MR-004「2人の旅路-4」
「随分と混んでるのね」
「ああ、それだけ街に入るためにしっかりとした検査をしているということだ。税を多くとらないのであれば、良い街だろうな」
普通に2人で話していても、街の入り口でやってくる相手の検査をしている相手には声は届かない。それだけ待っている列は長く、そして喧騒に満ちていた。中には待ち切れずに、街の外だというのに露店の真似事をするやつもいるほどだ。
このあたりの地域で指折り数える中に入る街を選んだが、確かに賑わいは本物の様だった。
「このぐらい大規模な街の方が依頼に多様性がある。あー……選べる余地があるということだ」
「そっか。私の村みたいな場所じゃ、それをやるかやらないか、それだけになっちゃうんだ」
合点がいったと手を叩くエルナを子供をあやすように撫でてやる。嫌そうにする姿は子供の様だが、振り払うようなことはしない。それはつまり、エルナも人の……特に大人の感情に飢えているということだ。
親と別れ、恐らくはもう相当な腕前になるまで戻るという選択肢がないことを村から出る時、彼女は悟ったのだろう。
羽根付きとの戦いに俺が払った依頼金、その価値を知ってしまったがゆえに。
(まあ、いい。エルナの資質が俺が感じた通りなら、近いうちに……そう、近いうちに問題は減る)
まだまだ制御は甘いが、俺という保護者のような人間がいなければとっくに食い物にされてるであろう資質だ。上手く導いて生き残れるようにしていかなければ。それが俺の……俺の……なんだ?
ふと、自分が若い頃には持っていなかった感情を抱いていることに気が付いた。その感情は、渇望。隣に立つ者がいてほしいという心の底からの望み。なんということか、かつて捨てたと思っていた感情が今、俺の中に蘇っているのだった。
「一人の方が悲しくないと知ったはずなのにな……」
「? おじ様、どうしたの?」
心配そうにこちらを見るエルナに、なんでもないと答えて行列の先を見る。先ほどから進んでいないような……ふむ。
俺は荷物をエルナに預け、腰に予備に持っていた鉄剣を一振りだけ抱えて行列から抜けた。
「場所は取っておいてくれ」
「あ、ちょっと、おじ様!?」
根は真面目なエルナのことだ。こちらに来たそうにはしているが、2人とも列を抜けたらまた最後尾からというのがよくわかっている。よほどのことが無い限りはそのままだろう。
俺はその間に、行列の前の方、妙に大きな馬車が止まったままの場所に向かう。
「ではどうしろというのだ! この馬車は2頭立てでないと上手く動かんのだぞ!」
「しかし、例外なく期間中は街中では領主以外は馬車は1頭引きのみとすると先日……」
近づくと、争いの声が聞こえてくる。近くの他の面々はあきれ顔だ。それでも声をかけにいかない理由は……まあ、厄介事この上ない状況だからだろうな。
明らかに片方は貴族階級、それが街を通る時に問題が出たのだろう。聞いてる限りでは、貴族の乗って来た馬車が大きすぎ、決まり通りの1頭では引っ張るのが大変、そんなところか。
「無理をして馬がつぶれては元の子もない! 泊まる場所は決まっているのだ。そこまでは例外としてくれぬか!?」
「しかし、それでは我々が処罰を受けてしまいます」
なるほど、どちらにも言い分はあるが貴族側が不利……か。このままでは時間だけがかかる。多少目立つが……これは使えるな。
俺は肩を鳴らすように動かしながら、言い争う2人の間に近づいた。
「? なんだ、順番は守るように」
「あー、それなんだが……。今、こちらの方の馬車が決まった場所に動かせず困ってるってことでいいのか?
規則通りなら馬の数が足りないが、それを下手に破るわけにはいかないからと」
俺の言葉に、何を言ってるんだ?という顔をする門兵。良く鍛えられてはいるが、まだまだ常識の範囲内だな。
対して彼と言い争っていた貴族は……以外にも質素な姿だった。質は良いが、きらびやかにというほどではなく、ぎりぎり品位を保っているというところか。珍しいタイプだな。
「誰だかは知らぬがその通り。わざわざ前に出てきたということは何か方法でもあるのかね?」
「あるさ。要は馬は1頭ならいいんだろう? だったら、馬以外が動かせばいい」
今度は2人そろって、呆れた顔で俺の方を見てくる。ま、普通はそう思うよな……それが常識だ。馬車の前に回り、主の指示があれば今すぐ前に進むという気概に満ちた馬を撫で、自分の意思を伝える。馬は頭がいい。なんとなくでも伝わるものだ。そして俺は後ろに回り込み、馬車に組み付いた。周囲からの視線が呆れの度合いを増した気がする。何を馬鹿なことをという視線だ。
そう、祈祷術を使えない人間の……常識であれば。ふと見れば、並んでいる中にいる冒険者風の男の中には俺の方を驚きで見る者もいる。彼らは俺が何を言っていて、どうしようというのかがわかったのだ。
それは即ち……。
「お……ぉぉぉおおお!!」
「なっ、人の手で……動いた?」
俺は馬車の後ろに回り込むと、大地の神に祈りを捧げ、その力を体に宿した。アースジャイアント、伝説に歌われるその巨人の力が今、俺の体にある。
元より馬車は馬の力で動く物。後ろから力が正しく加われば、動き出すのは道理。
最初はわずかに、そしてゆっくりと前に進む馬車。
「門兵さんよ、これでいいだろう?」
「あ、ああ……」
目の前のことが信じきれないのか、呆けた様子の門兵を見、俺はそのまま列に並んでいたエルナを顔だけで招く。じっとこちらを見ていた彼女は俺の方に荷物ごと駆け寄って来た。
俺はそれを見て馬車に乗ったままの貴族の男に声をかける。
「貴族さんよ、俺たちごと入ってもいいかね?」
「ああ。2人の入場税は私が払おう」
話の分かる貴族の様でよかった。御者が門兵に入場税らしいものを払うのを横で見ながら、俺はそのまま馬車を押し続ける。2頭立ての馬車がゆっくり進むのと変わらないぐらいの速さで馬車は街の中に入る。
「予定の宿はすぐそこだ。……本当に1人でか、信じられんな」
「やるやつはやれるもんさ。雇うと高いだけでな」
わざわざ後ろ側に来てまで話しかけてくる貴族に内心笑いながら、そのまま馬車を押す。エルナは心配そうだが、このぐらいは三日三晩戦うことに比べたら何の苦労にもならない。
殴れば殺せる、それぐらい単純な……押せば進む、そんな程度の事なのだから。待っていた中にもできそうなやつはいた。単純にタダでやるのは問題なだけだ。
そうして俺達は予定より早く、草原の街フィールドに入ったのだった。
いつ更新するかは悩ましい……