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雨ヶ弥中学旧校舎組  作者: quiet
水窓空理
5/8

5. 真相推理

「いやー、だめだった。何か知らないけどドアも窓も全然開かないわ」


 戻ってきた鳴坂は、錯乱するでもなくそう告げた。一緒に校舎を見に行った天方もほとんど乾いてない制服姿ながら何食わぬ顔でその隣に立っているので、その報告が大したことでないように感じてしまう。

 が、

「……何なんだよ、どうなってんだこれは」

「お、そっちは元気出た感じ?」

「……元気、ってほどでもねえけど。まあ、立って歩くくらいは何とかなる」

「そりゃよかった。これじゃ救急車も呼べないからね」

 水の底から引き上げた男子生徒――、天方同様にずぶ濡れの、北見才馬の言葉でそんなに軽いことではない、という認識がかろうじて残る。

 文花は現状を再認識する。

 開かない扉、窓。中庭に面した窓からは水の満ちるのがはっきりと見えている。携帯は不通。

 閉じ込められている。

「どうなってるんですかね」

 文花は指の節で軽く窓ガラスを叩く。のん、と鈍い音が返ってきて、目に映る水が幻ではなく、そこに実在しているのだと嫌でも理解させる。その横に天方がやってきて、同じように窓を叩いて一言。

「水族館みたいだね。水槽」

「のんきだなー、天方は」

 鳴坂が呆れたように言う。

 水槽。

 言われて文花は窓の外を改めて見てみる。屈折。空には波立つ曇天。ゆらめく水中の向こうに、自分たちが立っているのとそっくりの廊下が歪んで見える。

「うわわっ、と」

 天方の声がしてそっちを見ると、北見が膝をついた恰好で天方に支えられている。それから天方が北見の腕を自分の肩に回してせーの、と立ち上がらせる。

「……悪い。天方、でよかったんだっけか」

「そうそう。まあ気にしないで、こんなときだからさ。それより大丈夫? 溺れてたならじっとしてた方がいいと思うんだけど」

「……いや、大丈夫だ。溺れてたわけじゃねえ」

「は?」

 鳴坂はその言葉に疑問の声を上げるが、北見はそれを気にするでもなく、天方の肩を借りながら窓辺へと歩き、

「あの蛇はどこに行った?」

 そういえば、と文花も中庭に視線を巡らせて探してみる。

 いない。

 あれだけ大きな蛇が、どこにもいない。地面から空まで、どこにも。背の高い草むらも流れの中で揺らいでいて、とても何かを隠せそうにない。

「てかさ、あんたは何であんなことになってたわけ? 元気になったならそんくらい話せるでしょ?」

「別に、大したことじゃねえよ。ただ、忘れ物を取りに来ただけだ」

「それで何で中庭に行くの?」

「……聞き慣れない動物の声がしたから、気になった」

「あ、鳴坂さんと同類だ」

「うっさい」

 合いの手を入れた天方の脇腹を鳴坂が肘で小突く。その横で北見はちら、と視線を足元へ落とす。その聞き慣れない声の持ち主は、「くう?」と鳴いて首を傾げた。

「で、それから?」

「それからも何もねえよ。そしたらあのでかい蛇が足に巻きついて、空から水がぼたぼた流れて来て、そんであの有様だ」

「それが変だよね」

 同意を求めるような口調に、文花は頷く。

「何がだよ」

「あの蛇、抜け殻だったんです」

「……は? 何だよ、お前らあれがいるの知ってたのか」

「いるも何もないでしょ。ただの抜け殻なんだから」

「抜け殻じゃねえだろ。抜け殻が動くか」

「あの、じゃあ抜け殻じゃなくて、本体の蛇の方が中庭に来てたんじゃないですか?」

「どうやって?」

「蛇は木に登るのも得意らしいです。だからその要領で校舎の壁伝いに、とか」

「……おい。天方はどう思う」

「え」

 北見から話を振られた天方は驚いたように、

「何で僕? 頭使うの苦手なんだけど」

「別にそれでもいい。何かないか」

「うーん」

 天方は困り顔で、

「さっき北見くん、『溺れてたわけじゃない』って言わなかった?」

「あ、それ」

 鳴坂がぱん、とスカートをはたき、

「何なの? 強がり?」

「ちっげーよバカ。あの水は息できんだよ」

「は? 何、バカ?」

「あ?」

「は?」

 睨み合うふたり。挟まれた天方は困り顔で、もー、と一言。

「とりあえず、あの、話の続きをお願いしていいですか……?」

「あ? ああ、だからあの水は呼吸できるんだよ。窒息しねえの」

 息のできる水。

 そうなんですか?と目線で天方に問いかけてみると、天方は空いてる方の肩をすくめて、

「わかんない。僕は普通に息止めて潜ったからね」

「正解だな。息はできるけど、水が身体に入ってくるたびにどんどん体力を消耗する。どっちにしろキツイ」

「それあんたが溺れてんのわかってないだけじゃないの?」

「どんだけバカだよ。お前か」

「は?」

「あ?」

「くうるるる」

 文花は考える。

 理由もわからず閉鎖された旧校舎。謎の水。謎の蛇。謎の生き物。謎の――、

「杢野さん?」

 鳴坂の声を背中に、近くの書庫の戸を開ける。入る。曇り空の映り込んだ窓。手近。おあつらえ向きにぽつん、と取り残された椅子が一脚。

 手に取って。

 窓に向かって思いっ切り投げた。

 どっ、という鈍い音。がん、がん、と床の上に転がる音。

「――え?」

 あっけに取られた鳴坂の声。文花の目が向いているのは変わらず窓。椅子を投げつけた先の窓ガラス。

「あの、」

 傷ひとつ、ついていない。

「ひとつひとつ、順を追って考えましょう」




 得意なことはあまりない、と自分のことを評価するとき、必ず文花はそう思う。

 大抵のことは人より苦手だ。運動も苦手だし、手先も器用じゃないし、音感も美的センスもダメダメ。ボードゲームもテレビゲームも、どころかじゃんけんすら弱い。明るい性格でもないし、面白いわけでもないし、人懐っこいわけでもないし――、考えていると悲しくなってくる。

 けれどたったひとつ、ひとつだけ――、ひょっとすると、人より優位に立っている点があるんじゃないか、と思う。

 知っているのだ。


 大抵の物事は、大した能力がなくても、ちゃんとやれば解決できるということを。




「まずは最終目標――、何を目指すのかを考えてみてください」

 文花の言うのを、鳴坂は戸惑ったような、北見は思案気な、天方はふわふわしたような何とも言えない、思い思いの表情で聞いている。

「単純に考えてしまえば、ここから出ることです。ここから出てさえしまえば、危険からは距離を置くことができますので。これはいいですか?」

「……異議なし」

 北見の合いの手。文花は頷いて、

「はい。それじゃあ次はそれを達成するために何が壁になるのか、というのが問題になります。私たちが外に出られない理由。これは今やってみてわかったとおり、扉も窓も開かなくて、そのうえ何をしても傷つかないからです」

「それはそうだけどさ……。だから困ってるんじゃないの?」

 鳴坂の合いの手。これにも文花は頷いて、

「はい、そのとおりです。ですがこの問題の解決を省略することはできません。最終目標がここから出ることである以上、旧校舎の建物のどこかに出口を作る必要があります」

「うーん、まあそうなんだけど……。じゃあどうやって?」

「そこで次に考えることです。見た目にはとても馴染みのない状況ですし、でたらめに操作を試して解決策に当たるまで粘るよりも、原因を突き止めてそこから解決法を導くのが近道に思えます。では、なぜこの校舎は閉じてしまったのか」

「なんでって……」

 鳴坂は一通りあたりを見回した後、腕を組み、首を傾げ、

「なんで?」

「私にはわかりません」

「えっ、あれ!?」

「わかっていたらその説明から話を始めます」

「いやそう言われればそうだけど! え、じゃあどうするの?」

「水か蛇しかないだろ」

 口を挟んだのは北見。

「出てきた異常なファクターは『水』『蛇』ついでに、」

 北見は例の不思議な生き物を一瞬ちら、と見やり、

「こいつ。だけどこいつは俺を引っ張り上げてたんだから、どっちかっていうとこっち側だろ。だから除外だ。『水』か『蛇』。このどっちか、もしくはどっちもだな」

「何がファクターだかっこつけ」

「あ?」

 妥当なところだろう、と文花も思う。目に見えて異常なのは『水』と『蛇』。どちらかが原因になっているだろうというのは一目見れば立つ推測だ。

 他に可能性がないわけでもない。今でもパッとふたつの別の可能性が思いつく。ひとつ、『水』『蛇』の奥に大元になる原因がある場合。つまり、『水』『蛇』『閉鎖』が同列に配置されている場合だ。ふたつ、北見の言った『この生き物はこっち側』、それと同様に『閉鎖』もこちら側であるという可能性。『水』『蛇』と対立するグループとして『不思議な生き物』と『閉鎖』が置かれている場合だ。

 が、

「あの」

 と文花は屈み込んで、その不思議な生き物と目線を合わせ、

「これ、あなたがやったり、その……、えと、あなたが解決、や、あ……」

 言葉に迷っていると、その横、天方が、北見を支えたまま、

「やった? できる?」

 と封鎖された窓を指差す。一度、不思議な生き物は丸い目をぱちくり、瞬きしたものの、

「きゅぅう」

 首を横に振った。「はい、ありがと」と天方が言うと不思議な生き物はきゅうん、と鳴いてその足にすり寄る。

「これでいい?」

「はい。ありがとうございます」

 文花は立ち上がる。話の続きを始めるために。

「ということで、『水』か『蛇』のどちらかが原因であると仮定して問題を考えていきます。①『水』の場合、②『蛇』の場合という具合ですね。そこでまずはどちらからアプローチしていくかですが……」

「杢野さん、不思議ちゃんのときとちゃんとしてるときのギャップすごいね……」

「え? あ、はい」

 間に挟まれた鳴坂の言葉によくわからないまま頷いて、

「混乱しないようにまずは①から始めたいとも思うんですが、その前に②の場合、これは結構単純な方法で解決する可能性もあります。……北見さん、歩くのは問題ないんですか」

「いや、」

 北見は軽く言って、ゆっくりと天方の肩に回していた手を抜いて、自分の足で立つ。感覚を確かめるように片足を振ったり爪先で廊下を小突いたりしながら言う。

「かなり回復したな。無理すれば走れる」

「無理しないでくださいね。それなら、①の話を進めながら②も進めていきましょうか」

「……ごめん杢野さん、あんまりついてけないんだけど、これから何するの?」

 頭を抱えた鳴坂の問いに、しかし文花はそれほど困るでもなく、

「別に、大したことじゃありませんよ。ただ、『蛇』を探しながらお話をしていこうって、それだけのことです」




「まずは①から考えていきましょう。その間に『蛇』が見つかってくれればいいんですが」

 旧校舎、古びた廊下。

 軋む音がゆっくりと、板を踏む存在の重みを伝えている。驚くほど静かに空気が冴えわたっているのは、分厚い雲の奥から来る薄明が、中庭の水槽で曲がっているのと無関係ではあるまい。

 歩く順は一番前に文花と北見、その後ろにそれぞれ鳴坂と天方がついている。さらにその後ろ、天方の跡を謎の生き物がとてとて追ってきている。

「『水』。これの奇妙なところはとりあえず3点です。

 ひとつ、いきなり空から多量に、ちょっと考えられないくらいに降ってきたこと。

 ふたつ、北見さんの言うように、その中にいても肺呼吸が可能であること。

 みっつ、……ええっと、何て言ったらいいのか。水圧が……?」

「違ってたら悪いんだが」

 声を上げたのは北見。

「あの水が不自然に中庭に固定されてることか?」

「あ、そうです。その言い方がいいですね。あと、別に私がひとりで喋るつもりでもないので気にしないでください」

「ごめん、ちょっといい?」

 小さく手を挙げたのは鳴坂。

「固定って何、どういうこと?」

「ええっと……」

「お前、このボロ校舎が水一滴通さないようなぴっちりした建物に見えるか?」

「……お?」

「こんな量の水をド真ん中に注がれて壊れないような建物じゃないだろ。『水』自体が何か特殊な位置の取り方をしてるんだ」

「特殊な位置……、天方、わかった?」

「完全思考放棄ちゅー」

 ぺかー、と輝くような笑顔で天方が言う。が、すぐに何かを思い出したような顔で、

「あれ、そういえば北見くんってさ。中庭に入ったのってあそこからだよね。1階奥の」

「ん、ああ。……あ」

「鍵?」

「……扉も閉めてねえ」

「何、どういうこと?」

 やりとりから察した文花が、鳴坂の疑問を引き継いで、

「もしかして、中庭への扉は開けっ放しだったんですか?」

「ああ」

「……待って、全然わかんなくなってきたんだけど。扉が開けっ放しだったんだよね。てことは中庭の水は入ってくるのに……、入ってきてないってこと、だよね?」

「そうなりますね」

「てことは……、えっ、じゃああの水は? 何で中庭に溜まってんの?」

「だから今その話を――」

「結界でしょ」

「あっ、今完全に理解できた! 天方やるじゃん!」

「でしょ」

 ふんす、と腰に手を当てて自慢げな天方。

 結界。

 その言葉を文花は頭の中で反復する。結界。自分の中からは出てきそうにもない言葉だったし、発想だった。

 『水』自体に何か問題がある、ということばかりを考えていた。しかし結界、という言葉は場所の制約を表している。

 問題が複雑になってきたような――、

「ってことは話は簡単じゃん! 謎水が漏れるのを防ぐ謎結界が謎校舎――、あ、いや、旧校舎にかかってて、それで中庭じゃない方まで閉じてるってことでしょ?」

「あっ、そういうことですか」

「えっ、違うの?」

「いえ、そうですね。あ、でも――、」

 しかし、ついさっきのことを思い出す。不思議な生き物に聞いたとき、首を横に振っていた。ということは――、

「……結界はこの子でも『蛇』でもない?」

 呟く頃、ひとつ目の曲がり角。左に折れる。が、廊下の先の光景は変わり映えしない。そこでふと、大筋とは関係ないだろうことがどうしても気になってしまい、文花は聞く。

「そういえば、鳴坂さんと天方さんは先に校舎を回ってるんですよね。何か変わったものはありましたか?」

 振り向いて聞くと、鳴坂と天方は顔を見合わせて、

「……鍵?」

「入れない部屋多かったよね」

「どのくらいですか?」

「正直ほとんどだよね。1階のあの入れなかったスペースとかさ、無理矢理入ってみたけどトイレ以外開いてなかったよ。2階も開いたとこはさっき開けた図書室くらい」

「ということはこの先は……」

「全部開かなかった。ね、天方」

「うん。全然ダメ」

 あれ、と思う。当てが外れそうな気がしてきた。

 てっきり部屋はたくさん開いたけれど窓の開閉だけ調べたから隅々までは調べてないとか、だから部屋の隅に潜む蛇には気付かなかったとか、そういう流れなんだと思っていた。が、これではひょっとして、

「……無駄足か、これ?」

「……すみません」

 ずばり、と北見が言ったので咄嗟に謝った。

 が、待てよ、とも思う。思考を流されていないだろうか。そもそもなぜ自分は『蛇』が校舎内にいると思ったのだったか――、文花は回想する。

 『水』の独立した性質によって校舎に影響が及ばないと考えていたのだ。『水』が特殊な『水』であるがゆえに校舎内に入り込むことができないと考えていて、それなら『蛇』単体は校舎内に入れるはずで――、

「あれ、違うな……。そもそも私たちも校舎の外に出ることができないんだから、『水』が校舎内に入ってこないのは『水』の独立性質のためじゃなくて……。ん? でもそうか、蛇が中庭にいないからどこかに、具体的には校舎内に潜り込んだんじゃないかと考えたわけで……」

「おーい、帰ってこーい」

「あっ、はい」

 鳴坂の呼びかけに思考に没頭していた意識が浮上する。

 しかし――、文花は思う。どうにも手が負えなくなってきた。この感触には覚えがある。余計なことを考えすぎているとき、手順が整理されていないために経路が煩雑になってしまっているときだ。

 最短経路はもっと別にある。そう直感して、

「とりあえず止まってるのもなんだしさ。どうするかだけ決めない? 歩くなら歩くで方向決めてさ」

「そうですね。えと、それなら……」

「天方、ひとつ聞いていいか?」

「うん?」

 北見が話の途中で口を挟む。

「お前らさ、校舎回ってきたんだよな」

「うん」

「そのときに気付かなかったのか? 中庭の扉」

 言われた天方は、隣に立つ鳴坂と顔を見合わせて、

「…………あれ?」




「閉まってますね」

 扉の前で4人揃って首を傾げていた。

「閉めてないんですよね」

「閉めてないぞ」

 が、北見の主張とは反対に、中庭へと続く扉はぴっしり閉まっている。棒鍵までかかった状態で。扉の前の廊下が濡れている様子すらない。

「北見の記憶違いじゃないの?」

「なわけないだろ。どうやって中庭から内鍵を閉めるんだよ。俺は2階から中に入ったんだぞ」

「あ、そっか」

 会話の横でううん、と文花は唸る。これはどういうことだろう。

「鳴坂さんたちは閉めてないんですよね?」

「うん」

 もう一度ううん、と唸る。

 『蛇』が閉めた? わざわざ閉める意味は? そもそもこの扉を閉めることにどういう意味が?

 ああ、でも、と。

 文花は思う。



「何だかもう全部、わかってる気がします」



 え、とか、何、とか。

 そういう言葉に背を向けて、文花は一番近くの教室に入る。それから黒板の前に立ち、がら、と付属の小箱を開き、中から何年熟成されていたんだかわからないようなくすんでちびたチョークを取り出して。

 一心不乱に、書きつけ始めた。

「何々、どうしたの!?」

 鳴坂の声が一瞬耳に入った。それ以降は聞こえなくなった。

 要領の良い人間ではない、それが文花の自己評価だった。

 だから仕方ないのだ――、頭の中にすべてのパーツがあっても、頭の中だけで組み立てることができない。

 パーツを一度、自分の外に出さなければならない。

 歪んだ字が黒板の余白を埋めていく。

 取り出さなければならない。

 頭の中から、欠片も残さず。




【『水』:固定 呼吸 速度 上から 下から 水没 どこからどこまで 2階 救出 飛沫 濡れた服 髪 圧力 隙間 旧校舎水没 不能 理由 窓 理由 決壊 どこから来てどこへ消えるのか 水抜き 方法 水抜き 傾け ホース 栓 蒸発 性質 太陽 溜まり 決壊 質量 生成と消失 何のために

 『蛇』:抜け殻 本体 消失 どこから どこへ 北見 理由 大きさ 入ってきた 出てきた どこへ 絞めつけ 動力 水 呼吸 どうして 関係 絞めつけ 捕食 動力 エネルギー くうるる 対立 祠 閉じ込め 扉 結界 踏み越え 誘導

 『結界』:扉 窓 関係 鍵 水 外 違い 性質 閉じ込める 守る 物理的障壁 閉じた 理由 いつ 時間 北見 私 時間差 いつから いつまで いつの間に 水 下から 速度 即座 閉じる 中庭 鍵 内鍵 誰が 蛇 違う なら 人 誰 北見 私 私たち 鍵 意味 戸 外 意味 結界 物理 精神 何のために 捕食 遅い 理由 理由 理由 理由 危険 安全 理由 理由 理由 理由


 逃げるため


 解決】


「あ」

 と声を上げて、止まった。

 瞳を広げた文花は黒板の文字を見ている。最後に書かれている文字。

 解決。

「できた」

 上の空のような声音で呟く。そして後ろを振り返る。

「犯人は、」

 面食らったような表情の鳴坂と北見、それから悲しみとも喜びともつかない微笑を浮かべた天方に向けて。

 言った。


「まだこの旧校舎の中にいます」


 そのとき、中庭からものすごい音がした。

 夢うつつのような表情を浮かべていた文花の瞳に、それでびくり、と光が宿る。

 その音をどう形容すればいいのか、文花にはわからなかった。けれど、何が起こっているかについては想像がついていた。

 たすたす、と。教壇を歩いて教室の出口に向かう。

 廊下に出る。


 雨が空に逆上っている。


 言葉を失っていた。

 中庭に溜まった水が、そこにだけ働く重力があるかのように、ひたすらに、飛沫となって舞い上がって、空に落ちていく。

 ――現実じゃないみたいだな。

 思って、自分の頬をつねってみる。痛い、だろうか。よくわからない。そもそも夢の中だって痛みはある。こんなことが何の証拠になるっていうんだろう。

 だけど、ほら、きっと。

 目の前にあるから、現実なのだ。

 最後の一滴が、朝露みたいな顔をして空へ帰るのを見送った。

 それでも目を離せずに、ただもう、水の気のひとつもなくなってしまった中庭を見つめていたら。

 がらり、と。

 後ろの方で音がして、振り返ると。

「一件落着、……でいいのかな?」

 開いた窓と、その隣に天方が、不思議な生き物を抱きしめながら、気の抜けた笑顔で立っている。




「推理、なんてそんなに大したものじゃないんです。『蛇』が何かとか、『水』が何かとか、そういうことは全然わからなくて、ただ、わかったんです。この話は登場人物がひとり多ければ簡単に成立するんじゃないか、って」

 2年9組、教室。時計はようやく5時を過ぎた。文花と天方、鳴坂は自分の席に、北見だけが天方の前の席を借りて座っている。不思議な生き物も今は天方の膝の上に。

 ぽつぽつと文花が話すのは、あのとき、黒板と向かい合って『わかった』その内容だ。

「どういうことだ?」

「この話には、いくつかの『なぜ』があります。だけど肝心な――、というか私たちにわかる『なぜ』っていうのはふたつだけなんです。ひとつ目が、『なぜ、中庭に続く扉は閉められていたのか』。ふたつ目が、『なぜ、私たちは閉じ込められたのか』。そしてこのふたつの『なぜ』を解き明かすには時間が重要になってくるんです」

「時間?」

「はい。ちょっと整理してみましょうか」

 言って文花は、自分自身考えをまとめるように宙を見ながら、

「時間順に起こったことをまとめてみればいいんです。

 (1) 私たちが旧校舎1階を探索していた。

 これが最初です。次に起こったのが、

 (2) 私たちが旧校舎2階に上った。

 です」

 これに鳴坂が首を傾げる。

「ん? それ分ける必要ある?」

「あります。……あるはずです。次が、

 (3) 北見さんが校舎に入ってきた。

 です」

「あ、そっか」

 鳴坂が納得して、

「だよね。中庭の扉から階段まで行こうとしたら、昇降口と同じ道使うんだもん。途中でわたしたちが北見に会わなかったってことは、北見はわたしたちが上に上がった後で来たってことだ」

「はい。さらに、

 (4) 北見さんが中庭に入る。

 (5) 『水』が降り始める。

 (6) 中庭に続く扉の鍵が閉まる。

 です」

「ん? その(5)と(6)の順番は決まってるのか?」

「はい。これが『なぜ、中庭に続く扉は閉められていたのか』に繋がる部分なんです。私の予想では、」

 予想、という言葉に何となく引っ掛かりを覚えて、図らずも一瞬溜めてしまう。推測とか想像とか、そういう言葉の方が合っていた気がした。

「あの『結界』、物理的に扉や窓が閉まっていないと機能しないんです」

「……どっからその仮説は出てきたんだ?」

 考え込むような素振りを見せた北見が、瞑目し、自分の頭を指で叩きながら聞く。鳴坂はすっかり聞く体勢、解説待ちの状態に入っている。

「だって、北見さんは2階から入れたじゃありませんか」

「……あ」

「これは確証がないので本当に、話半分で聞いてほしいんですけど、あの『結界』、扉や窓を閉めた時点でその部分については完成するんじゃないかと思うんです。だからあの時点では2階の窓から出入りができて、1階中庭への扉は閉められる必要があった。そう思うんです」

「閉められる必要……?」

「はい。それがわかれば後はもうひとつ、『なぜ、私たちは閉じ込められたのか』も同時にわかるんですが……」

「待て」

 そこまで文花が言うと、北見がそれを手のひらで遮って、

「ちょっと自分で考えたい」

「えー」

 ブーイングは鳴坂。

「いいよそういうシンキングタイム。答えがあるならさっさと見るに限る」

「やかましい、ちょっと待ってろ。閉められる必要、施錠、結界……。ふたつの『なぜ』……」

 口元を指で抑えて考え込む北見。「やかましいだって。ああいう言い方カッコイイと思ってんだよ」と鳴坂から耳打ちされる文花。やがて、

「……杢野。もしかしてこのふたつの『なぜ』、順序が逆か?」

「はい。だと思います」

「よしっ、わかった!」

「ぶっぶー」

 早打ちで不正解の効果音を口にしたのは鳴坂。それに対し、北見は勝ち誇った顔で、

「こっからは俺が説明してやる。杢野、いいか?」

「あ、はい。どうぞ」

「よし、じゃあいくぞ。単純な話だったんだ。俺たちはあの中庭の扉が閉じられる、その前から閉じ込められてた」

 そういうことだろ?と確認する北見に、文花は頷く。一方鳴坂は首を傾げ、

「はあ? 何、そんなの最初っからそうだったんじゃないの?」

「そのとおり。最初からそうだったんだ」

 もったいぶったように北見は人差し指を立て、

「あの『水』が降り始めた時点ですでに旧校舎は閉じられていた。昇降口から窓から何から何まで閉まってた、ってことだ。実際俺たちが見たときには閉まってたみたいにな。つまり、あの瞬間、外に出る手段はなくなってた。するとどうなる、鳴坂?」

「こ、こいつ調子乗ってんな……。えーっと、そうすると……、あれ、えーっと……死ぬ?」

「そうだ」

「え、それでいいわけ?」

「正解だ。初めから出口のない状態で固められて、上から『水』がどんどん降ってくるんだ。死ぬ以外にない。だけど考えてみろ。逃れる手段があったな?」

「……窓を閉じて、中庭の方の結界を使う?」

「そうだ。なんだ、結構賢いな」

「バカにしてんのかお前」

 鳴坂の不平の声を、ハッと北見は鼻で笑う。その様を、文花は『私より全然説明が上手いなあ』と思いながら見ていた。

「緊急避難だったんだよ、これは。確かに杢野の言うとおりだ。もうひとり校舎内に閉じ込められた人間がいるなら、すっかり説明がつく」

「は?」

「わかるように説明してやる。つまりだ、(4)と(5)の間にもうひとつ行動が挟まるんだよ。

 (4.5) 第三者が旧校舎に入ってきた。

 って行動がな」

「そうすると……、どうなんの?」

「考えてみろ。第三者がそのタイミングで入ってくると何が起こる?」

「え? えーと、一緒に閉じ込められる、よね?」

「そうだ。閉じ込められたら、どうする?」

「どうするって、どうしようも……」

「お前がさっき言ったことだ」

「……中庭の結界を使う?」

「そうだ」

 北見は頷き、

「つまりはこういうことだ。第三者が俺に続いて校舎に入ってくる。そしてあの『水』が降り出して結界が発動する。するとその第三者も外に出られなくなる。そのままじゃ溺死だ。だから緊急避難として、中庭に続く扉を閉めた。そうすることで、校舎の中に安全地帯を作ったんだ」

「えっと、つまり。あの『水』が降り出した時点で中庭の水没は確定してて、旧校舎の方にいた誰かが、校舎自体の水没を防ぐために中庭の扉を閉めたってこと?」

「そうだ」

「んん、んんん?」

 鳴坂は腕組みをして頭を捻る。

「それって何が『犯人』なの? いい人じゃん。わたしたちそれで助かってるんだしさ。ていうかそれって謎水とか謎蛇とか謎結界とかそのへんのこと何も説明できてなくない? あれは何だったの?」

 矢継ぎ早の質問に、今度は北見が答えに詰まる。鳴坂の「なんで? なんで?」の声に、しばらく経っても北見の答えがないのを見た文花が頃合いを見て、

「その先、と言っても先というほどもないんですけど。私が話してもいいですか?」

「……頼む」

「待ってました!」

「はっきり言うと、『水』と『蛇』と『結界』のことは何もわかりません」

 あまりにも文花が躊躇いなくそう言うものだから、ふたりともリアクションすら上手く取れなかった。

「だけど、その第三者が『結界』のことを知っていたのは、わかるんです」

「……そういうことか!」

「どういうこと?」

「『結界』のことを知らない人は、咄嗟に中庭の扉を閉めたりできません」

 文花の言葉を聞いて、一瞬のち、鳴坂はあっ、と気付く。

「そっか、知らなければ普通に逃げようとするんだ」

「はい。そのうえ『水』の降るのもあの速さですから。もし何か行動した結果中庭の扉を閉めるしかない、という結論に至ったとしても、おそらく間に合いません。廊下には浸水の跡すらありませんでしたし、『水』が降り出してからほとんど間もなく扉を閉めたんでしょう」

「なーるほど」

「『結界』のことを知っているなら『水』と『蛇』のことも知っていておかしくないはずです。……鳴坂さんが『いい人』と言ったのも間違いではないかもしれません。ただ、私は怪しいと思いました」

「怪しい?」

「北見さんを中庭に置き去りにして、その後校舎内に身を隠してるんですよ、この人。元々悪意のある人なら自分ごと巻き込まれたり安全地帯を作るような真似はわざわざしないと思うので、原因ではないようにも思えるんですが」

「……ま、犯人かどうかはともかくとして、会って嬉しくなるような人物ではなさそうだな」

「はい。でも、その人だって閉じ込められたままではいられないはずです。だからあの『水』もいずれ何らかの方法で取り除かれると判断して、『解決』と結論付けました。思ったより水が消えるのは早かったんですが。あ、そうだ。ちなみに、この第三者を『蛇』の本体と仮定していないのは、あの『蛇』があの『水』の中で活動できていたことから、校舎内に安全地帯を作る必要はないと判断したからで、」

「待て。結局あの『蛇』はどこに消えたんだ?」

「それもすみません、わかりません。そもそも『水』と『蛇』のことについては何も……」

「くうるる」

 話の横やり、というわけではないのだろうが、その鳴き声が結果として話を止めた。首のあたりを天方に撫でられて、不思議な生き物が気持ち良さそうに鳴き声を上げている。そして会話の途切れたことに気づいた天方が、パッと顔を上げ、

「あ、終わった?」

「……天方、聞いてた?」

「名探偵杢野さん」

「よく聞いてたじゃん」

 呆れる鳴坂に向かって天方はいえーい、とピースサイン。

「つまりさ、わたしたち以外に閉じ込められた誰かがいて、そいつが中庭閉めて旧校舎の中を安全にしたんだけど、どうも悪いやつかもしれなくて姿を隠してて、でも外に出たいから水抜いたんだって」

「わかったかな、くーちゃん」

「くうるー」

「くーちゃん? 名前つけたの?」

「え、あれ? だってほら杢野さんが」

 話を振られた文花は戸惑うが、次の一言で、

「黒板に『くうるる』って書いてたから。この子の名前かと思って」

 ああ、と思い出す。

 くうるる。

 この不思議な生き物の鳴き方で一番印象に残っていたのだ。黒板に書きつけているときに名前がついていないことを頭の隅に浮かべながら、そういう風に書きつけたのだ。

 が、まあ。

「くーちゃん」

「くぅう」

 結構、かわいいのではないだろうか。と、鳴くくうるるの顔を見て思った。

「そういえばこの子も結局何なんだろうね。まあ害はなさそう、っていうか今回なんかこの子いなかったらさ、」

「悪い、ちょっといいか」

 話の途中で、北見が立ち上がる。そして3人とくうるるの視線を集めたのを確認すると、

「今日は本当に助かった。ありがとう。それから杢野と鳴坂。昼間は突っかかって悪かった。すまん」

 深々と、頭を下げた。

 虚をつかれて誰も何も言えないでいると、一向に北見の頭が上がらないので、それに焦ったのか鳴坂がわたわたと、

「い、いや別にそんな。わたしは何もしてないし……。ていうか謝るなら、杢野さんに……」

 言って、文花に視線を送り、

「あ、私も、今の今まで忘れてましたし……。それを言うなら、天方さんの方が……」

 今度は天方に視線を送り、

「僕も全然。あのくらいなら。くーちゃんはどうする?」

 ひょい、と天方がくうるるを持ち上げて北見の下げた頭まで近付けると、

「くぅ」

 と一声鳴いて。

 ぽす、と頭に手を置いた。

 ふっ、と漏れたのは鳴坂の笑い声で、それを合図に北見は顔を上げる。

「……ありがとう。天方、杢野、鳴坂、それからくうるる。命を助けてもらった恩は忘れない」

「鶴?」

 鳴坂の言葉に、一瞬文花は『そういう合いの手の入れ方があるのか』と感心したが、北見の顔が一瞬微妙に引きつったのを見て『やっぱりこれはだめなんだな』と理解した。

「困ったことがあったら言ってくれ。できる限り助けになる。特に……」

 ちら、と目をやったのは中庭の方角で、

「あれの関係ならな。やられっぱなしで終わるのは性に合わない」

 耳元で声。「ひょっとしてあれが素の喋り方なのかな……」。引きつる北見の顔。

「まあそんなに重く考えなくてもさ。せっかくクラスメイトなんだし、これから仲良くやろうよ、ね?」

 天方の言葉。北見も顔をほころばせ、ついでに文花も、

 仲良く。

 仲良くやろうよ。

「北見さん、よろしくお願いしますね」

「……ああ」

「よろしくね北見」

「……ああ」

「何でわたしのときだけ渋い顔した今?」

「してないしてない」




 回転寿司屋で。

 回ってきた皿を取った直後に、前に注文していた皿が運ばれて来て、4貫分の玉子が目の前に来てしまったのを文花はじっと見つめていた。

「いっつもボーっとしてんねえ、ふみは」

「…………」

 すすす、と対面に座る母の方に無言で皿を移動させる。

 すすす、と無言で戻される。

「自己責任」

 無慈悲な宣告。自業自得には違いない、と文花はもそもそ玉子を食べ始める。好きな食べ物なのだからそれはそれで別に構いはしないのだ。ただできるだけ多種類のものを食べないと損したような気がするだけで。

 しかし、夕方には結構な不可思議体験をしたと思うのだが、その2時間後には回転寿司だ。何とも落差の大きい生活だな、と思う。だからボーっとしてしまうのも仕方ないのではないか。言い訳する。夕方はわからないことはわからないなりにちゃんと考えたわけだし、あれだけ考えを詰められればケアレスミスの多い自分でも十分――、

「あ」

「何、どした?」

「何でもない」

「ふみ、学校でもそんな感じなん?」

「うん、たぶん」

「うーん、たぶんか……」

 思い出した。

 あのとき、『水』の音を聞いたとき、2階の窓は開いていなかったのだ。

 開けたのは、

――天方さん。

 そんなことをふと思い出し、あれ、そうするとそもそもあの『結界』ってただ閉めてるだけじゃだめだったのか、とか、それとも階層によって効き目に違いがあったのかな、とか、色々頭を巡ったけれど、

――ま、いいか。

 と。

 それで納得してしまった。終わったことだ。助かったわけだし、何でもいいか、と。



 お茶を飲んで、その引っ掛かりも溶かしてしまうと、またレーンに乗って玉子が回ってくる。

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