飛んだままの……老婆だったのだから。どんな秘密があるのか、俺が前に出会った時と全く見た目が変わっていない。
「私はアンタみたいな孫を持った覚えはないがね、フェッフェッフェ」
「冗談はそれぐらいにしておいてくれ、クロス婆さん。助かった」
歩くのが疲れるなら飛べばいい、それを豊富な霊力で実践して見せた空飛ぶマジクル、それが目の前の老婆、クロスであった。
魔女、と呼ぶのがふさわしい外見のわりに意外と外を出歩くのが好きな活動的な老婆でもある。
「なんだい、そのぐらいの礼儀は持てたのかい? 蜜を回収したら茶飲み話でもしようじゃないか」
先ほどまでの騒動がまるで何もなかったかのように微笑む姿に、俺もエルナもすっかり毒気を抜かれたように苦笑しつつ従うのだった。
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