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MR-005「2人の旅路-5」

ストックがあるうちは更新します。


 貴族の割に質素な姿の男、マスクルは街に入ってすぐ、小さくはないが貴族が泊まるにはやや安い印象を受ける宿を示した。本人が良いというのならそれでいいのだろうが、少々気になるところではある。


「助かった。何分田舎貴族でな。顔つなぎの手土産に金をかけすぎた。節約できるところは節約せねばならんのだ」


「正直だな。そこはこう、聞こえがいいように庶民の生活も知っておく必要があるのだとかいえばいいと思うのだが」


 わざわざ本人が礼を言いに来るというのも貴族のセオリーから外れるが、印象としては悪くはない。むしろ若い奴ならころっと転がるぐらいの良い手だろう。ただまあ、俺自身は貴族という物と散々付き合って来たので話はしやすそうだな、といったぐらいにとどまったが。


「ははは! 次からはそう言うことにしよう。君も知っているかもしれないが、この街の領主の息子が近々結婚するそうでね。明確にはお触れは出ていないが……こうして集まる相手を目当てに来ているわけだ」


「なるほど。三食と夜の酒があれば文句は言わん。何日だ?」


「え? おじ様?」


 戸惑いの声を上げるエルナ。対してマスクルは良い笑みを浮かべ、深く頷いた。田舎貴族という割には話がよくわかるじゃないか。ただ……そのぐらいしたたかでないと田舎暮らしで早く情報を仕入れるということも出来ないか、道理と言えば道理だな。


「よく覚えておけ。本人自身がいくら田舎貴族だと言っても貴族様だ。それが何も約束事なしでこうも事情を説明すると思うか? 手の空いてそうな冒険者に依頼ということだ。護衛であるとか、物を運ぶとかな。今回は街に滞在するわけなので護衛ということだ」


「これでも人を見る目はあるつもりでね。目利きもそこそこ自信がある。君の背にある剣、具体的な価値は横に置くとして、ただの老兵では持てぬよ」


 わずかな間だというのに、マスクルは俺が背負っている剣……隕鉄剣をただの剣ではないと見抜いたらしい。鞘は確かに丈夫に作ってあるが、見ただけでわかるほど華美な装飾をしているわけでもない。あるとしたら……なるほどな、目利き……か。

 俺は普段は見えない部分に凝るから良いんだと言って鞘の装飾を彫り込んだ職人が当時ですら稀代の彫士と有名であったことを思い出した。美術品扱いというわけだ。


「剣を主に使う、ゼルだ。こっちはエルナ。見ての通り駆け出しだ」


「よ、よろしくお願いしますっ」


 これまで生きてきて貴族という存在に出会うのも初めてだったのだろう。今さらながらに緊張して来たのかどもるエルナをマスクルは微笑んでみている。やっぱり、ちょっと俺の知っている貴族の中でも希少な部類だな。貴族以外を、見下していない。





「天使共がいた遺跡を抱えているだと?」


「うむ。随分前に駆逐され、今では建物が残っているだけだがね。ああ、心配しないでいい。再召喚されないことは術士を呼んで確認している。魔法陣もしっかり砕いた。現にこの20年は何も起きておらんよ」


 案内を受け、具体的な日程や護衛の打ち合わせの場。自領を説明するマスクルから飛び出したのはとんでもない話だった。

 天使共は人に、亜人に、あるいは獣にまで自分たちの教えを押し付けてくる。そのために必要なのが語られる経典と、祈りの場である建物。土地土地で教えといったものがバラバラで、祈りの場は自然そのもの、な俺たちと比べるとそのあたりからして大きく違う。

 ともあれ、羽根付きのいた建物は独特の素材と造りにより、確かに一財産になる。具体的には建材として特定の祈祷術を合わせて使うと逆に天使が寄り付けない、不思議な避難所ともなる。

 あるいはそのまま投げつけても一定の威力を誇る特別な石なのだ。


「だと良いんだがな。完全に潰しておくことをお勧めする」


 一応は雇い主になるのでやや甘めの口調だが、本音を言えば今すぐにでも赴いて砕いておきたいところだ。

 天使の建てた建物、それは奴らの居住場所として使われるだけでなく、エルナの村を襲った奴らのようにどこからか沸いてくる原因になったりもするのだ。それを召喚装置と呼んでいるが原理ははっきりとしていない。

 一見何も損傷が無いように見える場所で何も起きないときもあれば、建物は砕いても床に陣が残っていて……なんてことや、逆に床は砕いたけど柱の配置が何か意味があったのか、なんて召喚のされ方もあった。エルナの村を襲った天使共の遺跡が俺が完全に砕き、台無しにしておいたから恐らく大丈夫だと思うが……。


 確かなのは、祈祷術を使える者であればその大地や空中を流れる霊力のラインを見て、召喚装置が生きているかを判断できるということだった。そんなこともあり、各地で祈祷術士は引っ張りだこなのだ。


「戻ったらそうしよう。確かに不安の種は無い方がいいからな。では、よろしく頼むぞ」


 護衛の期間は2週間。まあ、妥当であろう。報酬自体は前金としては飲み食いの自由、そして風呂の供給。終了時に現金の支払いがあるらしい。俺自体は現金はどちらでもよかったので問題はない。

 エルナもまた、外で受ける大きな依頼ということで緊張はしているようだが報酬に文句はないようだ。


「エルナ、今の内に自分の胸や腹、頭に障壁を張る練習をしておけ」


「え、そんなに危ないの?」


 追加で宿に頼んだという部屋で、俺が言った言葉に驚くエルナ。確かにいきなりと言えばいきなりか……俺自身は特にそうしなくても身を守れるから気にしてはいなかったことではあるのだが……。


「そういうわけじゃあない。備えは大事ということだ。今言った場所を守り切れば次が詠唱できる。そうなれば最悪の事態でも好転の目があると言えるからだ」


「わかったわ。障壁障壁……むむむ!」


 実際問題として、今エルナが唸っているような方式で成功したら誰も苦労はしないのだが、俺の目には見える。エルナを中心に霊力が踊り、まだ形にはなっていないが障壁のような物を作り出そうとしているのが。

 末恐ろしい資質である。このまま成長したら、羽根付共の突撃を一人で防ぐような壁も作り出せるようになるかもしれないな……まあ、何年かかるやら。


 俺は唸るエルナを放っておき、そっと宿の中を探る。気配には不審な物はない。風にならないような空気を動かし、隠し通路や穴が開いていないかを確認していく。今のところは壊れた場所はなし……マスクルが自信をもって決めただけのことはある、というところか。


「少し出てくる。中にいろよ」


「うん。行ってらっしゃい、おじ様」


 二人部屋なのは気を利かされたのか、家族だと思われたのか……さて、それはどうでもいいか。今は実際に滞在することになる宿の確認だ。マスクルが連れて来た人員は使用人を含めて20人。兵士が10、他が10、まあ当主自らとしては随伴が少ないが他人の領土に厄介になるのだ、多すぎてもな。


「よう」


「これはゼル様。見回りですか?」


 その兵士の内の1人に話しかけると、堅苦しい口調でそんな言葉が返ってくる。真面目を絵にかいたような硬さだ。兵士としてはそのほうがいいのかもしれないが……ちょっとこそばゆいな。突然雇われた傭兵としての冒険者である俺にも丁寧にあいさつをしてくるあたり、教育が行き届いている。


「やはり自分の目で見ておこうと思ったわけだ。何かあったら知らせてくれ」


 そういって別れ、一度俺は宿から出て周囲を探る。実際には護衛がいますよと主張するのは下策な場合も多いのだが今回は例外だろう。いるかどうかもわからない敵対者に対して、邪魔になるやつがいますよと知らしめるだけでもいい。それで躊躇してくれればそれだけで成功なのだから。


「特にやばそうな気配はなし……か。その通りならいいんだがな」


 自分の衰えというものを認めたくないのは誰もが共通した思いではあるが、若い時と比べて劣化した部分があるのは否定できない純然たる事実だ。なんとかそこを補って過ごしたいものだ。


 つぶやきながらも探索を続けるが、その日(・・・)は特に目立った問題は起きなかった。

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