出会いと転機と[その2 ]
「自分が何を仕出かしたのか分かっているのか!!」
罵声と共に手をあげられ、フェリシアは壁に頭部をぶつけた。その拍子に口の中を切ったらしく、鉄の味がする。
「こんな役立たずとは思わなかったわ!」
「あんたのせいでいい結婚相手が捕まらなかったらどうしてくれるのよ!」
エイダと異母姉のベリンダにも責められ、フェリシアはしかし話せることがなかった。
アレクシスの許可があるまで顔を出せないと話した途端に、この有り様だ。
「何をしているんだ!」
邸に入ってきたのはフェリシアの兄、ローレンスだった。
領地にいたのだが、家族がカントリーハウスに帰る時にフェリシアを一人に出来ないと、わざわざ向かえにきたのだった。
そして邸に入るとフェリシアが唇に血をつけていた。
「フェリシア、大丈夫か?」
抱き抱えると震えているのに、頷いた。大丈夫な訳ないだろう。
「こいつはもうようなしだ。
ローレンス、お前も領地から苦情がきている」
「苦情?あいつらの言いなりになっていたら、オールポート家は破滅するよ」
ローレンスは顔をしかめた。
クラークが何もしないのをいいことに、自分が甘い汁を吸うことだけしか考えていない役人だ。
まともな運営をしようとするローレンスを悉く邪険にする。
しかし、クラークは自分が楽できる役人達の言い分を支持するのだ。領地運営がどうにもならない。
「私はオールポート伯爵家の当主だ」
「そうですね」
「その私に従えないのなら、お前達は廃嫡する」
「!」
「分かりました。荷物を整理して、明日出ていきます」
「!」
クラークとローレンスの発言に、フェリシアが首を振る。
ローレンスは大丈夫と頭を撫でるが、フェリシアは泣きそうだ。
「俺が跡継ぎから外れれば、君が婿を貰うことになる。
オールポートの名前で寄ってくる中から、選び放題だよ」
ローレンスは鼻で笑いながらベリンダに言うと、彼女はふふん、と勝ち誇ったように笑った。
「貴方達って本当、どうにもならないのね。
まぁ、でも。結果として私にこの家を譲ったのだから、そこだけは誉めてあげるわ」
傲慢な態度に、しかしローレンスは肩をすくめるとフェリシアを連れて二階へ向かおうとしてーーエイダとベリンダを振り返った。
「そう言えば。
フェリシアが祖母から譲り受けた宝飾品は返しているか?
あれらは、生前祖母がフェリシアに渡すと、頻繁に夜会に付けて行っては周りに話していたからな。
廃嫡した後に持っていると、変な噂になるだろう?」
「今返すわよ!」
「いや、こちらから伺うよ。宝飾品を並べておいてくれ。リストと照らし合わせる」
忌々しげに舌打ちする二人に、ローレンスは冷静に言い、二階へ向かった。
フェリシアの部屋へ入ると、ローレンスは侍女に傷の手当てをさせようとしたが、フェリシアが首を振る。
「多分治せます」
「治す?」
頷くと、フェリシアは頬に手を当てて目を閉じた。
柔らかな光が微かに見え、消えた。
「もう大丈夫です」
「見せて」
ローレンスが確認するために口の中を見ると、確かに治っていた。
「……いつの間に」
「この間までライナス伯父様の所にいて、伯父様やジョナスおじ様に教わっていました」
なるほど、とローレンスは苦笑する。その二人に教われば、あっという間に身に付くだろう。
「すまないが、今フェリシアが持っている宝飾品を並べてくれ。チェックする」
「畏まりました」
フェリシアとローレンスに付いている侍女達が返事をして、クローゼットの奥から宝飾品を持ってきた。
近くに来たので、ローレンスは小声で告げる。
「俺達はいなくなる。
もし他に行くのなら、紹介状くらいは書くからと皆に伝えてくれ」
二人の侍女は無言で頷いた。多分彼女達は残らないだろう。こんな子供に手をあげ、止めない肉親達だ。下手すると自分の身も危ない。
「……これだけか」
祖母からフェリシアに贈られたのは、全部で三十六個だ。各月の宝石を使った髪飾り、イヤリング、ネックレスである。
今は十もない。
「フェリシアの荷物をまとめるのを手伝ってくれ」
「畏まりました」
「お兄様。私、空間収納を使えるようになったので、いくらか入れられます」
「じゃあ、必要なものから順に入れておいて。俺は宝飾品を返してもらってくる」
「はい」
額にキスをして、ローレンスはまずベリンダの部屋へ向かった。
「これで全部よ」
「……宝飾品を全部並べてくれ」
「はあ?あの子のはこれだけって言ってるのよ!」
「後々面倒だから全部並べて」
ローレンスは侍女に言い、今並べられているものをリストと合わせ、チェックを入れる。
まさか五つしか持って行っていない訳がない。
「こちらで全部です」
侍女が言うと、ベリンダが舌打ちした。どうやら本当に宝飾品はこれで全部らしい。
リストと照らし合わせると、五つどころか、さらに十も見つかった。
油断も隙もない。
「母の所の確認をしてくる」
「じゃあもういいでしょ」
「いや」
ローレンスはベリンダを酷薄な笑みを浮かべて見た。
「三分の一で誤魔化そうとしたんだ。あっちも調べて足りなかったらまたくる」
「はあ?」
「あれらを身に付けて夜会に出ると、悪い噂をたてられるだけだよ」
ローレンスは言うべきことを告げると、エイダの部屋へ向かった。
「宝飾品を全部並べて」
先程のベリンダの所でのやり取りが面倒だったので、着くなり言い放つ。侍女はさっさと残りを並べだした。
血が繋がっていないはずの二人が共に五つしか出さないのは、滑稽だった。
「こちらで全部です」
ローレンスが確認していくと、結局さらに八つフェリシアの物があった。
「……全部揃った。片付けてくれ」
「畏まりました」
「じゃあ、これで」
ローレンスが言うと、エイダは舌打ちを返すだけだった。
ベリンダへ全部揃ったことを告げ、フェリシアの部屋へ戻ると、服や本がクローゼットや棚から綺麗さっぱり消えていた。聞くと、空間収納にしまったと言う。
「あの……お兄様」
「ん?」
「使用人の紹介状ですが、ライナス伯父様に口利きか口添えをお願い出来ないかと……」
「今からデイトン伯爵家まで往復する時間はないよ」
ローレンスが言うと、フェリシアは耳打ちした。
「ここからデイトン伯爵家へ空間移動出来ます」
「なっ」
声を上げそうになって、慌てて口を閉じた。ライナスの口利きがあれば使用人達にとって心強いだろう。
しかし、フェリシアの身に危険がないのか。
「お兄様、お願い」
「……分かった。今から俺の部屋へ一緒に行こう。そこで人払いするから、その時に」
フェリシアはにっこり微笑み、「お兄様大好き」とローレンスに抱きついた。