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MR-035「夜の海へ」



「もう、全然覚えてないのね」


「悪い。そこそこ酔っぱらって帰ってきたのはなんとなく覚えてるんだが」


 あれほど飲んだのは久しぶりだった。思い返せば、村にいたころもそんなに深酒をすることはなかったような気がする。となると歳をとって酒に弱くなったのか? 少々それは遠慮したいところだ。朝起きたら隣に一緒に旅をしている少女が抱き付いている、というのは驚きではあったが、冷静になって確認するとそういうことは起きていないようだった。


 現にエルナも、どちらかというと俺がどうして一緒に寝ていたかを覚えていないことの方が問題らしい。なんでもちゃんと起きて待っていたエルナに一人じゃ寝られないのか?等と声をかけてそのまま倒れ込むようにして寝てしまったというのだ。はっきりと記憶がないのでそう言われればそうか?と思うほかない。飲む量は気をつけねばいかんな。


「あんなに優しいから変だと思ったわ」


「何か言ったか?」


 小声でつぶやくエルナに振り返るもなんでもないと返される。よくわからんが、大したことは無いのだろう。それよりも今日は探索の方向性を変える必要がある。昨晩、仕入れた情報からすると間違いなくこの町には鉱石類が運び込まれている。ただ、この場所で武具に変えることはしてないようだ。答えは簡単、見回った限りそういった工房がほとんどないからだ。あるにはあるが町の大きさからいって普通の規模。つまりは大量に作ることは難しい。


「この町にないなら……他の町?」


「普通に考えるとそうだな……問題はここが運河の目の前ってことだ。船ならどこにでも行ける。かかる費用を考えなければ、な。それに問題視するような量だ。商人だけじゃ捌きようがないだろうよ」


 運ぶのは専門の業者と、運よく仕事にありつけた奴らだって話だからな……北上したとすると、もっとメリッサが話を知っていてもおかしくない。北の方に行けばマスクルのいる土地がある。王都そばほどではないが大きな湖に面した土地だ。なんとなくだが、そちらの線は薄い気がした。


(となると南から別の場所……例の謎の光は恐らく……だがどうしてそんな風に運ぶ? どこへ?)


「もう、おじ様ったら。考えながら歩くと危ないわよ? ほら、これでも止まって食べましょ?」


「ここに来てからいつも買い食いしてるな、エルナ。安いから良いものの……」


 ちゃんと考えて買ってますーというエルナの所持金は確かに歳を考えると結構多いはずだ。俺が2人で受けた依頼なのだからと折半してるのもあるし、普段使わないのもあるだろうな。ちゃんと盗賊のような奴らに見つからないように隠してるのも知っている。


(隠してる……? ふむ……)


 俺はどうやら、これまでの経験からそんなことをする利点がないという考えでいくつかの選択肢を無意識に除外していたようだと気が付いた。運河が出来て賑わっている界隈で、隠そうとしても隠しきれる物じゃない、そう考えていた。しかし、だ。


「もっと前からそうしていたとしたら……?」


 実際、運河が完成したのはつい最近だ。対して、物の動きがおかしいような、という話はもっと前から。そもそもの時系列が違うのだ。どうしてそのことに気が付かなかったのか。俺一人だったら顔を思わず自分で殴っていたぐらいの話だ。


「私、留守番してたほうがいいかしら?」


「大丈夫だ。今度は2人一緒だ。頼りにしてるぞ」


 俺の表情が変わったことに気が付いたのだろう。そんなことを言ってくるエルナを乱暴に撫でる。おっと、一緒に仕事をしようというのならこういうのは良くないな。反省し、仕事だと口にして歩き出した。後ろをついてくるエルナはどこか嬉しそうだ。とはいえ、問題はある……それは……。





「うう、なんだかゆらゆらするわ」


「実際に揺れてるからな。でかい川にいると思えばいい。最悪、エルナ1人ぐらい抱えて泳いでやるさ」


 暗闇に2人の声が小さく響く。夜も更け、灯りもつけていない俺達は闇の中だ。正確には月明かりがわずかにあるが船と海の境目がわからないほど。今日は風も弱く、揺れることも少ない。ただ……海の上の船(・・・・・)という物はそれでも揺れる。いざということを考えると海に来たことの無いエルナを連れて夜の海に繰り出しているというのは無謀極まりないと言えるのだが、相手が夜にしか動かないというのなら仕方ないと思おう。


 漁師に借りた小舟は頼りない気もするが駄目にしても損はないぐらい金を出したからな、最悪無理やりにでも進めばいい。


「しかしそうだな……本当は良くないが、しっかりロープでつなごう。ほれ」


「いいの? 一緒に溺れちゃうかもよ?」


 わずかな月明かりで照らされた顔は心配で一杯だ。少しでも安心させるべく、目的地を今の内に告げることにした。昼間のうちに仕入れておいた情報から間違いないだろう物……南に下った場所にいくつもある小島の内、どこかかあるいはどの島にもか、鉱石が運び込まれる場所があるとみていた。


(そんなもの、商人だけで出来るはずもない。間違いなくこの地方の貴族が絡んでやがる。狙いがいまいちわからんが、依頼だからな)


 ただ儲けたいだけならいいのだが、そうでない何かろくでもないことを考えているのならそれが俺の邪魔になるなら潰すほかないだろうと思う。今のところ、大陸の他の国がこの国に攻めてくることはまずないと思われた。南北は対天使に力を向けているだろうし、他の方面もわざわざ大国にちょっかいを出すほどの国でもない。


「なあ、エルナ。お前が隠し事、あるいは何かを隠れてため込むとしたら何のためだ?」


「え? そうねえ……相手に知られたくないこと、っていうのはまず当然よね? 後はそれが例えば親や友達を驚かせたいから……あるいは、いたずらのためかしら? 村の男の子が、他の子にいたずらするのに虫の抜け殻とか集めてたのよね」


 それがどうかしたの?と首を傾げるエルナに頷きつつ、俺は夜の闇の中ゆっくりと舟をこぐ。向かう先は小島。しばらくは何もなく、進んでいるのかもわからないほどの暗さだったがそこにいつしか変化が起こる。酔っ払いの話の通り、運河のほうからぼんやりと光が伸びてきたのだ。


「おじ様……」


「目に術を集中して見ろ。幻覚の祈祷術が船全体にかかってるはずだ」


 既にそうしている俺の目には、三隻ほどの船が運河から出て海に出てくるのが丸見えだ。術者が下手なのか、気にしていないのかはわからないが、多少祈祷術に素養があったり、使い手ならぼんやりと見えてしまうあたりどう判断した物か。


(道理で光を見た奴とみてない奴がいたわけだ……)


 ここからでも船上で周囲を見張ってるやつの影が見える。運悪くあの船に近づいた漁師は気が付かないうちに船を壊されたわけだ……用意周到なのかずさんなのか本当にわからんな。


「距離を取りながら行くぞ、近づくと見つかるかもしれんからな」


「う、うん。隠れるように祈ってもいいかしら?」


 少し考え、せっかくなのでやらせることにした。実際に目で見た物というのは祈祷術でも再現しやすい。今日のこの暗闇はその形でいえばうってつけだろう。

 詠唱をあれこれ組み立てるエルナを見守りつつ、展開された術の強さに目を見開いていた。たまにまだ失敗するが、実戦が彼女を成長させていることを痛感する俺だった。


 見事に相手の船と同じ系統の、見えなさ具合が全く違うそれを船にまといつつ、俺たちは怪しい三隻を追いかけ始める。




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