MR-039「不思議な再会」
運河沿いに北上する旅は平和の一言であった。当然と言えば当然である。このあたりは魔獣は多くなく、敢えて森に踏み入るといったことをしなければ出会うこともまずない。狼のような奴は時折出会うかもしれないが、それでもこちらが十分武装をしていたり人数がいれば賢いあいつらはほとんどの場合、襲ってこない。
「とはいえ、夜営時なんかに見張りがいないというのは論外だ。さすがにそういった隙は見逃さない。炎が苦手というのも半ば嘘になってしまった」
「何度もその状況を経験しているからかしら?」
正解にたどり着いたエルナに頷き、たき火への薪を増やす。碌に柵もないような場所で野営が出来るのはこの国ぐらいなものだと聞く。他の国では天使たちがいまだに脅威となり、魔獣もまた、それなりの数を維持しているそうだ。人も魔獣も追い詰められると真価を示すのか、魔獣にも強い個体が出てくるように人間にも強い奴が出てくる。それが英雄と呼ばれ、どの土地でもそれぞれに戦っているはずだ。
「ねえ、おじ様」
「どうした、そんな改まって」
薪のはじける音と、時折の馬の呼吸の音だけが響く夜。毛布に横になったままのエルナがたき火越しに問いかけてくる。その瞳が揺れているように感じたのは、たき火の炎だけが原因ではないのだろう。自然と、俺も座り直して続きを待った。
「私、おじ様のこともっと知りたいわ。どうして私を旅に連れだしてくれたのか。どうして助けてくれたのか……どうして、また戦ってくれてるのか」
「……知らなくてもいい。俺のわがままだってことにしておけ」
予想しなかった問いかけ。その中身に一瞬顔を強張らせた俺はそれを誤魔化すように薪を増やした。しばらくして先ほどより大きくなった炎が周囲を照らす。俺としてはそれは拒絶の合図のつもりでもあった。しかし……。
「それでも知りたいの。ううん、知らないと……私、おじ様と一緒に戦えない。お供じゃなくて、ちゃんと一緒に旅をして、1人のドルイドとして戦いたいの」
「10年早い……といった方が良いんだろうな」
つぶやきながらも、説得力がないなと思うのも確かだった。現に俺はエルナぐらいの歳にはもう力に目覚め、戦い始めていたのだ。だというのに若さを理由に拒絶するのはいい考えとは言えないだろう。問題は本人にそういった覚悟がちゃんとあるかどうか、である。
「つまらん話になるぞ?」
「大丈夫。おじ様の事なら私、何でも知りたいんだもの」
子守歌替わりにはなるか。そう思いながら俺はエルナへと過去を語り始めた。大方ははしょったが、大体の流れはわかるだろう。そして、エルナの願いを受け入れて天使討伐を決めた話になったころには……小さく寝息を立てている少女がいた。
「ったく、何でも知りたいんじゃなかったのかよ」
毛布を掛け直しながら、そんな愚痴を口にするが旅の疲れが出ているのか起きる様子はない。先ほどの問いかけもだいぶ頑張ってたんだろうと思われた。どうせ影袋には色々と荷物が入る。寝台とは言えなくても毛布よりはマシな何かを買ってやるべきか、そう思うぐらいには俺はもうエルナをどこかに置いて行く気はなかった。
「感謝してるよ、エルナ。お前がいたから俺はまた前を向ける」
サフタに言われたように、サボっていた分は頑張って取り戻さなくてはいけないが……きっとなんとかなる。そう思えるだけの手ごたえを感じることが出来ている旅だ。考えるべきことは多くあるが、遠くを見過ぎず、まずは目の前の物から片づけていくとしよう。
「見て見ておじ様!」
「そんなに騒がなくても見えてるよ」
数日後、俺たちの目に飛び込んできたのは一面の黄金色だった。時期的には小麦には早いはずだが……早く育つ品種でも植えているのだろうか? 食にうるさそうな領主のことだ……そういった方面でも口を出していてもおかしくはない。
「なんだか綺麗な畑ね。無駄がなさそうに見えるわ」
「うむ。間の道も通りやすそうだ……見事だな」
小麦畑の中では農民たちが仕事をしている。何人かがこちらを見てはまた仕事に戻るあたり、あまり警戒はされていないようだ。のんびりしているのか、それとも見回りがしっかりしているのか。どちらもかもしれないな。
最初の町までもうすぐのはずの場所。気の済むまで眺めさせようか、そう思っていた時だ。道の先の方にいる男達が気になった。馬車の傍らで話に興じている姿はどう見ても農民。しかし、俺はその1人にどうにも見覚えがあったのだ。
(おいおい、こんな場所にいていいのか?)
思わず胸の中でつぶやいたのには理由がある。視線の先にいる男、それはどう見ても貴族でこのあたりの領主のはずのマスクル本人だったからだ。他人の空似かと思い、もうちょっととつぶやくエルナの乗った馬を操りながら近づくと、相手もこちらに気が付いたようだ。
最初は警戒した真面目な表情だったのだが、俺の顔と、隣のエルナを見るとそれはほころんだものとなる。間違いない、当人のようだ。まさか農民が貴族の真似事をしていたということはないだろうから逆だろうな。
「よう、馬の上から邪魔するぜ」
「構わんよ。今の私は農作業をする人間の1人でしかないからね」
貴族らしくない物いい、やはりマスクル本人であると改めて感じる。それにしても、本当に農作業をわざわざしていたのだろうか? エルナは状況がいまいちつかめないのか、目をぱちくりさせながら俺とマスクルを交互に見ては、ええ!?と驚いて口に手をやっている。
「せっかく訪ねてくれたが今は準備が出来てなくてね。そこでお茶でもどうかな」
「ありがたくいただこう。おい、エルナ。いつまで呆けてやがる。お誘いだ、行くぞ」
「う、うん。ありがとうございます? でいいのかしら?」
未だに状況が飲み込めていなさそうなエルナを2人して笑いつつ、普通に農民たちが休憩を取るような小屋にたどり着く。馬を降り、適当に器にお茶を注がれ一息に飲み干す。豪勢なという物ではないが、やはりこうやって飲むお茶は美味い。
「先に文でも出してくれれば準備も出来たのだが」
「ここに来る予定は本当は無かったんだがな……ちょっと厄介事が出て来たんだ」
マスクル自身も刈り取ったのであろう小麦を乗せた馬車が先に出ていくのを見送りながら、静かな時間を過ごした。マスクルも俺が口にしない状況では深くは突っ込んでは来ない。周囲から騒がしさが消え、役目に忠実そうな従者だけが残る中、俺は隣のマスクルに向き直った。
「魔獣を操るような研究をしてる奴、それに天使の被害が増えている場所に心当たりはないか?」
「ほぉ……それは確かに厄介事だ。私に聞きに来てくれたということはそうするだけの価値を感じてくれいるということだろう? ふふっ、なんだか妙に嬉しくなってしまうね」
マスクルは静かに畑を見つめ続ける。じっとしているが、その頭の中では多くの考えが巡っているはずだ。そうでなくては一地方と言えど領主は務まらない。そしてすっかりお茶が冷えたころ、ようやく動いた。
「魔獣の方は何とも言えないが、天使の方はなんとかなりそうだ。まずは屋敷に来たまえ。そのほうが話しやすい」
「そいつは良い。美味い飯にありつけそうだ」
「私、あのスープ飲みたい!」
場が柔らかな物になったのを感じ取ったエルナの叫び。それがきっかけとなり、その場には笑いが満ちた。当人はなんで?って顔をしているが、大物になるなと感じさせる瞬間であった。
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