MR-052「向かい合う過去」
アースディア王都グラネス、巨大な湖に面し、霊峰から湖を抜けて吹いてくる風が有名な都だ。夏の暑さをやわらげ、冬は冬で別の理由から寒さもひどくない過ごしやすい場所でもある。
「絶対迷子になる自信があるわ」
「その自覚があるなら大丈夫だろうさ」
馬車を降り、王都の門をくぐった俺達の前には人、人。ちょうどにぎわう場所から入って来たというのもあるが、人でおぼれそうだ。ここに住んでいるであろう奴もいれば、そうではなさそうな……俺たちのように旅の装いの奴もいる。元々王都を挟むように伸びていく2本の川を利用し、物も人も行き来が盛んな場所だ。それは活気を産んでいく原因にもなる。
「どこに行くの?」
「教会さ」
前に進むことも難しそうな市場を突っ切ることはせず、記憶を頼りに横道へ。所々変わっているようだが大まかな建物は変わっていない。それはこの先にある教会が原因だろう。店は変わることはあっても、教会は変わることはないからな。
(15年、か。殴られるかもしれんな)
角を曲がり、目に飛び込んできた記憶通りの光景に思わず足が止まりかける。細かい増改築はされているのか全く同じとは言えない。それでも、帰って来た……そう感じさせるには充分であった。ここからでも見える元気な子供達。かつての子供たちはとっくに大人になり、世間に出ていることだろう。
「おじ様?」
「ああ、ここは……俺が昔」
「寝泊りしていた教会ですよ」
横合いからかけられた声。なじみの物過ぎて、感じるという考えがまったくなかった相手。記憶にあるよりも痩せ、白髪ばかりになった男……この教会の司祭が立っていた。子供を引き連れ、荷物を持っているということは買い出しに出ていたのだろう。
「……持とう」
「ありがとうございます」
言葉少なく、子供が4人がかりで運んでいた芋袋を軽く持ち上げて見せる。司祭、カインドは目を少し見開いた後、薄く微笑んで頷くと子供たちを促し歩き出した。戸惑った様子のエルナを引き連れ、俺も教会へと歩みより……胸いっぱいにその空気を吸い込んだ。
(俺の家……か)
俺が英雄を辞めるまで、あちこちで多くの戦果を挙げた。中には報酬をけちる奴や、そもそも報酬を貰うことを考えない奴だっていたが……俺が報酬を要求しなかった相手はあまりいない。ここはそんな少数派の1つだ。
「随分と歳をとった物ですね」
「お互い様……そういうには時間をかけすぎた。カインド……先生」
荷物を降ろして案内された一室で、いつかのように薄いお茶を飲む。相変わらず生活に余裕はないようだった。エルナに気にした様子が無いのは、村の生活も似たような物だったからだろう。
「そちらのお嬢さんは?」
「エルナと言います。おじ様に……人生ごとすくい上げていただきました」
人生ごととは大げさな……どう感じるかは本人次第か。カインド司祭も力は弱いがドルイドの1人。こうしていてもエルナから漏れる力を感じ取るぐらいは出来るだろう。そうなれば言葉の意味も自然と伝わる。
瞬き数度ほどの時間だったが、なんだか長い時間に感じた。それは不快ではなく、置いてきた何かを取りに行けたようなそんな時間であった。ことりと、司祭がコップを置く音が妙に響いた。
「人の想いは時に流れに飲み込まれるものです。この時間は貴方が立ち上がるには必要な物だったのでしょう。それが良かったのかはわかりませんが、貴方がいなくなたことでようやく……自分達でも立ち上がらなくてはいけない、人々はそう思えたと思いますよ」
「けれども、俺が救えるはずの人間を見捨てたことになった」
「それはっ! そんなことないわっ!」
なぜか、エルナが俺を否定するように腕をつかみ、揺さぶって来た。優しい娘だな、と思う。人のために怒れ、人のために泣ける。きっとエルナはそういう奴である。そんなエルナだからこそ、俺は立ちあがれた。
「15人……貴方の背中を見て育ち、旅立ち……4人が帰ってきません。ですが、倍する人々を救い、数えきれないだけの人々に笑顔を取り戻したと自信を持って言えます」
「そう……か」
この教会は孤児院も兼ねている。周囲の助けもあり、貧窮するということはないようだが贅沢は出来ない。身一つ、稼ぎに出るのが出て来てもそれはごく当たり前のことだった。俺が残っていれば恐らくは死んでしまった奴らも無事に……いや、もしもはもしもか。
「王も、度々貴方のことを気にして使いをよこしていましたよ。年の初めには自らが訪ねてくるぐらいには」
「王が?」
意外な話だった。貴族たち権力者の中で、一番俺を俺ではなく英雄としか見なかった……それが王だった。だが、それはそうせざるを得ない立場だった、ということもあるのかもしれないな。会って見るまでわからないが……。
「さて、今日ぐらいは泊まっていきなさい」
「ああ、世話になる」
「よろしくお願いしますっ!」
3人で連れ立ってそのまま部屋を出ると……子供たちが集まっていた。上はもうすぐ成人、下はまだ歩けないような幼児だ。平和平和と言っても、どうしても出てくる弱者はどこかで受け止めてあげなくてはいけない、そんな現実。
「おはなしおわった?」
「ええ、終わりましたよ。食事にしましょうか」
「私手伝うわ!」
子供たちの姿はエルナのあれこれを大いに刺激したのだろう。妙にやる気をまとい、子供達と一緒に台所へと消えていった。残されたのは男2人。遠くに子供たちの声を聞きながら、俺は一瞬意識をかつての時に戻していた。
「お帰りなさい」
「ただいま、先生」
遅すぎる帰宅。それでもカインド司祭はいつかのように、俺を優しく迎えるのだった。
「おっさんは戦士なのかー! すげー!」
「ねえねえ、狼って怖い? 怖い?」
食事の場は賑やか、その一言に尽きた。全員同じ場所で食事とし、年上は年下の面倒を見る光景が広がっていた。子供たちの顔に疲れや悲しみといった物は全く見られない。仮に問題があるようならこういう時間にも出てくるものだからなと一人安心していた。
「そこらの魔獣には負けようと思っても負けんよ。ああ、怖い。だから一人で勝手に外に出るなよ」
「ほーらー、こぼしてるっ」
エルナも左右を子供に挟まれ、休まる時間もないようだ。賑やかさも食事の内、そう思えるだけの時間が過ぎていく。それが終わればいつものことなのか、子供達だけでも片付けが始まり、気が付けば外は日が落ちていた。
「なんだかはしゃいで疲れちゃったわ」
「本番はこれからだろう。寝付くまで話を聞かせてってなるぞ」
冗談めかして言ってやると、望むところよと意気込んでエルナは子供たちの寝室へと向かった。それを見送った俺は一人、教会へと出向く。
大地や空、森や湖、朝の光にも夜の闇にさえ神様はいる。それが俺たちの信じる教え。中にはちょっと困るような神様もいるにはいるが、どの存在も欠かせない。だからこそ人は祈る。
「願わくば……明日の未来のために……」
つぶやき、紡ぐ力は簡単な灯り。力を借りた神様の色を付けた光が壁際のランタンにどんどんと灯っていき、礼拝堂はほのかな光に照らし出されていく。夜の闇が濃さを増しても、そのまま俺は祈りを捧げ続けた。
贖罪と、未来への決意を乗せて。
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