MR-003「2人の旅路-3」
今日はこれでラスト!のはず
旅という物はいつだって苦労と共にある。1歩でも自分で歩かなければ、目的地には全く近づかず、時間だけが過ぎていくのだから。馬を買うという手もあるが今は良いと思っている。エルナに馬術を仕込む手間という問題もあるが、何よりもまだ本人に旅の自覚が無いというのが問題だった。
(ま、それを悪いとは言うまい。これしか手段がないとはいえ、覚悟の決まった旅人なんざそうはいない)
「エルナ」
「なあに、おじ様」
ただの呼びかけにも、まるで子供が褒められた時のような笑顔で振り向いてくるエルナ。本当に旅慣れていれば、こうして振り返ることもせずに声だけを返すだろう。2人旅となれば、それぞれが違う方向を向いて獣や魔物に警戒をする、それが当たり前のルールなのだから。
「いや、あまり身綺麗にしすぎるなよ」
「どうして? 汚れたままご飯は清潔じゃないじゃない?」
よく考えたら俺のこれまでの旅は年が近いか、あるいは年上ばかりだった。こうして娘ほども離れた相手と旅をするなんてことは無かったな……だからか、当たり障りのない忠告にとどまったのを自覚していた。
確かにエルナの言うように、全身泥だらけでいいのか?というのも一理ある。ただ、それはそれ、だ。
「お前は豆の出来ていない手を持つ男が、毎日畑で働いていますって言って信用するか?」
「えー、しないわよ。私だってこんなに豆が……ああー……そういうこと」
やはり頭は悪くない。村から1人、売り物を背負って降りてきていただけのことはあるようだ。短い会話でも俺の言いたいことを察したらしい。要は苦労していない見た目の冒険者に依頼人は信用をくれないだろうということだ。どこかに日々を生き抜いてるんだなというほころびがあるのが重要なのだ。
まあ、そういったことを抜きにするのがベテランで名前の売れた冒険者達であり、別種の存在としての英雄の類だがそれにはまだ早い。
エルナは俺に言われたことを気にし始めたのか、整えていた髪をわざと風にあおらせたり、しっかりと結んでいた紐を緩めたりとし始めた。まあ、そういったところに出る時もあるが……ちょっと違う。
でも面白いからしばらくは放っておこう。取り返しのつくミスならば痛い目を見て経験してもらうのがいつの世の中も確実なのだから。
「もう少し行くと川がある。岩場で休息をとるぞ」
「了解! お水も好きに飲めない、旅って大変ね」
元気だった顔をその時だけは困ったようにしながらつぶやくエルナ。しかし俺はそれを聞きながら心の中で笑う。何かといえば、俺という大容量の影袋の術を維持できる相手がそばにいる以上、世の中の大半がうらやむ旅路だということをわかっていないのだから。いまだに何故生き物が入るのか、入りたくないという意思があると入れられないのか、といったことが判明していない祈祷術であるが……便利な物は便利だから問題はないだろう。
他の冒険者をよく知らないのにそれを語って聞かせたところで実感は恐らく、薄い。だからこのまま旅をさせ、実力と共にそういった常識も身に着け、ちゃんとした旅の相棒になってもらって稼いでもらわなければいけない。
エルナの村を羽根付き、天使共から救うということはそれぐらいの価値がある。あの時、居合わせた冒険者達に俺が払った金額は相場より上とはいえ倍ということはない。冒険者に払った報酬、オルド金貨は天使たちが現れる前に流通していた統一貨幣だ。今とは金の含有量が大きく違い、同じ1枚でも現行のユニ金貨よりも大きい価値がある。オルド金貨1枚で、しばらく遊んで暮らせると考えればその価値がわかるだろう。
斬っても死なない天使を相手にするというのはそれだけの対価を必要とする荒事なのだ。だからこそ、祈祷術を使えるウィザードやマジクル、そしてドルイドは注目を集める。戦士と違い、ただフリーでうろついてるなんてことはあり得ない。大抵がどこかに囲われるか、あるいは自分で選ぶ側に回るか、そういったことになる。
「お前も自分で出せるようになるさ、そのうちな」
「えー、そうー? 私、攻撃以外はこの前みたいなのか、まだ火を起こすぐらいしかできないんだけど?」
喋りながらも、彼女は自分の資質に自覚が無いように見える。田舎暮らしゆえか、無理もない。ただ、彼女の両親は彼女の価値と、今後のことをしっかりと天秤にかけれていたようだ。だからこそ、自分達で依頼金としてのお金を貯めることより、彼女の自由にさせることを選んだ。
それにいつ自分たちを殺す力を持ったエルナというドルイドを天使が見つけにくるかもしれないという恐怖や、彼女を良いように利用しようという相手がやってこないとも限らない。そうしながら天使の討伐代金を稼ぐのは容易ではない。エルナ自身もそれがわかっているからこそ、俺に進んでついてきたのだ。
「そうだな。努力して腕を磨き、俺の相棒だって言えるぐらいにはなってくれ」
「う、うんっ! 私、頑張る!」
無理だと言われなかった、それはそういうこと。そんなことを理解したエルナの顔が笑顔になるのを眩しく見ながら、俺は見えて来た川とその河原にある岩場へと歩みを進める。
この流れなら魚もいるだろうし、休息するにはもってこいだ。
「ちょっと獲ってくる。準備は任せるぞ」
「まっかせて! あ、お塩使っても大丈夫?」
小指の爪ぐらいはな、とだけ言って俺は川に向かった。膝ぐらいまではある深さの渡るにはちょっと工夫のいる流れの川だ。橋自体はある……田舎同士の道だからか、丸太をいくつも並べたような物だが。
何かで縛れられており、馬車の一台ぐらいなら通れそうだ。さて、獲物は……と。
「水のせせらぎよ……我を受け入れよ」
ささやかれるのは祈りの句。これぐらいなら戦いに使う物ではなく、天使の呪いは反応しない。これで天使が滅ぶなら苦労しない、そんな祈祷術だからな。全部は封じられなかったのは、する気が無かったのかできなかったのか。その後の相手の反応を思い出すに、後者だったと思う。
川につけた両手の中に、水の流れと……泳ぐ魚の色々が伝わってくる。
(ほうら……こっちが安全な場所だぞ)
少しだけ、俺の手のひらで流れを遮ってやると川は流れをそこだけではあるが律儀に変えていく。するとどうだろうか。他と比べて緩やかになった流れが手のひらを2つ広げたような部分にだけ広がる。そこに音も無くすいっと入り込んでくる影。狙いの川魚だ。
岩場の影であるかのような場所を作り出し、魚に自らやってきてもらう。それが俺の狩りだった。
「よしっと」
後は手早く熊のように引っこ抜くだけ。それで河原にそいつはびちびちと跳ねる姿をさらす。川の流れに宿る神様の力を借りた手の動きは水の抵抗という物を全く感じず、あっさりとそれを可能にした。
戦いには役立つことが少ないが、旅をするには重宝する術だ。いつだったか、多分覚えたての時には魚には神様は味方をしないのかと疑問に思ったことがある。そのことに対して答えはないが、それを言い出したら他の生き物を食べるということが駄目になるから気にしないのだろう、多分。
「お帰りなさい。うわー、さすがおじ様」
「褒めても増えんぞ。食べ終わったらまた少し進む。昼下がりに街につけるかどうかは微妙なところだ」
慣れた手つきで、岩場に作られた調理場めいた光景。どんな場所でも形を気にするのは……エルナが女だからか? よくわからんな。魚なんかは捌いて焼けば終わりだと思うが、こだわりがあるらしい。
マズいわけではなく、むしろ美味いと言えば美味いが、気になるところだな。
「なあ、エルナよ。何故こんなに準備をしっかりするんだ」
「え? あー……余裕が持ちたいから、かな。この先こんなことをしてられない旅の日もあるでしょう? だからそれが出来る内は、自分に余裕を持っておきたくって」
(なるほどな……悪くない)
軍でも新兵が緊張のあまり日常を上手く過ごせず、失敗するなんてことは良くある話だ。身一つで命を賭ける冒険者ならなおさらのこと。そう考えると、余裕を自分に持たせて柔軟性を確保する……いい考えだ。
せっかくだ、俺もその流れに今日は乗ることとしよう。
まだ日も真上に来ていない中、2人だけの食事は続く。
アンゼルムは一部を除いて大体の祈祷術を扱えます。
エルナは素質は十分ですがまだ失敗も多いようです。