MR-001「2人の旅路-1」
おじさん主人公が書きたいんです!
需要は自分が掘り起こす、ってぐらいに頑張ります。
空はどこまでも青かった。見上げた先では枝の隙間から覗く青と、陽光に照らされて輝く緑が世界を彩り、そして時折吹く風が心地よく俺の体を通り過ぎていく。
(このまま昼寝でもしてえなあ……)
自分のいる大陸が今もなお人と魔、両者が生き残りを賭けて戦う場所とは思えないほどだった。
このまま時間が過ぎるのか……そう思った時、俺の耳に悲鳴が届く。
「たぁぁあああすけてえええええ!!」
「ったく、そんなに叫んだら狙い以外も呼び寄せるだろうが……仕方ねえ」
近づいてくる声。そしてその声の主の後ろを追いかけてくる別の気配に緩みかけた頬を引き締め、俺は座っていた枝の上から飛び降りた。
着地の瞬間身をかがめ、全身で衝撃を地面に逃がす。ただ単に勢いよく飛び降りるのは若者に任せておけばいいのだ。
油断なく視線を向けると、茂みから飛び出してくる影がある。
「あっ、おじ様ぁ!」
「馬鹿野郎、足を止めるんじゃねえ!」
俺の姿を見て安心してしまったのだろう。それまで必死に駆けていた足の動きを緩め、全力の走りから小走り程度に遅くなってしまう少女を叱る。途端、少女─エルナは目を閉じそうになりながらもなんとか速度をあげて俺の方まで駆け寄って来た。エルナを背中にかばったと同時に茂みから飛び出してくるのは……巨大なイノシシだった。
『ブルル……』
「こいつは食い出があるな。てこずるわけだ」
新手である俺のことを警戒しているのか、走って来た足を止め、その場で睨むように見つめてくるイノシシ。つまりはそれだけの理性と知恵がある……長く生きた奴だ。ただ突進してくるだけよりもこういう奴の方が基本的には厄介なんだよな。
「にらめっこしてても仕方あるまい。来いよ」
その言葉が通じたわけではないだろうが、叫び声を上げながらイノシシがまっすぐに突っ込んでくる。
背後でエルナが怯えるのがわかるがまだまだ俺のことをわかってないらしい。
全力が出したくても出せないと言っても……今の俺でも獣に負ける道理はない。
「ピアーシング!」
短く一言、貫きし力をカウンター気味にイノシシの頭部へと突き刺した。森に宿ると言われる神様への祈りによって剣先へとその力を生み出したのだ。揺らめく半透明の力はまるで夜の森を歩いているときに出会う、人かと見間違える不気味な立木のよう。
巨大なイノシシはただ走る、それだけで勢いがある。俺が力を使うまでも無く、剣の根元まで深々と力は差し込まれた。
ずるりと、俺の足元が後退する。しっかりと俺が左手でイノシシの体を抑え込み、勢いを受け止めたからだ。
頭をやられ、事実上絶命しているイノシシだが体はまだ死を認めていないらしい。その震える体を横たえるようにして転がし、俺は手の中の……折れてしまった鉄剣を見る。
「また1本折っちまった。ちくしょうめ。おい、エルナ。捌くぞ」
「う、うんっ! こんなに大きいの初めて……太いし硬いし……すごい」
イノシシの大きさ、四つ脚の太さや牙の硬さに驚いているのだろうが……どうもな、若い女の口から出ると別の意味に感じるから世の中面白い。まあ、俺も40だが枯れたわけじゃねえ。コイツを片づけたら夜の騒ぎに消えるのもいいかもしれん。問題は今回の依頼主がいるのは普通の村だってことか。
「夕闇と天使はいつの間にか背中越しにいるってな。終わらせたら運ぶぞ」
「勿論っ」
こうして大きな獲物をしとめ、処理をしてから持っていくのも慣れた物。元々山中にある村の人間として一通りはやったことがあるのだろう。旅路で覚えた俺から見ても十分早い手際に見える。面と向かって言うと調子に乗るので黙ったままだが。
そうしてしばらく、イノシシの処理を終えた俺達は2人して運ぶ……でもなくそのままイノシシは横たわったままだ。ではどうするのかと言えば……。
「よし……森よ、木々よ……我が手に今日の糧を運ぶ術を貸し与えたまえ」
それは祈り、それは願い。エルナの口から呪文めいた言葉が紡がれると、彼女の足元から力が漏れる。生き物であれば誰もが持つ力、霊力の光だ。それは溶けるように周囲に広がり、彼女の祈りを周囲に届ける。
ざわめきのように広がった何かが、いつの間にか丸太となり、ツタとなり、そして最後にはイノシシを乗せて運べそうなイカダのような物になる。組み立てまでやってくれるとは、予想外だった。それだけエルナの素質が飛びぬけているんだろう。
「じゃあ運ぶか」
「わかったわ」
本当は俺一人でも引っ張っていけるが、ちゃんとエルナにもやらせる。エルナ自身は確か15になるかどうかの子供だ。本人にいうともう大人の歳だって怒るだろうが……本当ならまだ親元にいるべき年齢だ。
しかし、今の彼女は俺の旅の同行者、正しくは事情があり俺は彼女の人生を買ったような物なのだ。
だからこそ、俺は彼女を一人の大人として、旅の戦力としてしっかりと導かなければいけない。
彼女を1人前以上……自分の意思で生き方を選べるぐらいにすること、そして己の呪いを解いて彼女のような若者の未来の道を作ってやることが俺の旅の目的だ。
山道を2人して歩く。後ろに引きずるイノシシはよくいるサイズと比べれば3倍はある。大の大人でも吹き飛ばされるぐらいで済めば幸運だろう。だからこそ流れの冒険者である俺たちにも、討伐を条件に報酬が出るぐらいの厄介さとなっていたのだから。
エルナが息を荒げ、そろそろ休憩させるかというところで視界には村が見えた。依頼主のいる村であり、目的地の村でもある。そこまではなだらかな下り坂。こうなれば休むのも問題だ。
「行けるか?」
「うん。たぶん大丈夫。その代り着いたら休んでていい?」
返事の代わりに頷き、そのまま道を下る。村に近づけば見張りの村人が見えてくる。開いた手で手を振ってやると、相手もこちらに気が付き、そして後ろにあるイノシシにも気が付いたのだろう、慌てた様子で村の中に戻っていく。
門に着いた頃には、何人もの村人が集まっていた。皆一様に引き摺って来たイノシシを見て驚きの声を上げている。この大きさだ。毛皮だってかなりの値段が見込める。傷は額の一か所だけ……上手く剥がせば敷物にもなるだろう。
「なんと……1日で仕留めてくるとは」
「運がよかったんだよ。一発で寝床に当たった。確認してくれ、コイツが依頼のイノシシで間違いないか?」
特に名前があるわけではない獣を狩るのだ。よほどの特徴が無い限りは個体を識別するのはなかなか困難だ。
今回は大きさが参考になりそうではあるが、俺自身は依頼主の言うイノシシかどうかは判断できないからな。
「間違いありませんぞ。右の牙の折れ方には覚えがあります。ありがたい……これで少しは山も静かになることでしょう」
「それはよかった。では報酬だが」
淡々と紡がれた俺の言葉に、村長以下、主だった人間の動きが一瞬止まる。まあ、わからんでもない。最初に約束した依頼金から上乗せを狙おうとするのは冒険者の常というか、良くある話だ。それで揉めても武器を持ち、戦える冒険者と渡り合える村人などそうはいない。結局は言いなりに、なんてことも聞いたことはある。ただ、俺は、いや……俺達はそう言うつもりは全くない。
「最初に言っていた通りでいい。そりゃあ、コイツの肉で一杯やれたら最高だけどよ。後は村の好きにしてくれ」
「おじ様太っ腹~♪ あ、待って。別におじ様が太ってるとかそういうんじゃ、イタタタタ」
余計なことを言うエルナの頭を鷲掴みにしてやると参ったとばかりに腕を叩いてくるエルナ。そんな俺達の姿に、あるいは俺が言った言葉にか呆然とする村長たち。まあ、珍しいのは確かだろうな。余分な報酬を欲しがらない冒険者なんかそうはいない。いるとしたら、よほどの金持ちか馬鹿か、あるいは……底なしのお人よしか。俺は最初の例だ。手持ちに余裕はあるんでね。
「よろしいのですかな?」
「一度口にしたことはひっこめんよ。なあに、若い頃に蓄えたものがいくらでもある。どちらかというとコイツの、ドルイドの修行みたいなもんだ」
恐る恐るという喋りの村長に敢えて陽気に返事をしてやると、ようやく状況が信じられると思ったのかあからさまに安堵のため息を漏らす村人。まったく、どんだけ普通の冒険者たちはがめついことをしてるんだ……。
顔も知らない世間の冒険者に向けて、心の中でひとしきり愚痴をこぼす俺だった。
もう後戻りはできない……。
〇更新頻度について
平日に更新です。週に3回程度。
別連載、マテリアルドライブ2更新日は更新がなく、
それ以外は更新予定。