君の知らない君[その3 ]
誤字を直しました。
ご指摘ありがとうございました。
夜会が終わりに近づき、フェリシア達は早々に退散した。
令嬢達の攻勢に、ライナスとリオンが白旗を上げたためだ。
ライナスの冷ややかな対応に、二の足を踏む令嬢は多かった。しかし、リオンには全く怯まずやって来る。
次第にまたライナスにも言い寄る令嬢が出てきたのだ。
途中でグレンがやって来て、ローレンスと共にフェリシアのガードに入ったが、時折グレンにも触手が伸びた。
焼きもちを焼いたフェリシアがグレンにピタリと寄り添い、拗ね始めたのも退散した大きな理由だ。
馬車はアッシャー伯爵家とデイトン伯爵家、ブロウズ伯爵家それぞれ別々なので、馬車乗り場で挨拶して別れた。
本人達はこっそりとしたつもりなのだろう、グレンがフェリシアの頬にそっと口付けていた。
ライナスがリオンと共にタウンハウスに戻ると、馬車が来ていた。
その家紋に一瞬足が止まった。
(何かあったか?)
馬車から降り、足早に邸に入ろうとした時、玄関から人が飛び出してきた。
「おい!ライナス!!」
「取り敢えず中に入ってください」
「貴様!」
ライナスの胸ぐらを掴み上げる手は、剣ダコがあった。
必要最低限の夜会にしか参加しないリオンでさえも、相手を知っている。
「ドイル伯爵。取り敢えず中へ。ここで詳しい話が出来るのなら構いませんが」
リオンを睨みつつ、ライナスを掴んだまま邸に入っていく。
何があったのか、とため息を吐きつつ、リオンは二人の後ろについていった。
「で。急にどうしたんだ?」
リオンは部屋に行かせ、ヴィクターと二人で書斎にいた。
苛々とソファーに座るヴィクターは、舌打ちした。
「聞いてないのか」
「何を?」
「カレンだ」
ジャケットを家令に渡し、ヴィクターの向かいに腰を下ろすと眉を寄せる。
「カレンに何があった」
「……夜会でチヤホヤされている場合じゃない」
「あんなのはどうでもいい。
……カレンがどうしたんだ?」
睨むように聞くと、ヴィクターはがしがしと頭をかきむしる。
わざとらしくため息をつき、「俺がする方だろうが」と呟いたが無視した。
「……子供が出来た」
「子供か」
「誰のか、とは聞くなよ」
「カレンの今後の予定は?」
「……は?」
「王女の護衛だろう。引き継ぎはすんなり行くのか?」
「それは上手くやる。
いや、お前。何で冷静なんだ」
ヴィクターが項垂れた。長く息を吐き出し、恨みがましくライナスを見上げてきた。
自分がこれ程取り乱しているのに、張本人が肩透かしなほど冷静なのだ。腹が立っても仕方ない。
「魔力が高いからと言って、子供が出来ない訳ではないからな。
エイダという例を見ているさ」
「ああ」
「カレンとも子供が出来た場合の話はしていたし、問題ない。
時期を見て、籍を入れるよ」
「なら、先に入れておいてくれよ」
「既婚の女性は王族の護衛になれないだろう?カレンが嫌がったからな」
「子供が出来たならそうはいかないだろう」
「ああ。さっさと籍を入れる。
リオンにも話しておくか」
「……急な話だが、大丈夫か?」
「急か?結婚する可能性が全くない訳ではないと、引き取ってすぐに話してある。
カレンとのことは話してあるし、何度も会ってるが」
普段と変わらない口調に、ヴィクターが背もたれに体重を預けた。
無力感に苛まされる。
まだカレンと付き合っていない時から、誰かとの結婚の可能性まで話していたのか。
更に、カレンも会わせているとは、用意周到だ。
「慌てて飛んできた俺が馬鹿みたいだ」
「こっちは色々と打合せが出来るから助かるよ」
ライナスは家令にリオンを呼ぶように言うと、テーブルに数枚紙を持ってきた。
何をするつもりなのかとヴィクターが視線を向ける。
「カレンは王女が婚約するまでは辞めたがらないだろうな」
「……確かに。まあ、来月のパーティーまでだな」
「その辺りか。結婚を期に私は隠居する」
「は?」
「リオンも領地経営に慣れてきたし、たまに手伝うくらいでいいだろう」
「まだ四十代だぞ?」
「ヴィクターのこともカレンのことも信頼しているが、周りが何か吹き込まないとは言えないからな」
ライナスが言いたいことを察すると、忌々しげに舌打ちした。
「黙らせればいいだろう」
「性格に問題が出たら、なぁ」
「……カレンが力ずくで何とかするさ」
「そういうわけにはいかないんだよ」
ある日突然人が変わってしまったエイダを思い出す。それまでは上手くいっていたはずだった。
「……領地に引きこもるのか?」
「どうかな?カレンと話さないことにはなんとも。
リオンが領地経営をするから、私達がここで暮らすのもいいし」
ここなら実家に近くていいだろう、とライナスが言うと扉が叩かれ、リオンが入ってきた。
一から説明をする中で、ライナスとカレンの付き合いにも、子供が出来たことにも、隠居することにも全く驚かないリオンに、ヴィクターは自分だけが何も知らなかったのかと、ため息をついた。
「隠居は考え直して欲しいのですが」
「サポートはいくらでもするよ」
「荷が重いので」
「ここから向こうまであっという間だろう?いつでも来たらいい。
緊急事態ならちゃんと働くから、普段はリオンが廻す方がいい」
一向に引かないライナスに、リオンが力なく俯いた。
口でも養父に勝てた試しのないリオンには、始めから負け戦でしかなかったのだから、仕方がない。
「お前は結婚が嫌いなのかと思っていたんたがな」
「嫌いと言うより、慎重にならざるを得なかったんだ」
エイダが結婚するまでは、特定の相手を匂わすようなことはしなかった。
勝手に仲の良いふりをした令嬢がいただけでもエイダの機嫌が悪くなり、家の雰囲気が暗くなる。
空気が重くて、居たたまれなかった。
「今はもう大丈夫だ。リオンが育ったし」
「……男が生まれたらどうするんだ?」
「デイトン家は魔力が全てだ。
その言い付けを守らなかった時は領地が荒れたらしいからな。ねじ曲げないさ」
ライナスが「ローレンスに頼んで文官になれるように叩き込むよ」と笑えば、「ウチの血を引くなら武官だろう」と詰め寄られる。
「魔力が高かったら、跡継ぎにしなければならないですよ」
「その時はリオンに任せるよ。
私では、時間が足りない」
「まだ四十代だぞ?」
「ヴィクターの跡継ぎだって十八だろ?一世代違うのだから、無茶言うなよ」
ライナスは肩を竦める。
文官や武官の他、魔力がそこそこ高ければ宮廷魔術師団でもいい。
幸いどの道でも人脈はあるから、本人の望む先へ進めるだろう。
「本当に私で良いのですか?」
「君がどれだけ学んできたと思っているんだい?そんな生半可なものじゃあない。
まだ生まれていない子供をそこまで育てるのは無理だ。
次はリオン、君しかいない」
ライナスがきっぱりと言いきると、リオンは短く「はい」とだけ返事を返したが、強く握られた拳がヴィクターの目に入った。
(そうか。こいつも父親だったな)
血の繋がりを持たない親子は、少し不器用ながらも、そこには確かなものが存在していた。




