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MR-010「草原の乱-5」



「遅いっ!」


 結論から言えば、手ごたえのあるやつはほとんどいなかった。大体が他と大差のない、普通の水準の兵士。悪いという訳じゃあない。突出した実力があるというのは集団で扱う上では逆に邪魔になる。軍隊において、連携が重要視されるのはそのためだ。実力に差がありすぎては流用が効きにくいからな。

 突出した……そう、英雄と呼ばれるような奴らはそう言う奴らだけで組ませるか、単騎で運用するのが上に立つ者の役割と言えば役割なのである。


「馬鹿な、こんな年寄りに……」


「まだ40だ。言うほど年寄りじゃねえよ」


 無遠慮に殴り掛かってきた大男を勢いを活かして転ばせ、そのまま死亡判定となる首元への木剣の一撃。手加減はしまくっているが、あまり手抜きに思われてもまずいなと思っての一撃はそこそこ痛いはずだ。だいぶ悶絶している気がするが、コイツが鍛え方が甘いだけだ……恐らく。


(まったく、どいつもこいつも……。いざという時にそんな丁寧(・・)に襲ってくるわけないだろうが!)


 家名を汚さないため、とか思っているのだろうか? ほとんどの兵士が正面から武器を構え、ぶつかり合っては互いに消耗戦へと移行し始める。たまに俺を侮って襲い掛かってくる奴がいるがそのまま終わり、だ。

 どうしたものか、と思っていると反対側で同じように暇を持て余している奴が1人……なんだ、声をかけてきた若いのじゃないか。


 俺は無言で、姿勢を低くして一息にそいつに迫った。無拍子……には程遠いが、瞬きの間に飛んでいるかのように相手には見えたはずだ。そのまま木剣を肩口に突き出すと……上手く弾かれた。なるほど、そこそこやるようだ。


「あっぶね!? なんだよおっさん。今の全然見えなかったぞ!?」


「その割に防いで見せたじゃないか。おい、この平原の兵士達があんなもんだと思われるのも面倒だろう?」


 ちらりと俺がいまだに乱戦模様となっている集団を見ると、若者も頭をぽりぽりとかいた後、仕方ねえと小さくつぶやいた。同意の合図だ。といってもこのまま2人で戦おうということではない。

 あいつらに護衛とはいかなる状況でも主と護衛対象を守る物だと教えてやるのだ。


「ふんっ!」


「っとと、だからあぶねえって!」


 互いに走りながら、木剣を打ちあう。移動しながらのそれはすぐに乱戦中だった男達を巻き込むような動きになり、俺と若者の木剣がそのまま他の兵士達を打つ。


「貴様ら、何事だ!」


「馬鹿言え、俺達は全員敵だろう。だから戦ってるのさ」


 それからは少しはマシな戦いになったと思う。ある者は砂を投げ、ある者は武器を投げたところで飛びかかり……その間、俺は若者を相手に遊んでいた。いや……なんというか、ぎりぎりを攻めると面白いように反応して何とかしのいでみせるのだ。


「はっはっは! やるじゃないか」


「くそっ、これだけ俺で遊んでおいてよく言うよ。おっさん何もんだよ」


 どうやら祈祷術は使えないようだ。まったく霊力が動く気配が無い。祈祷術が使えなくても霊力で自分の強化をするぐらいは出来ることが多い中で珍しいパターンだ。完全に制御している……とは思えない。もしそうなら俺の目も節穴になったってことだな。


「さあな。誰だって関係ないだろう? お前さんの敵、さ」


 多少のきっかけがあれば霊力を動かすぐらいは目覚めるかもしれない、そんないたずら心が沸いた俺はこっそりと木剣の剣先に祈りをささげる。

 殺傷向きとしての威力は全くないが、吹き飛ばすような衝撃が加わる制圧用の祈祷術だ。禁止されてるのは打ち出す祈祷術だから、これは問題ない。


「なんだかやばそうなのがわかるぞ」


「なんだ、だったら資質はあり、か。よし、上手くしのいで見せろ」


 そして俺は風となった。砂煙をわずかにあげて踏み込んだまま、1つ2つと剣を振るい若者にぎりぎり当てていく。若者は必死に動き、ぎりぎりで剣先が体に当たるのを防いでいるようだった。時間にしてわずかな数瞬。それが終わった時、若者の持つ木剣の腹に俺の剣先がぶつかり、大きな音を立てて数歩分若者が押し込まれる。


「悪い悪い。大丈夫か? お前さんが強いんでつい、な」


 剣先の霊力を、若者が相殺したがゆえに起きた現象だ。祈祷術を禁止すると言っても咄嗟に出てしまったということはよくある。今回もそれで押し通すつもりだった。

 いつの間にか他の兵士達の戦いは顔も知らない2人を残して終わっており、彼らも俺が見ると首を振って降参とばかりに両手をあげた。


「見事! 両者素晴らしい戦いだった! 一家を選ぶのはもったいない。両方に参加してもらおう」


 当主直々の決定とあっては誰も逆らえない。俺も若者もひとまず片膝をつき頭を下げた。どうやら思ったより熱中して派手に暴れていたらしい。俺にっては遊びに等しいぐらいだったとしても、普段見られるような動きではなかったのだろうな。





「おじ様、お疲れ様!」


「なに、食後の運動にはちょうどいいさ。おお、悪いな」


 どこからか清潔そうな布を持ってきたエルナに微笑み返し、せっかくなのでと顔を拭く。俺が素直に褒めたのが珍しいのか、ぽかんとした様子のエルナだった。そういえば、普段は訓練のためにあまり褒めていないな……たまには褒めてやるか。


「素晴らしかったよ。予想以上の働きだ」


「あれでよかったのか? 俺がいなくなった後に苦労しないといいんだが……」


 そう、俺は別に家に仕える気も無い。そのうち出ていくわけなのであの男より弱い兵士とはどういうことだ!なんて問題になるのではないかと今さらながらに思ったのだ。


「一線を退いたが武芸で名を鳴らしていたとでも言っておくさ。別料金だが兵士に少し手ほどきをしてもらえると一番なんだがね」


「行けそうならな。さて、後は本番……か」


 宴もお開きとなるようで、会場の隅では片付けが始まっている。そのうちに俺たちもここを出て、本番の式に備えてとなるだろう。

 その後は呼び出しも無く、俺達はそのまま宿へと無事に戻る。






「妙だな……いや、こんなものか?」


「どうしたの、おじ様」


 宿の2階、窓から街中を眺めていた俺のつぶやきをエルナはしっかりと聞いていたようだ。隣のベッドから俺のベッドに乗り、同じように街の様子を見始める。湯あみをし、火照ったような体がまだまだ幼いというのに女を感じさせる。コイツは俺のことを男と思っていないのだろうか?


「……見回りが思ったより少ない。大事な式が近いんだ。もっといていいはずなんだがな……」


「ほんとね。私、もっと警戒するもんだと思ってたわ」


 過去、様々な街で寝泊りした俺から見てもごく普通の警備状況。とても結婚式という物があるようには見えない……平和ということだろうか?

 ウェズロー家からしても絶対に成功させたい式のはずだ。となれば過剰なぐらいでもいいはずだが……あるいはあまり物々しくても不安感を与えたり、家の実力を侮る奴が出てくる、そんなところか?


「明日あたり、花嫁たちが来るはずだ……そうなればもっと厳重になるさ」


「一体いくらぐらいのドレスを着るのかしらね。想像つかないわ」


 一人前以上になれば好きなドレスを着ることだってできる、そう言って俺は寝るように促した。平和な時間は、いつ崩れるかわからない。余裕のあるうちに体の調子を整えるべきである。

 若干文句はありそうだったが、寝冷えして風邪を引いたら置いていくぞ、といったらすぐに引っ込んだ。現金な奴だ……。


(さて、どんな乱が隠れてるやら……)


 全部綺麗に終われば一番なんだがな……そんな気持ちが月明かりと街の灯りに溶けていく。

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