MR-034「失せ物探し」
(当てが外れたか?)
町を見回った俺の最初の感想であった。隣にいるエルナは初めて見る色々な物に驚き、興味を示し、そして騒いでいる。さぞかし目立つかと思いきや、想像以上に賑わっている市場はそんなエルナの騒がしさも一部として飲み込んでいた。
「教会でも確かになんだか騒がしさを感じたがここまでとはな……」
ちらりと見れば、先ほど魔獣の襲撃があったばかりだというのに川を上っていく船たちがいくつも見える。あまり風もないのに上流に動いていくのは帆に向けて風を出す祈祷術士が乗っているのだろう。天使や、祈祷術が必要なほどの相手というのは最近まであまり話を聞かない。食べていくには何でもやらねばな。
(でもああいうのを喜んでやってるやつもいたな。どこかで元気にしてるだろうか?)
戦いは苦手だから!と開き直った笑顔が妙に憎めない笑顔の似合うガキだったな……等と思いつつ、エルナの買って来た何かの串焼きを口にし、その辛さに目を白黒させる。慌ててエルナを見ると、こちらをなんだか不満そうに見ていた。
「おじ様、さっきから話しかけてるのに全然返事が無いんだもの。失礼しちゃうわ」
「悪い悪い。ちょっと考え事をな」
ちょうど人が途切れたところでエルナを引き寄せ、通りの邪魔にならないところで串焼きを食べる。使っている肉や香辛料からすると露店で扱うには少々原価が高いような気もするが……まあいい。むせそうになる辛さに注意しつつ、こちらをまだ不満そうに見ているエルナの耳元に顔を近づける。
「エルナ、武具を扱う店を見たか?」
「え?……それって……」
もちろん、俺たちが市場を中心に回っていたせいというのもある。露店で扱う武具なんてのはろくでもない物の方が多いのだから。が、当然この町の店は露店ばかりではない。ちゃんと建物を構えた店もたくさんある。通りを歩きながらそれらを観察したが……特に目立って武具を多く扱っている様子はない。
(それに、衛兵はごく普通だ……)
あからさまに戦力を増強すると目立つということも考えられるが、それにしては怪しい気配がなさすぎる。状況的にはここで使うのではなく、別のところへ? だとするとどこへだろうか? 中央……微妙だな。いくら品質が良いと言っても他の土地も十分質が良い。わざわざこのあたりで追えなくなるということは……運河か。
「エルナ、ちょっと夜に出てくる。先に寝ててもいいが、しっかり留守番してろよ」
「……わかったわ。確かに私みたいな美少女が夜中に酒場に行ったりしたら騒動よね」
自分で言うか?という顔をしてやると腕をつねられた。乙女心はやはり、わからない。わかっても別の問題が出てくるような気もするが……ま、俺もそっちは枯れてるわけじゃないからな。明るいうちに夜に行く場所のあたりを付けつつ、出来るだけの情報を集めていくが……やはり、この町そのもので鉱石類の消費がされている様子はなかった。売買自体は専門の業者が行うようになっていることだけがわかった。
夜までの時間つぶしであったが、エルナは楽しむことが出来たようだった。本当ならば、冒険者としてはこういった時間は必要ないと言えば必要ないのだが……いや、自分への言い訳はやめておくか。露店の1つ1つ、新しく知ること1つ1つに素直に反応するエルナを見て、俺は自分の中の色々が少しずつ温められるのを感じていたのだ。しかしそれは……あの時、英雄を辞めることを選択せずに自分の我を通していればよかったのだろうか、と鈍く痛む後悔を呼び起こす物でもあった。
そして、夜更け。窓からの星空をつまらなそうに見上げるエルナに一声かけつつ、俺は夜の町に溶けるように消えていく。
「へぇ。そんなに景気がいいのかい」
「いいってもんじゃねえな。運が良ければってところだ」
そこそこにぎわっている酒場にふらりと入り、カウンターで一人ちびちびと飲んでるような同い年ぐらいの男に目を付ける。こういう相手は適当に気ままな旅暮らしをしてることをアピールして1杯奢ってやれば口がすぐ軽くなる。こちらの金払いがよさそうだとわかればさらにな。
「確かに忙しそうな奴とそうでない奴がわかりやすかったなあ……」
「だろう? 儲けてるのは臨時の運び手に入れた奴ぐらいさ。まあ、暇そうにしてるやつは船が壊された奴だがな」
壊された……少々物騒な言葉だ。臨時の運び手というのは鉱石類のことのようだが……気になるな。俺は給仕の女にお代わりを2杯頼み、ジョッキの残りを気にしている男に向けて自分も残りを一気に飲み干して見せた。わかりやすく男の顔がほころび、運ばれてきたお代わりを嬉しそうに受け取っている。ややぬるめだが明らかに冷たさを感じる。この店にも祈祷術士が生活費稼ぎに出入りしてるのだろう。戦闘に耐えられなくても日常生活で役立つ程度の力の持ち主に限れば一定の割合でいるはずだからな。
「やはり、魔獣か?」
「だろうな。ああ……いや、これは本人もよくわかってないんだが……壊された連中は皆夜に漁に出てるんだ。このあたりじゃ、夜に灯りを使って獲るやつがいてよ? 見たことあるかもしれんが、足がたくさんある幽霊みたいなやつだ」
「干物になってるのは食ったことがあるな……でもあれは精々手のひら2つ分だろう」
わざと驚きながら手で大きさを示してやると、ジョッキを持ったまま男が真面目な顔になる。赤らんだ顔や酔いに濁った瞳も相まってそのまま寝てしまうんじゃないかと思う顔だ。自然と酒に口を付けずに続きを待つと、顔をこちらに寄せつつ囁き始めた。
「そうだ。だが見たんだとよ。運河を南に下っていく灯りの列を。なぜかぼんやりと光るばかりで船かどうかもわかんねえ。同業者がでかい船を使って乱獲でもしてんのかと思って近づいたら……何か当たったと思うとどぼんだ。必死に町の灯りを目指して泳いでたどりついたはいいが、振り返ると灯りの列はいないんだとよ」
「ぞっとしないな。幽霊船……謎の光、か」
ぐいっとジョッキをあおり、飲み干した男の顔は再び酔っ払いのそれに戻っていた。酔い具合からしてこのぐらいが限界だろうな。あまりいくつも聞いても絡まれては面倒だ。面白い話が聞けたよとだけ言って、男の分もテーブルに金を置いて店を出る。
通りを吹く風が思ったよりも火照っていた体を優しく冷やしてくれる。エルナと旅を始めて、久しぶりの感覚だった。少し急ぎの旅になっていたところもあるし、野宿もそこそこあった。無理をさせていたかもしれんな……まあ、俺が飲みたいだけの言い訳か?
「運河を通る謎の光か……それだけ明るければもっと噂になってる気もするな?」
そうつぶやいて、俺は自分の言葉に妙に納得してしまった。1つの話ではどうにもわからないな、そう思った俺は酒場をはしごし始めるのだった。夜は長い、後何店舗かは渡れるだろう……そう思っていた。
体が重い。最初に感じたのはそれだった。続けて、妙に半身だけ暑い。まるでそこだけ陽光が当たっている夏の日のような……。
(んん?)
重い瞼を開くと、見えてくるのは部屋の天井。見覚えがないが、どうせ俺が見覚えのある天井なんてものは限られている。付き合いのあった仲間の家や、なじみにしていた宿だとかその程度だ。行く先々で宿にとなれば覚えているほど特徴的な天井なんかそうそうあるものでは……いや、それどころではないな。
「朝……うーん、飲み過ぎたか?」
我ながら吐く息にもまだ酒が残っているような気がする。重い体を起こそうとして気が付く。左腕が動かないと。そちらを見ると、眠ったままのエルナがいた。幸せそうに眠る寝顔は年相応の幼いものだ。出来ることならこの寝顔が曇ることの無いように、とそこまで考えたところで気が付く。
(なぜ俺は上半身裸なんだ?)
よく見るとエルナも薄着のような気がする。恐らくは寝間着……そしてこの状況。覚えていないが……まさか?
そんな衝撃が体を突き抜けていると、腕につかまったままのエルナが動き始めた。どう言い訳したものか、そんな敗北しかなさそうな戦いが始まると覚悟を決めるのだった。
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