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コーラスビート!  作者: 土田うるさ
- 高校2年生 私の日記 一冊目 -
9/20

6月10日(木) 派閥が奏でる不協和音

 昨日は家庭部の活動で合唱部の練習に出れなかったから、一日ぶりの練習だった。最近はすっかり合唱生活と言う感じになってしまっていて、一日空いただけでも何となく不安になってしまう。みんなの練習から遅れてしまうのではないか、とかね。本来の部活と両立させないといけないから、助っ人と言う立場も色々としんどいものだと改めて感じた。


 いつも通り声出しが終わり、課題曲を練習している。今日はパートごとの練習は無しで、ずっと合わせている状態だ。何回か課題曲を合わせて休憩していると、先輩の一人が口を開いた。


「あーあ、何か課題曲ばかりだと疲れるなあ。」


 大きく伸びをしながらそう言った人は、立花美羽たちばなみう先輩。メゾソプラノのパートリーダーで、部のムードメーカー的な存在だ。西島先輩とはタイプが異なり、言いたい事ははっきりと言うタイプ。私が見ている限りだと、結構気分屋っぽい。まあ、いつもだとこの後、西島先輩にたしなめられて練習再開って流れになる。


「美羽、そう言わないでよ。この時期にしっかり課題曲を仕上げないと、自由曲の方もまだまだなんだから。今日は課題曲中心で練習するって話しておいたでしょ。」


 だるそうに振舞う立花先輩に、西島先輩がそう言った。


「それはそうなんだけどさあ。同じ曲ばかりやってると、何て言うか気が滅入るんだよね。良くなってるのか悪くなってるのか、感覚が分からなくなっちゃうしさ。」


 立花先輩は大きくため息をついた。あれ、今日は思ったよりも粘っている。いつもだと、仕方ないなーみたいな流れになるんだけどな。


「まだまだ安定しないんだから、しっかり練習するしかないでしょ。いろんな曲交互にやってると、そっちの方が分からなくなるよ。」


 諭すような口調で話す西島先輩に対し、立花先輩は他の部員に意見を求めた。


「みんなもどう思う?課題曲ばっかりで疲れない?」


 そんな呼びかけに対して、うんうんと頷く部員と、声はあげないまでも不満そうにしている部員が見られた。我関せずで完全に中立を貫いている部員もいる。何だろう、この雰囲気。何か不穏なものを感じるな。


 私は自分の仲間内のみんなの顔を順番に確認してみた。すぐ隣の棚橋さんは、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。この雰囲気にうんざりしている感じに見えた。桜庭さんは・・・うーん、ポーカーフェイスだから分からない。豊島さんは何やらぐったりしているが、これは単に疲れているだけに見える。折原君は何かを尋ねてきたと思われる早瀬君に対応している。身振り手振りを交えながら、何かを説明しているようだ。早瀬君の表情を見る限りだと、私と同じように突然発生したこの雰囲気に疑問を感じているようだった。


「ほらほら、みんなも疲れてるみたいだしさ。少しだけコンサートの曲やろーよ。あっちなら気楽にやれるしさ。」


 立花先輩はそう言って強引に押し切ろうとしていた。既にその気になっている部員もいるし、このままでは収拾がつかないと思ったのか、西島先輩が折れる事になった。


「・・・仕方ないわね。少しだけやったら、また課題曲の練習するからね。」


「おっけー、やるやる!」


 自分の意見が通った立花先輩は満足そうだ。その反面、西島先輩は表情を曇らせていた。誰にも気付かれない程度に小さくため息をついたのを、私は見逃さなかった。それと同時に、何か胸につっかえたような、そんな感覚を覚えた。


 その後、コンサートで歌う曲の練習が始まった。これまでにも何度かやったけど、最近の流行の曲を合唱形式にしたものだ。立花先輩の呼びかけに同調していた部員たちはいかにも楽しげに歌っていた。その陰で、恐らく西島先輩と同じ考えを持つであろう部員たちは、あまりテンションが上がらない様子でとりあえず歌っているという感じだった。確かに、コンサート用の曲はちゃんとした合唱曲と違って、肩の力を抜いて楽しめる感じはする。だけど、さっきの西島先輩の様子を知ってしまった私は、素直に楽しめずにいた。


 結局、その日はこの流れを変える事が出来ず、コンサートの曲ばかり練習する事になってしまい、課題曲はほとんど手付かずになってしまった。


「おつかれー。」


 練習終了後、後片付けを済ませた私の肩を棚橋さんが叩いた。他の部員たちは大体帰ってしまったようだ。いつもであれば、この後みんなで一緒に帰るだけなのだが、私は教室に忘れ物をしてしまった事に気がついた。


「あ、ちょっと忘れ物したから教室行ってくる。」


「おっけーおっけー。じゃあ、適当に待ってるからさ。」


 棚橋さんに一言断って、私はそそくさと音楽室を出た。その時、各パートの部室の隣にある音楽準備室から、西島先輩と木村先輩の話し声が聞こえてきた。今日の練習の事だけど、という前置きが聞こえてきたため、気になった私は悪いと思いながらも準備室の扉に近づいた。小さく、先輩たちの会話が聞こえてきた。


「西島、また立花のいつもの悪い癖が出たのか?」


「うん、まあ、そんな感じね。」


「俺も今日は遅れてきたから何も言えなかったけど、お前は部長なんだから、強く言ってやってもいいんだぞ?」


 消え入りそうな声で話す西島先輩に、木村先輩がそう言った。その口調には、微かな怒気を含んでいた。


「うん、そうだよね。でも、いつもみたいにペースを持っていかれちゃったから、あそこで強く言って止めると雰囲気が悪くなると思ってね。」


「立花は気分屋だから、無理に止めようとすると機嫌損ねるのは分かってる。だけど、部長として西島が主導権を取らないと、立花と同じように考えてる部員が付け上がってしまうからさ。」


「うん、それも分かってる・・・。でも、波風立てると後に響いても嫌だし、私の考え方が正しいとも限らないし。みんなもどう思っているか分からないしね。」


「それはそうかも知れないけど、俺は少なくとも西島が間違ってるとは思ってない。」


 西島先輩の声はどんどん自信なさげになっていく。私が合唱部の練習に参加してから、確かに同じような事が何度か起こっていた。棚橋さんもいつもの事だよと言って静観していた部分もあって、こんな風に陰で問題になっているなんて私は全く思っていなかった。こういうものなんだと思い込んでいた。西島先輩の話を聞いていて、私は胸がちくりと痛んだ。


「ちょっと待って。」


 扉の向こうから木村先輩の声が聞こえるのと同時に、足音が近づいてきた。気付かれた?そう思って私はその場から急いで立ち去ろうとしたが、焦って足を引っ掛けて前のめりに

倒れてしまった。


「倉石?」


 扉が開いて姿を見せた木村先輩は、私の姿を見てそう言った。


「あ、あの。そのですね・・・。」


 背中に嫌な汗を感じた。扉の向こうに西島先輩の姿も見えたが、彼女は私の姿を見てすっと背を向けてしまった。一瞬見えた西島先輩の表情を見て、私ははっとした。先輩、泣いてる?


「倉石も入れよ。」


 木村先輩にそう言われた私は、逃げ出す事も出来ずに音楽準備室へと入った。怒られるんじゃないかとビクビクしている私に、木村先輩が静かに口を開いた。


「さっきの話、聞いてたんだろ?」


「はい、すみませんでした・・・。」


 あの状況では隠し事など出来ないと悟った私は、正直に白状した。


「ごめんね、みっともないところを見せて。」


 西島先輩は目元をハンカチで拭いながらそう言った。そんな姿を見て、私は胸が痛んでいてもたってもいられなくなった。


「先輩、盗み聞きしてしまってすみませんでした。でも私、練習中からずっと先輩の様子が気になってて・・・。」


「いいのよ。ごめんね、心配かけて。」


 悪い事をしたのは私だというのに、こんな私に対しても西島先輩は優しかった。


「話を聞いてたなら分かったと思うけど、今の合唱部はこんな感じで多少問題も抱えてるんだよね。」


「立花先輩の件ですか?」


 困ったような表情を浮かべる木村先輩に、私は率直に聞いてみた。


「そうそう。倉石も今日の様子見てただろ?今日だけじゃなく、これまでもさ。」


「はい・・・。」


「うちの合唱部って派閥みたいなのがあるんだよ、代々ね。今年はそれでも、他の年度に比べるとはっきりと対立してるってわけじゃないけどさ。」


「派閥・・・ですか。」


「西島の方につく部員は、どんな感じか本人を見てれば分かるだろ。立花派はどっちかと言うと楽しくやれればいいやって感じの、後先はあんまり考えないような部員が多い。大会の事とかも、どこまで本気なのか分からない。」


「でも、みんな大会に向けて頑張っているんじゃ?」


「表向きはそうだけど、どうしても温度差ってのはあるんだよね。本気の度合いって言うかさ。男子だと永井はガチの上位狙いだし、折原はよく分からんって感じだし。まあ、男子はどっち派ってのはないみたいだけどさ。」


 木村先輩の話を聞きながら、私はうつむいてしまった。話の内容は分かった。だけど、目標にしている大会の事を真面目に考えていないかも知れない部員がいる事が、私は寂しく感じた。口をつぐんでいる私の姿を見て、木村先輩が少し焦ったように口を開いた。


「まあ、こんな話をしたけど、別に倉石がどっちにつくとかつかないとか、そういう話じゃない。少しだけ合唱部の裏事情ってやつも知ってて欲しかっただけさ。倉石も大事な部員の一人だからな。」


 大事な部員。ゲストとしてでなく、私は一人の部員として認めてもらえているのか。そう思ったら、余計に胸が詰まってきた。


「私は・・・。」


 うまく言葉が出てこない。言いたい事ははっきりしているのに。ちゃんと言うんだよ、私よ。私の役割ははっきりしているんだ。西島先輩は、初心者で何も分からないこんな私を優しく迎え入れてくれたんだ。さっきの練習のときに胸が痛んだのは何故だ?先輩があんな風に悲しそうな表情をしている事に耐えられなかったからだろう。これからだって、あんな表情を見たくないだろう。だから、私なりの言葉で伝えるべきなんだ。自問自答を繰り返した後に、私は西島先輩の目を見ながら口を開いた。


「私は、派閥の事とかよく分からないです・・・。だけど、大会のために助っ人でここに来て、自分の役割は大会に向けて全力で頑張る事だって思ってます。だから、派閥とか何とか色々あるかも知れないけど、私が見据えているものは西島先輩と同じです。私にとっては、それが正しい事だって思えるから・・・。」


「・・・倉石さん、ありがとう。ごめんね。私も、もっと頑張るから。」


 西島先輩は優しい声でそう言うと、勝手に感極まって立ち尽くしている私をそっと抱き寄せてくれた。


 その後、音楽準備室を後にした私に、廊下に出てきた木村先輩が静かに告げた。


「倉石、ありがとな。お前に声をかけて良かったって、ほんと思うよ。西島もああ見えて強くないから、後輩の立場として支えてやってくれ。」


 私は、先輩の言葉に黙って頷いた。


 合唱部は人数が多いから、一つにまとめるってのはすごく難しいんだろうなと、今回の事を通じて理解した。それでも、私は目標から目を逸らす事はしたくない。誰が何を思おうと、私も助っ人としてのプライドが多少なりともある。だから、私はやれる事を真剣にやるだけだ。そう胸に決意を秘めた。

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