第1話 コントローラを握る前に説明書を熟読するタイプ
書き貯めなしの行きあたりばったりです。
主人公も設定もふわふわしてます。
気が付くと不快な感覚はきれいさっぱりと消え去り、体の感覚が戻ってくるのを感じる。
瞼の外から差し込む明りを感じ、陽の光の暖かさを感じるにつれ、自分が既に『新世界』にダイブしているのだと分かった。
むくりと体を起こして周囲を見渡すと、どうやら小さな小屋に敷かれた寝床の上に寝ていたらしい。
「寝床、と言っても。なんだこれ? 藁束か?」
布越しにガサガサとした手触りがある。
唐草模様のラグのようなシーツを捲ってみると、手触りで想像した通りに乾燥させた藁束のようなものが敷き詰められ、クッションのような役割を果たしていることが見て取れた。
「凄いな」
喉の奥から新鮮な驚きと共に溜息が漏れた。
これだけを見ても、この『コネクタ』は今まで自分が経験してきた全感覚没入型VRとは全く別の次元にある事がわかる。
物体に触れた際に、そのものを想像し得る感触をフィードバックさせることは相当難しいらしく、こうして手をついただけでその物が何で出来ているかわかるような、現実と寸分違わない感触があるのはそれだけで相当のジャンプアップを果たしていると言えるだろう。
見た目も、まぁ藁敷の寝床なんて見たことは無かったが、現実と寸分違わない。
改めて周囲を見回すと、様々な物品がそこにあった。
壁にかけられた直剣のようなものやグローブのようなもの、今まで自分が寝ていたのであろう藁のベッドの脇にはサンダルのようなものがある。初期装備って奴か。
小屋の隅にあった木製らしい大きめのチェストを開けてみると、中には衣類がぎっしり詰まっていた。とりあえず一番上のものを取り出してみる。手に取って広げてみると、特に意匠のないシンプルな茶色のワイシャツみたいなものだった。素材は何で出来ているのか、手で引っ張ってみたがかなり頑丈そうだ。
一々「みたいなもの」としているのは、実際そんなものの実物を見たことが無いからだが、面倒なので今後は外そうと思う。
小屋の一面に据え付けられた広めの机の上にも色々とあった。インク壺に羽ペン、何枚かの紙? ごわごわしてちょっと伸縮性のある紙のようなもの、羊皮紙みたいなものだろうか。
何か固いものが入っているような革製らしい袋。口元を開いて中を覗くと、結構な枚数のコインが入っている。なるほど、貨幣経済は浸透しているらしい。
後平置きにされている2冊の本。というかパンフレットみたいな薄さの冊子と大百科みたいな厚さの辞書めいたものがある。
「……プレイヤー機能についての説明、と、新世界蒐集録? メタか」
つまり説明書と何やら事典のようなものらしい。何だか脱力してしまった。
そりゃいくらリアルでもゲームだしな。あんまりにも肌感覚がリアルだったからそっちに思考が引っ張られてて今の今まで思いつかなかったけど、そりゃ機能の説明ぐらい無いと困るよな。
「プレイヤー機能についての説明ってのはとりあえず目を通した方が良いな。何ができるのか知ってると知らないとじゃ違うし」
プレイヤー機能についての説明と題された冊子、ようは説明書を手に取ると、冬場に金属製のドアノブを握った時のようなパチっとした感覚があった。とは言っても痛みで手を離す程のものではない。冬にセーターに袖を通した時ぐらいのものだ。
特に気に止めず表紙をめくると、魔法陣のような幾何学模様の印が、数秒青く発光した後消滅した。
「ザ・ファンタジーだな」
ちょっとウキウキしながらページを捲るが、中身は家電の説明書もかくやという無味乾燥ぶりだったのは少しがっかりした。
だが、その中身は今後大いに役に立つであろう、というか最低限知っておく必要のある二つの機能についての説明だった。
■義体機能について
まずもって俺はこの世界では不老不死らしい。イモータル。
外見や年齢、性別は設定によって変更出来ます、とあったが風情も何もあったもんじゃないな。外見が変えられるのは色々と考えれば中々便利な機能だろう。この体は所詮仮初だということだ。
だが年齢を変えられるってのはどういう事だ? 絶賛三十路の俺があの輝かしかった20代前半に戻れるというのか? 感覚とか結構違って戸惑いそうだな。後で試そう。
極め付けは性別を変えるってね、あんた、俺みたいなのがそのまま女になったって気持ち悪い物体になるのが関の山だろう。自分で見るのも嫌だわそんなん。
うん? いや待て、外見は変えられるんだよな。場合によっちゃ男が嫌いな女と話す必要がある時とかには有効なのか。他の用途は追々要検証だな。中身はこのまま、絶賛おっさんに片足突っ込んだ状態で女になんかなっても違和感が凄いと思うが、まぁやってみてのことだよな。
しかし何より不老不死て。いやまぁこれ見るまでこっちで死んだ時の処遇について考えても居なかったからその可能性に気づいた時は若干冷や汗モノだったが。
ただ説明を読むと、この場合不老不死という概念については便宜上そう記述されて居るだけらしい。文字通り老いず死なずという意味ではない。年齢についてはそもそも可変なので望めば老いることは無いが、殺されれば普通に死ぬ。だが、その後任意の場所で義体を構成し復活できるということだ。
死んでしまった場合は、『所蔵庫』に格納している物品以外は死んだ場所に死体と一緒に残るらしいので、回収が必要なら取りに行く必要がある。
そう、死体も残る。じゃあ復活した俺と前の俺は違うのか?
結論を言えば違う。と言ってもそれは現実の俺と今この体の俺との違いと変わらない。新しい義体が構成されるというだけの話だ。
だが注意すべきなのは、一度死んだ時点でそれまでの経歴や人間関係なんかは全てリセットされてしまう可能性がある点だ。死を隠蔽出来れば別かもしれないが、確実に死んでいるのにひょっこり同じ顔を出すわけにも行かないだろう。
この世界がどんな世界か知らないが、そうホイホイ死者が出歩いているようなこともあるまい。
今のところ攻略目標は無いからその点別に人間関係がリセットされて困ることも当面ないかもしれないが、ある程度時間が過ぎた段階でイチから新たな人間関係を構築するのは非常に骨が折れる事は想像に難くない。
外見や年齢を任意に変えられる上に命のストックはどうやら無限なのでやりようはあるのだろうが、現実と同じように無暗な死は可能な限り回避すべきだろう。
■理の窓
御大層な題目だが、要はメニューのことらしい。だがこちらの説明の方がはるかに長い。意思を持って開くように念じれば随意に開くらしいので試してみる。
『理の窓』
ポン、とSEが聞こえて来そうな感じで目の前にポップアップした『理の窓』は一番上に自分の名前が記されたバーがあり、その下が左側のカラムと右側のメインウィンドウに分かれ、カラムにはいくつかの項目が並べられていた。
全体を見回すのに首を回さなくていいぐらいの適度な大きさが心憎い。
名前はランダムに決定されるとのことだったのでこれが初見だが、カタカナで[ガイウス・ゼラトリア]と書かれその右に何故読めるのかわからない見たことも無い文字で同じく[ガイウス・ゼラトリア]と書かれていた。これがこの世界の文字だろうか。
変更もできるらしいが、今のところその必要は感じないのでスルーする。適当に決められたにしては悪く無いんじゃないかと思う。
カラムの項目は上から順番に、『所蔵庫』、『装備』、『ステータス』、『個人技能』、『設定』となっている。
藁の寝台に背を預け、説明書と見比べながらそれぞれを見分してみたところ、以下の事が新たに分かった。
まずは不老不死の項で出てた『所蔵庫』とは何ぞや、ということだが、これはどうやら有名な青狸のなんちゃらポケットのようなものらしい。今時分だと普通にアイテムボックスで通じるのかね。
容量はどこにも書かれていない。これは際限がないということか、限界がわからないということか。実際どれぐらい入るかの実験の必要はあるだろう。後どんな形態で入るのかも。ってどうやって入れるんだ?
思いつきで机まで歩き、羽根ペンを持って右側のウィンドウに落としてみる。と、ウィンドウを通過する際に消滅してしまった。
画面を見ると、個人ストレージの右側メインウィンドウが上下分割され、上部分に羽根ペン×1と表示されていた。下部分左寄りに外観が表示されている。どうやらこれで正解らしい。
羽根ペン×1の表示に視線を合わせると、『詳細を表示しますか?』と表示されたのでこれまた視線で『はい』を選ぶ。すると羽根ペン×1の表示が徐々に掠れて行き、新たに別な名前が表示された。
『神鳥の羽根ペン×1』
何か御大層な名前になったな、羽ペン。右ウィンドウの下画面、外観を表示してある右側に詳細情報がつらつらと表示されたので読んでみる。
『神鳥の羽根ペン[神遺物]
悠久の時を生きる始祖神鳥ユーグラッドの羽根を用いて制作された羽根ペン。この羽根ペンで書かれた文字は現実に効力を持つ。また軸が擦り減る事も無い』
「……とんでもねーな。実際どんなもんか確かめないと危なくて使えそうにも無いが」
なんか名前の横に[神遺物]とか書かれてるんですけど。これ普通に考えてゲームなら終盤とかで手に入るヤツじゃないの? しかし迂闊に何か書かないでよかったな。
これを初期装備として持たされるのは優遇なのか温情なのか判断が難しいな。こんなもんが最初から必要になるようなハードな世界で向こう30年暮らせってのは無茶だろ。これは優遇なんだと信じたい。
仮にもしこれが温情だったとして、小屋内に散見される物品が皆こんな感じだったらどうすりゃいいのか。でももうこっちに来てるんだから何にせよ無いよりある方が良いのか。
いやまぁそれは一度脇に置いとこう。
これ取り出す時はどうすれば良いんだ? と思ったら『神鳥の羽根ペンを取り出しますか? はい/いいえ』と表示された。ので『はい』を選ぶ。若干面倒臭いというかテンポが悪いな。
と思ったところ、ウィンドウに『思考操作に切り替えますか? はい/いいえ』と表示された。反射的に『はい』を選ぶ。
うん。これもしかして考えるだけで良いってことか? 試しに羽根ペンを思い浮かべ手に持って取り出すイメージを行うと、次の瞬間には手の中に羽根ペンがあった。便利だけどマジシャンにでもなった気分だな。
しかし手の中にいきなり現れるってのも考えものかもしれない。羽根ペンじゃ重量と呼べるほどのものもないので取り落としたりはしなかったが、もっと重いものを取り出す時には注意しなければならないだろう。
「……手の中より机の上とかに出す方が安全だよな」
ということでもう一度ウィンドウの中に落として、今度は机の前に立ち、机の上に置くイメージを行うと、羽根ペンは次の瞬間にはちゃんと机の上に置かれていた。
距離に関しても色々試してみたが、少なくともこの小屋ぐらいの広さならどこに居てもどこにでも出せるようだ。どこにでも出せるならどこからでも収納できるんじゃね? と思ったので同様に試してみたが、流石にそういうわけにはいかないようだった。
ただ、ウィンドウに落とさなくても手に触れてさえいれば、それが譬え小指の先程度の接触でもイメージするだけで収納できることが分かったのは収穫だった。
それに『理の窓』を展開していなくても収納、取り出しは可能なようだ。中々良く出来ている。ユーザーフレンドリーなのは良い事だ。
液体のように不可算なものはどういう風に収納されるのか、生き物は収納出来るのか、興味は尽きないが今この場には無いので又の機会に検証しよう。
次は『装備』か。読んで字のごとしだな。一作でもロールプレイングゲームをプレイした事があるなら説明不要じゃないか? と思ったがさにあらず。
武器や防具の欄が無い。右側に人体の模式図めいたものが表示されていて、何かが入るのであろう不自然な穴というか空白がいくつか開いていた。おそらくその各部位になにがしかを装備するから『装備』というカテゴリになっている筈だが。
試しに壁にかかっていた直剣を右手に持ってみる。左手に持ち替えてみる。口で咥える必要は無いか。特に画面に変化はなかった。 直剣をそのまま画面に通してみたが変化無し。サンダルを履いてみても、ワイシャツを着てみても、画面に通してみても、それは同じだった。
「これ装備って一体何を装備するんだ?」
いや厳密には服もサンダルも剣も装備には違いないんだろうが、どうも『理の窓』で言うところの『装備』はそれらとは全く違う概念らしい。
本を頭にのっけてみたりシーツをかぶってみたり、とりあえず現状出来そうな事は全て試してみた結果、得られた知見は上記のようなものだった。
詳細について見た覚えが無かったので再度説明書のページを繰ってみたが、やはり各機能の詳細は省かれていた。こういう痒い所に手が届かないのはマイナスポイントだぞ。脳裡に浮かぶ白衣の男の笑顔に内心毒づくが、奴はもう30年の彼方だ。
「まぁいいか。いずれ分かる時も来るだろ」
不明な点は心の棚の上にそっと置いて、時折覗くぐらいで丁度良い。思えば昔のRPGだって懇切丁寧に説明してくれるわけじゃなかった。自分で用途を発見するのもまた一つの楽しみ方だろう。
お次はお待ちかねの『ステータス』か。どんなものが数値化されている事やら。
タブを開いてざっと眺めると、なんだこの項目の多さ。普通RPGのステータス項目ってったら攻撃力とか器用さとか素早さとかそういうもんだろう。
そうした要素を含むであろう大項目はあるが、その下に枝別れしている項目には数字だけが表示されており何の説明もない。加えて細かいパラメータの中にはは常に変動しているものもある。最初はイマイチ理解が追い付かなかったが、上から下まで順に見ていくと、ある程度掴めたように思う。
これはあれだな、この世界の人体の機構に関わるあらゆるパラメータが数値化されているんだな。
試しに腕を曲げ伸ばしして見ると、一部の数値が大きくなり、逆に一部の数値が小さくなった。あれは上腕二頭筋の伸縮パラメータだろうか。とするとその上位に位置しているのが筋肉の総量ということかもしれない。
何せこのパラメータ、大項目のもの以外数値があるだけでその数値が何を表しているかの表示が全くない。必要ないからかもしれないが、それなら最初から表示しなきゃ良いと思う。
何にせよ煩雑極まりないので大項目以外折り畳めないか試してみよう、と思っただけで折り畳まれた。随分コンパクトになったな。
とりあえず大項目に関してそれぞれを列記すると以下のようなものになる。
・生命力[7,124,588/100,000,000]
のっけからおかしくない? これ数字バグってない? あ、もしかしてこれ数字は大きいけど人間としては最低値付近なのか?
例えば微生物の生命力、この生命力はあくまでも死に難さだと仮定して、この世界で最も寿命が短く脆い生物の生命力を1とすれば人間はこんなものなのかもしれない。
ちらりと脳裡にさっきの羽根ペンが顔を出したが、頭を振って追いだした。
しかし右側が最大値だとして何でこんなに減ってるんだ? だが左側の数字も結構な速度で増加している。一分ほど見ていたところ、およそ3万ほどの回復が見られた。秒間500ぐらい回復してる計算だな。
それでも残り9300万弱を回復するのに52時間弱かかる計算だ。自然回復だと言っても時間がかかりすぎなような気もする。寝ていればもっと早いのかもしれないが、今は特に眠くもないのでその検証は今夜に持ち越しだな。
・精神力[無限/無限]
もうこれおかしいかもしれないとかそういうお話でさえないよね。明らかに異常だよね。無限? やりたい放題って事? 実際この精神力とかいう値が何をするためのものかは知らないけどそれに関わる事柄に関して俺には制限がかかってないって事だよな?
普通のゲームとして考えるとこれって要はMP無限みたいなもので魔法打ち放題だぜひゃっはーみたいな感じなのかもしれない。魔法のようなものはこの世界にもあるって話だからそういう理解で良いのかな。無限ロケットランチャーみたいな。
まぁ深くは考えなくても良いか。多すぎて困ることのあるパラメータでも無さそうだし。
・理力[3,700,530]
特に言う事も無い。上二つを見てこれを見て、これが普通だってことはもう多分無い。これも大幅に変な数字なのだろう。
こういうのって隠蔽出来たりするのかな。これだけ異常なら何がどうあっても何とでもなりそうな気はするけど、そうそう波乱万丈繰り広げたくないんだが。
しかし理力ってのは何だろう。あまり馴染みが無いが、魔力的なものって事で良いのかな。
そうならそうと素直に魔力とでもすれば良いのに。こういう細かいところでオリジナリティ出そうとしなくて良いよ。プレイヤーとしては分かり辛いだけだ。
・筋力[120]
おお? 上に比べれば随分可愛らしい数値になったな。
目で見える範囲で自分の体を観察してみるが、現実の体に比べてもさほど筋肉量が落ちるとは思えない。肉体労働をしている30代前半の男性に比べてもやや筋肉質、引き締まった体と言えるだろう。
これで筋力[120]って事は、筋力[120]ってのは人間としては相当良い数値だと思われる。
4桁どころか3桁最序盤で相当いい数値だってことは、上のパラメータはもう異次元どころじゃないのかもしれんね。まぁ同じような基準でパラメータが数値化されているとすればだが。
・持久力[8,501,220]
基準がわからん。筋力が[120]で持久力が[8,501,220]、そんな事ありえるのか?
これはゲームだ。なんだってあり得る。そうかもしれないが、そうなって居る理由がわからん。なら別に筋力が[120]である必要が無いだろ。
筋力だって何百万みたいな数で良いはずだ。
もしかして外見でそうと分かる範囲では常識的な数値になってるってことなのか?
例えばこれが骨格そのままで筋力[何百万]とかなら身動きもままならない山のように巨大な筋肉の塊が鎮座するような光景になるのだろうか。もしそうならある意味では納得のいく話になるが。
まぁそれは置いておこう。この持久力ってのは読んで字のごとくで良いのかね。ひたすら走るだけで何もかもから逃げ出せそうだ。
他の奴のパラメータがどうなってるかわからんから単純に安心できる話ではないが、これもあって困るものじゃないだろうな。
・魅力[100]
この数値も可愛らしいが、魅力? これも外見に左右されそうな値だよな。現実の俺そのままの顔で魅力[100]なら[100]はあまり高くない数値だろう。
比較対象が無いので何とも言えないが、30の大台に乗って尚独身、人生で彼女が居たためしなんぞピースサインで足りる程度だ。
今のところこの世界における自分の顔さえまだちゃんと把握出来て無いんだが、それはいずれわかる。何となれば川でも探して顔を映してみれば良いわけだからな。
ちらりと直剣を見てみたが、その刀身はマット処理でもされているのかと思うほど光沢が無いので断念した。
・身体操作[5,804,210]
もう数字の大きさに関しては特に驚きもない。
身体操作って事は、要は器用さとか瞬発力とか、そういう体を動かすことについてのパラメータの総合なのだろう。あるいは空間識のような能力も含まれるのかもしれない。子パラメータを眺めれば何かわかるかもしれないが、何せそれぞれ数値化されては居てもそれが何を表しているのかわからないのでは仕方が無い。
他にそれっぽいパラメータもないのでまぁほぼほぼ間違いはないだろう。
しかしあれだな、ここまで見て来てなんだが、見事に初期パラメータって感じじゃないよな。
ラスボスに挑む直前っていうか、ラスボスも倒してしまって暇つぶしに限界までパラメータガン上げやりこみした後のような数字だ。
とは言え、俺にこのステータスを活かすプレイヤースキルが現状あるかと言われるとペーペーの初心者若葉マークなわけで。
あんまり調子に乗ってぶいぶいやってると思わぬ陥穽にハマりそうなので、ある程度ガイドラインを設ける必要があるだろう。が、それはこの体の試運転をしてからだな。何ができるのかもわからないのにネガティブリストを作っても仕方ない。
次の項目に移ろうとして、少し引っかかりを覚えた。もう一度ステータス項目を見直す。と、普通はあるだろう項目が無い事に気が付いた。
「レベル制じゃないのか」
そう、ステータスの項目にはRPGとしては普遍的な強さのバロメータ、レベルの表記が無かった。
まぁ現実のような世界を構築するならレベル制は問題があるかもしれないし、往年のRPGでもレベル制を採用していないものが無いわけでは無かった。
となるとこの世界は経験値制ではないのかもしれない。まぁそれはおいおいわかるだろう。
「ここら辺は一人での検証の限界か。この世界がどんなルールで動いているかは実際動いて確かめるしかないってことかな」
次は『個人技能』か。
開いたタブは少し寂しい事になっていた。右側のメインウィンドウには数個の項目があるのみで、後は全て空白になっている。今現在『個人技能』として登録されているのは以下の3つだけだった。
・『理力の眸』
・『身体強化』
・『思考加速』
なんだか微妙に心の中の中学二年生がうずうずするようなラインナップだ。だが、全て暗灰色になっている。まだ使えないと言う事だろうか? と思うと同時に画面に新たなウィンドウがポップした。
『個人技能を有効化しますか? はい/いいえ』
当然ながら『はい』を選ぶ。項目の選択を促されたので、とりあえず上から試してみることにした。
『理力の眸を有効化します』
次の瞬間、視界が爆発した。
「ぬわああああああ!!!」
いや、爆発は比喩だが、そのように感じたのだ。同時に強烈な頭痛を感じる。思わず目を閉じ、頭を抱えて転げまわるぐらいの衝撃だった。
だがそれも次第に落ち着いてくる。
何だ? 何が起こった?
個人技能を発現させただけの筈だ。特に不都合が起こるとも思えないが、今現に自分はこうなって居る。
「無効だ、無効にする!」
頭の中で思えば良いだけの筈だが、ほぼ無意識に俺は口に出していた。相当に混乱していたのだと思う。
しばらく経ってうっすら瞼を開けると、従前と変わらない小屋の風景と、『理の窓』が見えた。画面には『理力の眸を無効化しました』のポップが表示されている。
まだ痛むこめかみを揉みながら、何が起こったのかを考えた。
まず『理力の眸』を有効化した。そしたら視界が爆発したかのように感じ、その後強烈な頭痛を感じ頭を抱えてのたうちまわった。
考えられるのは視覚から得られる情報の爆発的な増加だろう。瞬時に負荷が高まった為、脳が処理しきれず強烈な頭痛が起こったと考えられる。
となると、『理力の眸』を起動させる際にはまず視界に写るものを限定する必要がありそうだ。『理の窓』を閉じ、部屋の隅にうずくまり持ってきた羽根ペンを目の前に翳し『理力の眸』を発動させる。
すると、何かの情報が眸を通じて脳に送りこまれるのを感じた。変な言い回しだと思うが、そのように感じたのだから仕方ない。またそれとは別に、羽根ペンの上側に何か文字列が表示された事が確認できた。読んでみるとそれは羽根ペンの名前のようだ。
『真銘:神鳥の羽根ペン[神遺物]』
その羽根ペンがどのようなものであるかは、既に頭が理解している。おそらく先ほど頭に流れ込んだように感じた情報がそれなのだろう。
つまりこの『理力の眸』には目で見た対象の情報を全て頭に流し込む作用があると考えられる。どこまでの情報が得られるかは分からないが、極めて重要な能力だと理解出来た。先程の爆発したかのような感覚はそれだったわけだ。
しかし今のように視界に入るもの全ての情報を常時頭の中に垂れ流されてはたまらない。範囲や条件の設定が出来ないものかと思案すると、途端に負荷が楽になるのを感じた。
もしやと思い部屋の中を振り返ると、『理力の眸』を通さない普通の視界が現れた。『理の窓』を開き『個人技能』の項を確認すると、『理力の眸』の表示は暗転しており、その下に新たに『理力の眼』の表示が現れ、有効化されていた。
試しに直剣を手に持ちその情報を得たいと念じると、奇妙な感覚と共に直剣の全てが理解出来た。直剣の真上に銘が表示される。
『真銘:神剣ユルンガルト[神遺物]』
ほらまたトンでもないものだったじゃないか。どうやらこれは特定の理法や魔道によるあらゆる障壁を無効化する剣らしい。尚破壊は不可能ということだ。もうこいつ一本で良いんじゃないかな。
ともあれ、『個人技能』というのはかなりあやふやというか、柔軟性に富んだものらしい。考えただけで改変出来たしな。まだ増やし方は分からないが、今後も増やせるかもしれない。
これはちょっとした楽しみが出来たな。
残りの『身体強化』と『思考加速』については読んで字のごとしだった。
『身体強化』では危うく手を置いた机を叩き割りそうになった。加減が非常に難しい。
通常の状態では解除しておくのが無難だな。緊急時にとっさに発動できるかは今後の課題だが、これがあれば発揮できる力は見た目通りのものではない為非常に有用であることは間違い無い。要練習だ。
『思考加速』に関しては得に言う事も無いかな。時計もないのでどれぐらい加速しているかわからないが、特別頭が痛くなるという事もなかったし、適宜使えるものだろう。
ただ『身体強化』せず『思考加速』を行った際には自分の動作が非常に緩慢に感じるという副作用は確認できたので、何か動作をしている最中に『思考加速』を要する場面があるなら両方起動しなければ危険だと思われる。
次は『設定』か。ぶっちゃけこれまでのトンでもが可愛く見えるレベルのトンでもだよな。表示された『年齢設定』と『容姿設定』、『身体機能設定』を見ながら思う。
試しにいろいろいじくってみたいが、元に戻せなくなっても怖い。今の状態を基準に設定できないんだろうか。
『現在の状態を基本設定に規定しますか? はい/いいえ』
……段々分かってきた。この『理の窓』ってのは今がプレーンな状態で、思考することで求めに応じてある程度のカスタマイズが可能なのかもしれない。
『はい』を選び再び各設定欄を見てみると、それぞれに『基本設定に戻す』アイコンが追加されている。有能。
それじゃあ、ということで設定をいじろうと思ったところでふと思い立って服を脱いで全裸になった。まさか服まで一緒に変わらないだろうからな。
服を脱ぐ際に自分の体を再度じっくり観察してみたが、思うに我ながら均整の取れた体だと思う。男の体なんぞ見てもさほどの感慨もないが、動作感覚に支障がないのは良い。
それから幼女になってみたり、老人になってみたり、知ってる芸能人を模してみたり、両性具有になってみたり、性器をなくしてみたり、角を生やしてみたり、羽根を生やしてみたり。調子に乗っていろいろ設定を変更してみたが、最終的にはとりあえずということで元の姿に戻した。
「これ本当にとんでもないな。誰にでも、何にでもなれるのか」
ただ、5歳以下と70歳以上の年齢には設定できないようだった。安全装置のようなものだろうか。
実験では、男の生理機能も女の生理機能もデフォルトでは年齢相応になるらしい。だが例えば『容姿設定』と『身体機能設定』をいじくれば、絶倫巨根の10歳児にもなれるし、逆に精通してない40歳とかいうどこにも需要が無いものにもなれる。
生理機能として実際にありえるかどうかは関係ないようだ。
また性別も『身体機能設定』で変更が可能で、男性・女性・どちらでもある・どちらでもない、の4種類から選べるようだ。これは恐らく今まで『理の窓』を見分してきた経験からして、今の自分ではこの4つしか思い浮かばないのでこうなっているのだろう。
性別に関しては他にあるかは不明だが、自分の知識に応じて設定項目は増えていくと思われる。
尚男性の状態だとペニスや精巣についての項目も相当細かく設定できるし、女性の状態だと乳房や女性器等についても相当細かく設定できた。
『容姿設定』については『エディット』と『他者コピー』の二つが機能として存在している。
『エディット』は現在の容姿をベースにアレンジを加える形だ。思いがけず自分の顔を見ることになったが、中々精悍で男臭い顔立ちになっていた。特に気にしていなかったが、髪の色は赤みのあるブロンドで、坊主ではないがスポーツ刈りでも無いような中途半端な長さになっている。
これ自然に長くなるんだろうか?
『現在全成長が停止しております。部分成長を解禁しますか? はい/いいえ』
なるほど望むままということか。ちょっと考えて、髪についてのみ成長を解禁した。下の毛はどうしよう。手入れも面倒だしツルツルにしとくか。
ちなみに『他者コピー』は一度しっかり見たことのある他人の身体情報をそのままコンバートする機能のようだ。というのも対象欄によく見る顔が並んでいたからそう思うだけなんだが。
自国の大臣や陛下、他国の首脳によく見かける芸能人、近所のおっさんおばさん、同僚、昔の同級生、良くいくコンビニの店員や、あの白衣の男も混ざっていた。
当然だが、こちらに来る前の顔ばかりだ。白衣の男が短小包茎だったのはちょっと意外で笑えたが、人様の身体的特徴を笑ってはいけないと思いなおした。
ちなみに昔の同級生をコピーしてみたところ、それぞれと最後に会ったであろう年齢で再現された。これは俺の記憶から再現しているんだろうから当然と言えば当然か。
色々試している途中で『理の窓』に映る姿を『理力の眼』で見ると、それぞれの人物の簡単な生い立ちが理解できることが分かった。知ってると知らないとじゃ成りすましを行うにしても難易度が違うと思う。そんな事をするかどうかは別として。
だが同級生を次々観て居ると当時純真だった俺の心に結構なダメージを負わされたので早々にやめた。知らないなら知らないままの方が良い事もある。
まさか中学生の頃片思いしていたあの子が小学生の頃から近所の変態オヤジの性奴隷だったなんてな。『理力の眼』からの情報だと母子家庭で親子ともども性奴隷だったらしい。
中学3年生にして既に2児の母だったとか結構キツイものがある。なるほどな、体が弱くて一学期まるまる休んだこともあったけど、あれは妊娠が隠せなくなって出産まで出てこれなかったというわけだ。
上の子供は小学校5年生の秋に生んだ子供らしい。小学校4年生のクリスマスに母親の連れてきた変態オヤジに自宅でレイプされて、そのまま冬休みの内に孕まされたようだ。同時期に母親も妊娠している。以来親子の家に変態が居座っているらしい。
心に少し傷も負ったが、しかしかなり興奮したのも事実だ。寝取られ属性は無いと思うが、幼い頃の知り合いが性奴隷にされていたという話は正直言ってあの変態に羨望を抱いてしまう話だった。
まぁそれも別に今はどうでも良いか。良く考えたらこれゲームの中だし、適当な設定引っ張り出して来ているだけだろう。冷静に考えればこのシステムを作った人間には知りようのない事だ。
それともこのシステムが俺の頭の中を参照しているのだとしたら、これは俺の欲望の引き写しとかそういうことなんだろうか。性癖に関しては否定できないところだが。
しかしそれにしても伏字もなくつらつらとこんな設定が出てくる辺りエロゲもかくやという感じだが、倫理的な問題はどうなっているのかね。
リアルを追求するなら当然避けては通れない部分だが、完璧に再現されていることを望んでやまない。俺だって男だ。やってみたいことはたくさんある。
暗い欲望はとりあえず心の底の方へ押し込む。切り替えていこう。
一通り『理の窓』を見分し終わったが、結構な時間が経ってしまったように思う。時計が無いのが不便だが、これ時計の機能とか無いんだろうか。
『現在エリアでは時刻表示を有効化できません』
「ん?」
時刻表示という機能はあるらしいが、有効化は出来ない。このエリアでは有効化出来ない?
はたと気付いて床に落とされた陽光の輪郭を見る。
数えていたわけではないが、体感ではもう目覚めてから何時間かは経ってるように思う。だが、差し込む光は一定で、弱まりもしなければ傾いていくことも無かった。机の端に掛かっていた光の帯もそのままだ。少しもずれていない。
ふぅん? この場所だと時間が止まってるのか?
チュートリアル用の初期空間だと考えれば合点は行く。日光を取りこんでいる格子窓は頭の上にある為懸垂でもしなければ中から外を見ることは出来ないが、別に準備が追われば普通に扉から出ていけばいいのだ。特に確認の必要もないだろう。
この場所の時間が止まっているなら好都合なことだ。本編を始める前に、知るべきことは知り、試すべきことは試しておこう。
読み終わった説明書を閉じ、収納する。容量は無駄に出来ないが、どうせいくら入るのかも分からないのだから、入らなくなるまで入れていっても良いだろう。
「後はとりあえずこの場にあるものの確認だな」
そんなに広くは無い小屋だが、結構いろいろなものが置いてある。
それぞれを『理力の眼』で確認しながら、次々に収納していくのであった。