君の知らない君[その7 ]
誤字を直しました。
ご指摘ありがとうございました。
「選択肢を奪われたとはいえ、養父母は君を大切にしていたよ。
だが、君はどうだ?」
ライナスは冷めた目で見てきた。
勝手に道を閉ざすのが大切にしていたとでも言うのか。
「両親に愛されて育った君は、ローレンスのこともフェリシアのことも、愛していない」
「あの日から」
エイダは言葉を切り、ライナスに微笑んだ。
「あの日以降は、私にとってはこの世は地獄よ。そんな場所に可愛い子供を産み落とせると思っているの?」
「君は……それでは君は」
「ライナスは出来たから産んだだけ。
フェリシアは王子が生まれてから作っただけ。
それ以上でも以下でもないわ」
ライナスが珍しく感情を隠せず表情にのせている。
エイダは二人の子供をライナスが可愛がっているのを知っている。
それと同じだ。これだって只の事実にすぎない。
「そんなに驚くことではないでしょう?政略結婚なら、当たり前よ。
貴方達が私にさせようとした結婚なら、ね」
鼻で笑う。
ライナスが、いや生きている時に両親がどれ程言い訳しても、周りがどれだけ諭そうとしても、エイダには譲れない事実がある。
母は「貴女の好きに生きなさい」と言いながらも、一番大切なものを奪っていった。
手を足をもぎながら、自由に生きろと宣った。
あとは死を待つのみの心に、自由なんて意味がない。
「知っている?
あの人がフェリシアに宝飾品を沢山残したの」
「ああ。フェリシアが将来困らないようにと……」
「あの中に、私の指輪があったのよ」
「……え?」
「正確に言うなら、私が結婚したらあげると何度も言っていた指輪が、ね。
あの人にとって、私は独身だったみたいよ」
ライナスが困っていくのが手に取るように分かった。
口でどれだけそれらしいことを言っていても、咄嗟にでたそれは繕えない。
両親が自分達が仕出かしたことに気付き、顔色が悪くなっていった姿は今思い出しても滑稽だ。
どれだけ子供のことを考えろと言われても、そんな言葉を吐いた本人達が、子供であるエイダのことを思ってないのだ。
「本当に、呆れるほど嘘つきだわ」
「……それで君はどうしたんだ」
「叩きつけて踏みつけたわ」
ライナスが固まった。
今日は珍しい姿をよく見る、とエイダは肩を竦めた。
「私が叩きつけて踏みつけたのは、たかが指輪よ?
あの人は、私との全てを叩きつけて踏みつけて、嘲笑っていたのよ」
「そんなことは……」
「私が言うまで、あげると言ったことさえ忘れていたのよ?人を馬鹿にしてるわ」
数えるのも嫌になるほどの人達が、エイダを諭そうとやって来た。
まるでこちらが悪役だ、と一方的に断罪されるなかでエイダは言い訳もしなかった。
「あの人達も、貴方も。
人を地獄に叩き落としながら幸せそうでなによりよ」
「エイダ」
「私が地獄にいても。
孫を可愛がって幸せで。
結婚相手を見つけて幸せで」
自然と口角が上がる。
楽しいことなど何もないのに、だ。
エイダにとっては事実なのに、きっとこれは呪いの言葉なのだろう。
「私の不幸の上に築いた幸せを大切にしてね」
救われることなどない。
だから貴方達も。ただ幸せにだけなるなんてさせない。
幸せにつきまとう影を忘れさせない。
ライナスが何かを言おうとして、けれど何も言えなかった。
□ □ □ □ □
呆然とするライナスに背を向け、デイトン伯爵家を出た。
エイダはオールポート伯爵家へ向かう馬車の中で、背もたれに体を預け、目を閉じた。
(もう終わりね)
誰もがエイダを責めるだけで助け出してはくれなかった。
失恋などよくあることだと一笑に付した。
すぐに忘れると言われーーしかし、未だ胸に巣くうこの気持ちは、生々しい傷跡は、癒えることはなかった。
邸に入ると、真夜中だというのに騒々しかった。
何事かとあたふたしている侍女に聞けば、慌ててベリンダの夫でクラークの養子にもなったダレルの書斎に連れていかれる。
扉を開ければ、項垂れたダレルがソファーに座っていた。
「夜中に何があったの」
「……父とベリンダが死にました」
「は?」
「二人が今夜のパーティーからの帰路、暴走した馬車がぶつかってきたそうです」
「そう。
まあ、オールポート伯爵家は貴方がいるから問題ないわね。
じゃあ葬儀の手配をしましょう」
エイダは執事に指示を出す。
ダレルがそんなエイダを呆然と見ていたが、やるべきことが多く、構っている場合ではなった。
「内々でいいけど、オールポートの親戚には明朝から知らせて」
一通り手配が済むと、邸に勤める者達を全て玄関ホールに集めた。
自室から持ってきた紙を見ながら、執事や侍女の名前を呼べば、半分以上にのぼった。
「貴方達は今日で解雇です」
「何故ですか?!」
十年渡りこの邸に勤めていた男が大声をあげる。
エイダは分かりやすく肩を竦め、その男を侮蔑の眼差しで見た。
「一人一人説明するのは面倒ね。
いくつか私やベリンダの宝飾品が紛失しているのは、商人に売った人間がいたからなの。
あの人のカフスボタンもそうね」
エイダが手にした紙の束から一枚を抜き出しひらひらと振れば、名前を呼ばれた者達がそれを競って見た。
自分がしたことの内容が詳しく書かれていて、顔色が一気に悪くなる。
「退職金はそれをあてるわ。馬鹿高いけど返せないでしょう?」
エイダは辺りに視線を向け、ため息をつく。
「宝飾品から絵画から高級酒と、持っていったものは多岐に渡るわね。
期間もローレンスとフェリシアがいた時からの者もいるし。
ああ。名前を呼ばなかった中で退職したいって人は退職金を出すわよ?
ただ、葬儀の後までは働いてね。
この者達は、葬儀までいると親戚に買収されるから今切るのよ」
エイダにすがり付こうとしていた者達がいたが、一度裏切った者を雇うことはしない。
それでは真面目に今まで働いてきた者達に不誠実だ。
「名前を呼ばなかった人達は、出来ればこのまま働いて欲しいの。
クラークがいなくなってダレルだけでは上手く回せないでしょう?
しばらく喪中で派手なことはしないから、その間に体制を整えて、不足分を新たに雇うわ」
エイダはダレルに視線を向けた。
「ねえ。人が減ったなら給金をあげても大丈夫よね?
ベリンダがいなくなって湯水のように大金を使う人もいないし」
「貴女は?」
「私は落ち着き次第、領地の過ごしやすい別荘に行くから。
ここにいたら、貴方の再婚に影響があるじゃない。
社交界ももう飽きたから、別荘でのんびりするわ」
ダレルは呆然とエイダを見ていた。
別荘に行くと言っただけでこれとは、あまりにも失礼ではないか、と面白くない。
「多少飲食や服にお金をかけるけど。宝飾品はもう要らないわ。
ああ。再婚する前に、ベリンダのは売り払いなさいね。いい値をつけてくれる商人をみつけてね。
オールポート伯爵家の縁のものはあとで渡すから、売ったらダメよ」
そこまで言って、エイダは執事長に新たに指示を出す。
「この者達の手荷物検査をして、さっさと外に出して」
「はい。畏まりました」
「あと、他に辞めたい人達のリストを作るのに」
ちらりと辺りを見回し、指差した。
「退職希望者は彼に名前を告げて。
読み書き出来るでしょう?」
「はい」
「葬儀が済むまでに言ってね。
ああ。続ける人達の給金は少しかもしれないけどあげるわよ。
ダレルを助けてあげてね」
皆エイダを呆然と見る。
エイダは今まで一度もオールポート伯爵家のために働いてこなかった。
それをしてしまうと、プライドを傷付けられたクラークが、いじけた挙げ句に何かしでかすからだ。
しかしもうクラークはいない。
今ならクラークを騙し続けてきた者達をやっと糾弾出来る。
「貴女は本当に別荘に行くのですか?」
「行くわよ?
ただ、向こうでの生活に支障が出ないように、後顧の憂いを断っているだけよ」
「このままここで暮らすわけにはいきませんか?」
ここで暮らすとなると社交界の付き合いがある。
エイダはもう、ライナスを例え後ろ姿でも視界に入れたくなかった。
「間諜も引き継いであげるわよ。数人は私のものだけどね」
ため息混じりに言っても、ダレルは納得いかないようだ。
「相談にのるくらいはするわよ。
私だって、オールポート伯爵家がちゃんとしてないと暮らしていけないんだから」
「……分かりました」
エイダは子供の頃に学んでいた。
ライナスと共にデイトン伯爵家をより良くしていくのだと、疑わなかった。
それが今、役に立つとは皮肉なものだ。
「普通の退職金より一つ盗んだ方が高いと思った人がいるかもしれないけど。
盗んでから彼らは給金を下げてあるわ。
更には信頼を損なってるんだから、次の就職先が見付かるかしらね。
真面目に働いてくれる人達と同じ待遇はしてないの。そこは分かってね」
エイダはそこまで言うと部屋へ向かった。
後をついてこようとした侍女を葬儀の手配と順次の休憩の必要性を盾に断った。
部屋へ入り、何もかもを身からはずして風呂に入るーー優秀な侍女はいつ帰るか分からないエイダのために、準備をしていてくれた。
ゆっくり湯槽に浸かれば、もう限界だった。
エイダは嗚咽を漏らさないよう、歯を食いしばろうとしてやめた。夫が亡くなったのだ、泣いても不思議ではない。
(諦めが悪いのね)
まだこんなに好きだったのか、と自分自身に呆れるばかりだ。
とっくにライナスに恋人がいることも知っていたではないか。
それでも。
自分はまだ告白すらしていない。ライナスもふっていない。
ただ、両親が反対しただけだ。
(まともに失恋すらさせてもらえなかったなんて)
きっと賢いライナスも気付いていないだろう。一度だって好きとも愛してるとも言っていない、その事実を。
こんなにも恋い焦がれていることも。
自分でさえまだ流れる涙があることを今知ったのに。
ライナスが知っている訳がない。




