MR-037「やってきた過去」
「助かりたいなら下がってな。理由が知りたいならここで生き抜けばいい」
「お前たちは!? くそっ!」
突然の乱入者に当然のことながら男達に動揺が走る。むしろここで何も驚かない奴がいたらよほどの変人だろう。建物の中に飛び込むと周囲の異様さが改めてわかる。積み上げられた木箱には多くの武具が詰まっているに違いない。そのうち船を使ってしかるべきところに運び、使うのだろう。
「神を信じよ。人の上に立つはただ唯一のお方なり」
「そうかい。そういうのは自分のところだけでやってほしいもんだね」
周囲では俺たちの乱入に気が付きながらも、襲い掛かってくる使徒の対処に手いっぱいな人間の叫び声が聞こえる。無抵抗という訳にもいかないが、先ほどまでは仲間だったということで遠慮している部分があるのだろう。だが、使徒相手にその態度ではよろしくない。もうこれは、違う存在なのだから。
「エルナ、好きにやれ。でも離れるなよ」
「了解! 床でもへこませようかしら」
その言葉を合図にしたわけでもないだろうが、ちょうど飛びかかって来た相手の剣をそのまま鉄剣で受け止める。勢いも何もない、ただ振り抜いてるという物だ。しっかりとした使徒であれば肉体の限界を超えて襲い掛かってくるなんていうこともよくある油断はできない相手……だがこいつらはなりたてなせいかどうも動きが鈍い。
エルナがそのあたりを見抜いたのかはわからないが、動きを邪魔するだけで随分と相手の脅威度は下がるだろうと思われた。見える限りでは2、30人はいるだろうか。思ったより少ないと思うべきか、こんなにと思うべきか……ひとまずばらけないように建物の隅へと追いやろうと考え、祈りを捧げて突風を何度も生み出しては使徒へと撃ち込んでいく。
「おい、俺が全部やってしまっていいのか? それともお前さん達がやるか?」
「そんなことを言われても……第一あんたらは何者なんだ?」
脅威が減ったからか、話しかけた相手の顔がこちらを疑うような物になる。それはそうだ、どう見ても怪しいし、味方と思うには突然すぎる。これで関係者の雇った護衛か?なんて思う奴がいたら悪事には向かないと思うね。
どう答えるか少し考えたところで、入り口が騒がしくなる。顔を向けると装備を整えた連中に囲まれてやってくる1人の男。でっぷりとしたいかにもな悪役顔だ。どうしてこういう時の親玉はみんな太ってそれっぽい顔になるのだろうか? 永遠の謎である。
「これはどういうことだ! ん? 貴様、見ない顔だな! 貴様らがやったのか!」
「やったというかやってないというか……とりあえず、あいつらをどうにかした方がいいと思うぞ?」
俺が指さすのはエルナが他の奴らと協力して隅に追い込んだ使徒たちだ。周囲には無残に切り殺されたように倒れている奴もいる。後はどうにかするだけだが……まとめて焼くのが早いと言えば早い。
男はぎょっとした顔でそちらを見た後、何事かを護衛の1人に言ってこちらを見た。
「……何が望みだ」
「特には。信じてもらえないとは思うがね。仕事を探していたらなんだかそんな匂いがしたからきただけさ。どこの領地に興味があるか知らんが、やめとけ。変なことをしてもそのうち英雄さんが来るぞ? あいつらは一般人が被害を受けるのを嫌うからな」
実際、メリッサからは何人もの英雄が各地でまだ戦っていることを聞いている。と言っても大規模な対天使という戦いは無くなり、田舎の魔獣退治であるとか、国境沿いの天使たちの掃討に移っていると聞く。この国では天使はあまり見なくなったが、他の国、他の大陸では日々血みどろの戦いだというがどこまで本当かはわからない。
いずれにせよ、外に出ていく英雄はあまりいないのが実情だ。他の土地にも英雄は当然いるし、英雄未満だっている。この国がやや特殊で、国内の平和を取り戻せたのだ。犠牲は……少なくなかったわけだが。だからこそ、今生きている英雄たちはそれが崩れるのを嫌う、そのはずだ。
そのはず……だった。
「今の中央にそんな即断が出来る奴はほとんどいねえよ。ククッ」
「きゃっ!?」
そんな声と共に、建物の中に黒い風が吹き荒れる。使徒を逃がさないようにと包囲していたエルナや他の面々も巻き込むように吹き抜けた風は使徒たちを切り刻んだ。致命傷には至らないのか、うめき声を上げながら床で動こうとあがいているのが見える。
ずしりと、背中にのしかかる重圧。15年ぶり……いや、もっと前か。全く変わっていないと言いたいところだが、厄介さは増しているように思えた。
「生きていたか」
「ああん? おいおい、今日は何の日だ? どうしてこんなところにアンタがいるんだよ」
前に出会った時と比べると俺も老け、見た目にはわからない奴もいるかもしれない。それでもやはり感じる物があったのだろう。俺たちのように窓から飛び込んできた男は黒い笑みを張り付けながら、黒曜石で作ったかのように黒い長剣をだらりと手にして俺を見た。
「サフタ、貴様! 今まで何をしていた! 裏切るのか!」
太った男の叫びがこいつらとの関係を示していた。俺とは違う意味で、人に使われるのを嫌だと公言していたやつだった……はずだ。それがどうしてここにいる? 手にした剣はかつて袂を分かった特に所持していた物と同じ、俺の隕鉄剣のような特別な物。
夜の……いや、よどんだ闇の神から祝福を受けた英雄、サフタ。どこかの町のスラム出身だと言っていたが、若い頃のぎらついた瞳は今も変わらない。後が面倒だからという理由ではあるが、一般人に無意味に暴力を振るうということはない、扱いに困るやつだった記憶がある。
「べっつにー、裏切ってなんかないぜ。あいつらはもう人間じゃねえ。そのぐらいわかんねえのか? あー、わかんないかー」
「お、おじ様……あの人、何?」
既に見張っていなくてもよさそうな状況になったからか、俺の横にきて怯えるようにつぶやくエルナ。確かに初見で渡り合うのはなかなか難しい思考の持ち主だからな……磨きがかかってる気がする。
「実力は確かな英雄だよ。まあ、苦情も多い奴だがね」
「はははは! ちゃんと契約時に周囲に被害を出すなとか言わない方が悪いのさあ! っと、やっぱりゼルかよ。老けたなあ、お互い」
「それには同意するがな……どういうつもりだ」
言いながら、俺は答えを見つけていた。呻く使徒たちの声が祈りとなり、隅の空間が妙な気配を持ち始めている。これは……羽根付の降りてくる気配だ。そうか、コイツ……使徒たちを最初から!?
「賛同してもらおうとは思ってねえよ。ただなあ、白い土地が続くと一気に黒いのが落ちてくるんだとよ」
「おい、ワシを無視するな! サフタ、説明をしろぉぉおおお!?」
護衛を振り切り、サフタに詰め寄った太った男の声は途中で叫び声のような物になる。それはそうだろう。襟をつかまれたかと思うと見事に使徒たちの近くへ投げ込まれたのだから。すぐそばに、手足をあらぬ方向に曲げて呻く使徒がいる。そのことに気が付いて悲鳴めいた声をあげる太った男。
「どうせ隠れてこれだけの武具を作るのは中央からは処罰の対象だもんなあ! ちょっとばかりそれが早まったと思ってくれや」
「サフタ、どういうつもりで召喚の儀式を組んだ? お前だってもう……嫌なはずだろう?」
そう、サフタも英雄だ。やはり色々なことがあった。俺とは別件だが、コイツだってある事件から群れるのは嫌だと抜けて好きに暮らしているはずだった。田舎の天使でも狩って暮らすさ、そう言っていたはずだ。
「ククク。ああ、嫌さ。嫌に決まってるさ。だけどなあ、放っておくともっとマズイって誰かさんが教えてくれたのさあ! だから、俺はこうする」
途端、嫌な気配が一気に濃さを増した。聞こえる音、いや、これは声だ。気配は黒い靄となり、靄は穴となる。そしてそこから出てくるのは……天使。
(本当に召喚しやがった。しかもこれは1つや2つじゃねえ。そこそこ出て来るぞ!?)
エルナに封印を解かせるべく振り向こうとした時だ。
「来た来た来たぁ!」
サフタは叫び、単身天使たちへと襲い掛かる。その場にいる武具の密造者たちを置いてけぼりにし、妙な戦いが始まった。
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