表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/87

MR-006「草原の乱-1」


「ねえ、おじ様? そもそもどうしてマスクルさんは直接この街に来たのかしら? 自分の領地からは遠いのよね?」


「俺たちにとっては多少遠くても貴族様としては大した距離ではないかもしれんな。ただまあ、一番はやはり顔つなぎだろう。自分という存在がここにいますよとアピールするわけだ」


 探索と確認を終え、部屋に戻って来た俺を出迎えたのはエルナのそんな問いかけだった。指を口元にあて、考え込む姿は年相応の少女。こういった仕草を学ばずにするのだから女というのは怖い物だ。


 答えながら俺は影袋から同じような造りの短剣を取り出して見せた。装飾がわずかに違うだけで、質としてはほぼ同等、どちらにしても俺が使い捨てても惜しくないと思っている程度の量産品ではある。

 それでも刃は磨かれており、相手の体には深々と突き刺さることだろう。


「ここに2本の短剣がある。片方はまだ使われたことの無い物、片方はもう何度も獲物をしとめ、手入れもされた物。お前がどちらかを選んで獣と戦えと言われたらどちらを選ぶ?」


「んー……実際に使われてた方かなあ。未使用のほうは本当に斬れるのか怖いもの……あっ」


 座っていたベッドから立ち上がり、声を上げるエルナに頷いて俺は短剣を仕舞う。慣れないうちに刃物を持つものではないからな、護身にも持たせるのも危ない。今は1つに集中させた方が良い時期だ。

 座り直したエルナに向け、俺は自分自身の考えをまとめ直すようにして口を開く。


「そうだ。何かもめごとが起きた時、厄介な状況が起きた時、あるいは何か頼みたいとき。

 人は見知らぬ相手よりも多少は知っている相手をどうしても選ぶ。ここの領主である貴族は西側でも力の強い存在だ。そこで顔と名前が憶えてもらえたらそれは大枚をはたいてでも価値のあることだろうな」


「どっちでもあまり変わらないなら、名前を知ってる方にお願いするものね。あー、政治ってめんどくさーい」


 俺もその通りだとは思うが、冒険者として名前を積み上げていくとどうしても付き合うことになるのが政治ってもんだ。関係なく暴れて生きていけるのはほんの一握り。それすら良いように使われないように頭をよく使っていかなくてはいつの間にか死の淵にいた、なんてことにもなりかねない。


「うむ。別に構わないぞ。エルナがずっと俺の言うことを聞いて、疑わずについてくるだけの人生で良いというのなら、面倒なことは俺が全部やってやろう」


「なんか……それは嫌。おじ様とは基本、そんな関係じゃいたくない。そんなの……つまらないわ」


 きっぱりと、そう口にするエルナ。俺はその答えに満足し、乱暴に彼女の頭を撫でてやる。俺には子供がいない。だからだろうか、目の前で成長していくエルナの姿にどこか何とも言えない気持ちが沸いてくる。


「もうっ、髪が崩れちゃうじゃない。それよりおじ様? やっぱり、何かあるの?」


 俺がわざわざ依頼として受けたということはそれだけ可能性があるとみている、そう感じているのだろう。

 いつだったか、村から持ってきた売り物の値段交渉をしているときと同じような鋭いまなざしだ。

 そう、生き残るならばこういうまなざしが出来なければな。


「さっきも言っただろう? 今回結婚するという息子の親にとっては他の貴族は誰でもいいんだ。数だって気にしちゃいない。いや……税の問題があるから数ぐらいは気にするか。その人となりなんかには興味は基本的にない。有益か無益か、それぐらいだな。だから目立っているのが誰なのか、知らないということだ」


「そっか……横から入り込んじゃうんだ。そして、最初からそうじゃない人はいなかったとしても同じ……」


 頷いて、なおも話そうとした時に扉がノックされる。気配からして、出会ったことのある使用人の1人だとは思うが扉の前には立たずに近づく。別にそこまでしなくてもいいのだが、エルナに覚えてもらうためだ。


「何か?」


「お食事の時間だそうです」


 気が付けばそんな時間らしい。招かれてるとなれば行かないわけにもいくまい。エルナに目配せし、ゆっくりと扉を開くと感じた通り、見知った使用人が立っていた。

 目の前にいない俺に驚いたようだが、すぐに表情を戻して部屋の中にいたエルナ、そして扉の横にいた俺に頭を下げた。


「俺達はただの雇われ人だ。普通で構わんよ。さて、場所はどこだ? まさか一緒にというわけじゃないよな?」


「そのまさかでございます。依頼人として親睦は深めておきたいとの伝言を預かっております」


 やはりマスクルはちょっとばかり普通の貴族ではないようだ。使用人の告げた理由は一理あることではあるが、普通は知り合ったばかりの冒険者と食事を共にするなんてことはない。駄目という訳ではないが、なかなかそんな踏ん切りがつく物でもないのだから。


「了解した。すぐに向かおう。エルナ、行くぞ」


「はいっ」


 人前だからか、いつもと少し違う口調ではきはきと返事をしてついてくるエルナ。ちょっと自分の髪の毛を気にしたりしてるところはまだまだだな。別にマスクルに嫁に行こうという訳じゃないのだからそんなに格好を気にしなくても良いと思うのだが、難しい物だ。


 宿を半ば貸切っているのか、広々とした空間にいたのはマスクルと使用人、そして護衛を兼ねた兵士達だけであった。皆の視線が一瞬集まるが、それもすぐにまばらな物になる。俺たちは招かれるままにマスクルの前に座り、さっそくとばかりに食事が運ばれてくる。


「堅苦しいのは嫌いかと思ってね。好きに食べてくれ」


「それはありがたいが、こんな冒険者と同席していて、ライバルに陰口は言われないのか? 下々とほいほいと接して……とか」


 本人の言うように、出てきた料理は決して華美な見た目ではなく、むしろ慣れ親しんだ物に近い。エルナもまた、ごちそうが出てくるとでも思っていたのか意外そうな表情だ。俺も皮肉めいた一言を告げてから豆のスープに口を付け……目を見開いた。


「わかるかね? これが私の売り、だ」


「これは驚いた。飽きるほど食べたはずのものがまるで別物だ。豆が違う? いや……これは豆ではない……もっと深い場所……そうか、旨みが強いのか」


 決して正面には立たず、要所要所で敵を射抜く弓の名手のように俺の舌の上で踊る豊かな味わい。それはごく普通のはずの豆スープにおいて、灰色の石の中に金色の何かが紛れ込んでいるかのような衝撃を俺に与えた。

 マスクル曰く、この秘密が自分の売りであり、この場所にやってきた理由でもあるという。


「おじ様、上手く言えないけど、すごい……」


「はははは。君やお嬢さんの顔が何よりもうれしいね。私の領地では干物作りが盛んでね。それを上手くして作ったのがこのスープに使われている。元のスープは誰でも飲んでいるような物だ。それがこうも化ける……面白いだろう?」


(なるほど……な。確かに面白い。さて、こちらも試す番か)


 俺はにやりと笑みを浮かべ帯剣を許されたままの長剣、隕鉄剣の鞘を掴んでややぶしつけだなと思いつつもマスクルの前に見せた。

 机越しではあるが、マスクルの目にはその鞘の彫刻がはっきりと見えたことだろう。


 そして、目利きだというならそこに刻まれた文様とその価値、意味もわかるかもしれない。これでどう動いてくるか。


「これは……事実は時に空想よりも面白いと吟遊詩人は唄うがその通りだな。しばらくとはいえ、その力が借りられるのは光栄なことだ。そこらの貴族と違い、騒ぎ立てないであろうと見込んでくれた君の想いにも応えると誓おう」


「そう願うよ。おっと、俺がそうしておいてなんだが冷めちまうな。続きを頂くよ」


 俺とマスクルだけがわかる不思議な時間を経て、不思議な食事会は終わった。マスクルはこれで俺を……本当にかつての英雄かもしれないと知った上でどう使ってくるか。檻は壊す覚悟でいるが、互いに尊重して動けるのならそれが一番だった。




40歳はどこまでおじさん臭くするか色々考えてしまいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。

小説家になろう 勝手にランキング

○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
マテリアルドライブ2~僕の切り札はご先祖様~:http://ncode.syosetu.com/n3658cy/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ