癒しが欲しい
大陸の北に位置するヘフゲン王国。
その王都アルホフ。日々、人の出入りが激しくいつ来ても賑わっている印象である。宿屋『星屑』もそこに居を構えており、一階が食堂、二階が客を泊める部屋となっている。
一階の食堂。
向かい合うリーは、さらさらの短い黒髪、空色の瞳。女性が放っておかないだろう整った顔立ちをしている。シャツにズボンという楽な出で立ちである。
「リー。なんで、普段からもふもふじゃない?」
「獣化する必要性が感じられない」
一緒に朝食を食べているリーに向かって、真剣に尋ねるが、即答で却下される。
リーは、魔族と呼ばれる種族だ。
魔族は自分の意思で、獣化と人化ができる。人間には目に見えない魔力やどのような魔法が使われているかをわかるらしい。
食事は、人間と同じ食事を好む者もいれば、空気中に漂っている魔力を食べる者もいる。空気中に漂っている魔力は、人間にはわからないから、体が大丈夫かと心配してしまうね。
魔法は、人間と魔族共に、体内の魔力を使用する。頭の中で思い浮かべたイメージがそのまま具現化するのを魔法という。魔力はどんな人でも少なからず持っている。魔力量は人それぞれだが……。寝ることで回復する。
リーの獣化は、黒色の毛並みに空色の瞳。三角形の耳、しなやかな尻尾。外見は艶やかな毛なのに触って抱きつくと、ふさふさで温かい。大きさも自分自身で変えられる。
あぁ、最高だ……。
「癒しが欲しいんだよ〜」
「ヴィン。そんなことより、今日は久しぶりの休みだ。どうする?」
「買い物に行く予定」
聞く気がないのは、わかっていたが……拗ねるぞ。
「じゃあ、夜までに考えておく。一緒に洋服を買わないか?」
リーに思考を読まれたような絶妙なタイミング。考えてくれるのは素直に嬉しいので、顔がほころぶ。
「ごめん。ちょっと一人で買いたい物があるんだ」
外せない用事なんです。
「そうか。昼にまたここで落ち合うか?」
「いや……。夜で、いい?夕飯までに戻ってくるから」
「僕も買いたい物があるから、いいけど。夕飯までには、ちゃんと帰って来いよ」
頷いて、二人共席を立ち宿屋を後にする。
その日の夜。
「ヴィン。そのままだと、顔からコップに突っ込むぞ」
「……ん」
コップを遠ざけてやりヴィンを見るが、一度浮いた頭はまたゆっくりと下に傾いている。ものすごく眠そうで夕飯を食べるどころじゃなさそうだ。
ヴィンは肩口で切り揃えた紫紺色の髪、紫色の瞳。僕より頭一つ分、背が低い。端正な顔をしており、シャツとズボン、フード付きの黒いコートを着ている。
女性とバレるのを防ぐため、普段から男装をしている。この王都はとても治安が良いといえない。女性というだけで絡んでくる男性もいる。ヴィンと出会った頃、自衛手段のためにこの格好をさせたが、すっかり板についてしまっている。
「なんで、こんなに眠そうなんだよ。とりあえず、上に行って寝ろ」
「そうする……。これ、あげる」
そう言って、ポケットから出してきたのは、紫色のピアスだった。
「あぁぁ、ありがとう。平気か?」
「……うん。大丈夫……」
ヴィンは席を立ち、ボーッとしながら二階に上がっていった。
くれたピアスを手に取り、じっと見る。
「これ、防御魔法か……」
ヴィンは普通の人より魔力量が少ない。この魔法をかけるために、魔力を消費して急激に眠気がきてしまったのだろう。
「朝、これを買って練習していたのかな。魔族はそんなに柔じゃないんだけど」
ボソっと呟きつつも、頰が緩むのを止められなかった。
その頃。
ガンッ!
「痛い」
ボーッとしていたら、自室の扉に額をぶつけてしまった。いや、この場合は扉に頭突きしたのだろうか。思考がおバカになっているような……早く寝るために扉を開ける。
迷わずベッドへ急行し、コートは床に脱ぎ捨てておく。
「んっ?なんだこれ」
枕元に猫のぬいぐるみが置かれている。心なしか、リーの獣化に似ている色合いである。
「カード?」
ぬいぐるみの側には、水色のカードがあった。眩しい部屋の電気をつけるわけにもいかず、窓の月明かりを頼りに苦心して読み解く。
”癒しが欲しかったんだろ? リー”
「これ、不法侵入じゃね?普通にあげようよ……」
はぁとため息をつきつつも、ぬいぐるみを抱きしめて眠りにつくのだった。