君の知らない君[その8 ]
エイダが去ったあと、ライナスは書斎で項垂れていた。
結婚に関わる事柄が多々あるためタウンハウスに来ていた家令のウォルトは、エイダの変化を知っている数少ない邸の者だ。
「私はきっと不誠実なのだろうな」
ライナスの独り言にウォルトは何も返さなかった。
エイダと結婚して跡を継ぐのだと思っていた。
養母が頑なに反対し、数年かけて説得すれば、エイダはオールポート伯爵家の嫡男との間にローレンスを身籠っていた。
少し話をしたいだけと言われ、買収された侍女が、迂闊にも二人を引き合わせた結果だった。
誰と何があったとしても構わないと言ったライナスを、しかし養父母が止めた。
子供は両親と共にあるべきだと。
(それがこの結果だ)
養父は伯爵としての手腕は一級品だった。
しかし養父母はエイダに関してだけ、間違いを連発した。
初めから反対していなければ。
すぐに認めてくれていたのなら。
オールポート伯爵家へ嫁がせることなく、ライナスと結婚させていたなら。
虚しいほど空回り、彼女を傷付けてきた。
(君は知らないだろう)
薄い唇に己に対する嘲笑が浮かぶ。
初めて訪れた大きな邸に気後れしていた自分に差しのべられた手を。
孤児だからと疎まれていた自分から逸らさなかったあの瞳を。
ーーどれ程求めたことか。
ローレンスの賢さの中に、あの頃の君を見いだしたことも。
フェリシアの満開の花のような笑顔に、あの頃の君を重ねてしまうことも。
(エイダ……君は酷い人だ)
カレンに出会ったのは、ライナスがエイダを諦めてしばらくたってからだった。
カレンの兄ヴィクターとは元々知り合いだった。そのヴィクターを訪ねていった時に挨拶をし、社交界で会うたびに話をし、気付けばエイダのいなくなった心にカレンがいた。
エイダをきちんと諦められたと思っていた。
(カレンに対する思いは本物だ)
しかし。エイダにまだ燻っていた思いがあることをさっき思い知った。
ライナスは手酌で注いだ酒をあおった。
そのまますぐに酒を注げばウォルトが珍しく止めた。
「旦那様、それ以上は……」
「ああ。これで終わりにするよ」
ライナスはウォルトにブランデーの瓶を渡し、中身が半分もないことに気付いた。今夜開けたばかりのはずが飲み過ぎだ。
(エイダ。君は君がどれ程愛されていたか知らないだろう)
ライナスは手にしたグラスを傾け、酒と共に思いを飲みほした。
もう二度と外に出すことのないよう、きっちり封をして。
(カレンと子供を幸せにしよう)
ライナスがオールポート伯爵の死を知るのは数時間後だった。




