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MR-002「2人の旅路-2」

今日はもう1本。説明回のような物。



「寝ちまったか……無理もないな」


 小さな寝息を立て、いつの間にか寝てしまった少女を俺は椅子に座りながら見つめる。

 今日の宿にと貸し出された家は普段は納屋らしい。本当は村長宅の一角を貸すと言われたが、旅はこのぐらいがいいのだ。あまり贅沢を覚えるとそれに体が慣れてしまう。たくさんの藁を敷き詰めただけの簡素な寝床。

 それでもこの1週間は歩き続けた彼女にとっては極上の寝床に感じたに違いない。


「ドルイドに目覚めなければ……いや、言っても意味がないか」


「アンゼおじ様……」


 つぶやきに答えるような寝言。少女の小さな口から漏れる声はその小ささも相まってまるで妖精のささやきの様であった。まあ、俺も3回ぐらいしか出会ったことが無いけれども……。

 木箱に腰を下ろし、明日からの動きをまとめるべく考えをめぐらす。風の吹くままな旅路ではあるが、何も目的が無いわけではない。


(まずはアンゼじゃなくちゃんとゼルと呼ばせるところからだな)


 本名であるアンゼルムはしばらくは封印するべきだった。祈祷術を使い、剣技に優れたアンゼルムという名の男、となればどこでどう昔の知り合いに見つかるかもわからないし、変なところに見つかれば無理難題を押し付けてくるかもしれない。そう、かつて英雄と呼ばれた時のように。


 俺は15年ぐらい前まで、どんな暗闇でもアンゼルムあらば夜は恐れるものではない、なんて言われるほどには有名な英雄として名をはせていた。人からすると無尽蔵にも感じる霊力からくる祈祷術、そしてそれすら補助に感じるような圧倒的な剣術。両者を武器に、たった一人で敵の軍勢に挑み、親玉を仕留めて後片付けをする、そんな戦いをしていた。我ながらどうかと思う戦いもあった。新月の晩に灯りも使わず、まるで暗殺者のように暗がりに潜み、出てきた相手を卑怯なまでに一撃必殺、なんてこともあった。


 それぐらいしないと、勝てない相手ではあったのだ……天使は。


 人や亜人、獣や魔物とは違う翼ある者、天使。それはいつの間にか地上に現れ、人間たちに己の教えを半ば強要するように攻め込んできた。奴らが天から降りて来たのか、どこからか沸いてきたのかはわからない。ただ1つ、奴らは俺達や亜人とは共存できなかった。奴らの言う教えに従わねば邪教への祈りを抱く者として問答無用で殺され、一晩で町がいくつも滅ぶこともあったという。当然、タダでやられるわけにはいかず、人間たちも激しく抵抗した。

 その争いは長く続くことになる。数も数だし、あちこちにいるというのもあったが、一番の問題はただ斬っても復活してくることだった。奴らを消し去るには、ただ斬っただけではだめで、祈祷術が必要だったのだ。あらゆる場所にいるという神様たちに祈りを捧げ、力を借りる技でもって仕留めて初めて滅ぼせる。

 あるいはそれは、土着の信仰と新たな信仰との戦いと言えたのかもしれない。

 突如として大陸のあちこちに出没した天使とその親玉たちとの戦いは俺が知る限りでも200年は続いていた。そんな中、俺のように戦える人間や亜人がそれぞれに戦い、ついには南北の果てに天使共を押し出すことに成功したのだ。つかの間の平和がやってきたわけだ。


 ただ俺は、その際に力を失った。右腕に絡みつくようにある黒いあざ。入れ墨ってわけでもない……激闘の最中、天使共の親玉である熾天使の1匹が俺に相打ち気味に仕掛けた呪いだ。死ぬことはないが、祈祷術を天使を滅ぼすほどに高めると頭を焼くような激痛が走るのだ。

 日常を過ごしたり、獣程度に使う分には十分足りるが、肝心の天使相手には力不足は否めない。そんな俺に世間は、国は期待をかけ続け、そして勝手に失望していった。無理のきかない英雄は英雄ではないそうだ……まったく、くだらない話だ。


「大天使や熾天使以外は大丈夫だからな……だましだまし過ごして、エルナの力を解明しないとな」


 ちらりと、眠り続ける少女を見る。何の変哲も無い、田舎の村出身の少女。髪は金色より黄色に近い磨けば光りそうな物、体つきは田舎娘の割に程よく育ち、もう少ししたら男受けしそうではある。今はまだ、子供子供している部分が歳よりも幼く見せている。

 そんな彼女が俺と一緒にいるのはその体で目覚めたドルイドの力のせいだ。祈祷術を使うには主に3つ方法があり、それは職業ともいえる。大地や壁、あるいは布地に陣を描いて唱えるウィザードに、専用の武具で攻撃と同時に使うマジクル。そして、祈りの句を捧げ力を借り受けるドルイドだ。ウィザードは機動力に欠け、陣を描いた物が駄目になれば術が使えない。マジクルは戦闘中に武具を紛失、破損したりして金欠に成りがちだ。対してドルイドは自分の体1つあれば事足りる。無論、補助の道具があるに越したことはない。


 ただ、ドルイドは本人の資質に大きく左右されることでも有名だった。人に言うのも恥ずかしいぐらいしか力を出せない奴もいれば……エルナのように不思議な領域まで力を発揮する奴だっている。

 エルナの力は俺から見ても異質扱いされそうな物だった。なにせ、熾天使の呪いを一時的にでも無力化できる強力な浄化の力を持っていたのだから。それ以外にも一通りドルイドとして困らないだけの資質はあるようだった。まだ使いこなせてはいないわけだが……。


 だからこそ、下手に村にいるといらぬ火の粉が降りかかる。そう悟った俺は村の連中、特に彼女の親を説得したのだ。表向きは彼女の村を襲った天使共の討伐費用として……幸い、両親や村の連中は賢い人間だった。ただそれと寂しさを感じないかは別。涙ぐむ両親と別れるエルナの姿を見るのは……さすがにな、少々来るものがあった。良い歳だというのにな……。


「さて、明日はどんな風が吹くのやら……」


 つぶやいて、俺も別の藁の塊に体を横たえ、眠りについた。






「おじ様! 朝よ!」


「わかってるよ……ったく、早起きだな」


 完全には寝ず、気配を感じるぐらいには浅い眠りで過ごすことが多い俺。今回もその通りで、エルナが寝床から抜け出た気配も感じていた。が、まさかこうもいきなり起こされるとは。

 うすぼんやりとした思考を日常のそれに戻し、朝から元気なエルナを見る。


「? どうしたの、おじ様」


「いや、なんでもない」


 窓から差し込む光で輝いて見えた、なんてことは口にするだけ面倒なことになる。主にエルナが調子に乗るという点で。俺も体を起こし、顔を洗うべく共用の井戸へと向かうと、既に村人たちは動き始めているようだった。なるほど、農家という立場からすると俺は既に寝坊か、まいったね。


「ゼル殿、おはようございます」


「おう、おはよう。って殿、か」


 まるで貴族にでもなったかのようでこそばゆい。まあ、何年も前はゼル様アンゼルム様等と言われていたから今さらか……。

 勧められるままに手桶に入った水でエルナともども顔を洗う。朝の冷えた水が思考をしゃっきりとさせていく。


 ふと目に入った建物では、朝だというのにもう火を使っている証である煙が立ち上っていた。

 食事を作るにしては大げさだな……。ああ、そうか。


「お二人が仕留めてくださった大イノシシをいぶしております。さすがに食べきれませんでしたからね」


「そうかそうか。金は払う、少し旅のお供に分けてもらえるか」


 もちろんと喜ぶ男に俺も笑いかけ、釣られてエルナも笑い出す。朝の村に、3人の笑い声が響くのだった。



子供を見守るおじさんになるのか、お尻にしかれるようになるのかは……内緒です。

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