君の知らない君[その2 ]
誤字を直しました。
ご指摘ありがとうございました。
珍しくライナスまでも囲まれていた。
普段ならそつなくかわすのだが、今夜はオールポート伯爵家とフェリシアが接触しないようにと、そちらに気を回しすぎた。
意外にもライナスは未だ令嬢から優良物件と見なされている。若い令嬢はリオン狙いだが、少し上の令嬢は、義理の息子がリオンになるのならば領地は安泰だと、遊び倒す気満々だ。
「あまり花を独り占めすると他の方達に恨まれますから。我々はこのあたりでーー」
「孤児と妾の子が偉そうに!」
一人の令嬢が、軽くあしらわれて逆恨みであろう、そんな言葉を繰り出した。
馬鹿な女だ、とライナスは何も言葉を返さず、リオンに視線で合図してその場を立ち去った。
リオンはデイトン伯爵家の親戚が侍女に手を出し、生まれた子供だ。
ライナスが、いい乳母がいないからと半ば強引に親子で引き取った。あまり待遇が良くないことが分かったからだ。
リオンの母親はいい暮らしを息子が出来ることに感謝し、恩に報いようとリオンに勉強を強要しようとしたが、ライナスが止めた。
この時すでに彼女の身体はボロボロで、ライナスの魔法でもどうにもならなかった。
せめていい母親としてリオンの記憶に残るようにと伝えると、泣き崩れた。
まだ生きていた養母が、二人のサポートを快く引き受けてくれて、安心したのを覚えている。
更に「貴方はいい子に育ったわね」と頭を撫でられた。二十歳を越えていたのだが。
リオンは母親が亡くなるまで一年半程共に過ごし、周りに敵がいない中で育つことが出来た。
リオンが穏やかな性格に育ったのは、二人の女性の功績だとライナスは感謝している。
一方ライナスは、物心つく前に孤児院に捨てられていた。
たまたま領地の視察で来ていた先代が、ライナスの魔力量に気付き、ここに来た経緯を調べあげるとデイトン伯爵家と繋がりがあったので養子となった。
しばらく反発していたが、半年後ライナスがいた孤児院の視察に同行し、以前とは異なり食事も服も恵まれた環境になっていて驚いた。
そんなライナスに「君が跡を継げば、最悪でもこのままですむ。しかし他の者が跡を継げば、どうなるか分からないよ」と、先代は言い切った。この状況を知れたから自分は変えたが、皆が同じ考えではない、と。「君の望みはどうかな?」と試すように言われ、ライナスは跡を継ぐことを決意した。
この頃まだエイダは普通の令嬢だった。
正式にライナスが跡継ぎになったあと、侍女の一人の暴言により、エイダの性格や生活態度は変わってしまった。
養父母が手を焼き、それでも更正しきれなかった。
ローレンスを身籠り結婚をし、しかし夫は外で子を作り、離縁はせずにいると思ったら王子の誕生にあやかろうとフェリシアをもうけた。
養母は、二人の愚かな野望の元に生まれたフェリシアを気にかけていた。夜会の度に豪華な宝飾品を身に付けては「孫娘にあげるものなの」と吹聴していた。
廃嫡されることを分かっていたのだろう。
ライナスにローレンスとフェリシアのことを頼み、こうなってしまったことを何度も詫びていた。
しかし最後の最後、養母の遺言は「貴方も幸せになりなさい」だった。頭を撫でながら。
ライナスとリオンがフェリシア達の元に行けば、心配そうにフェリシアがそっとライナスの腕に触れた。
「さすがに令嬢達のあれには慣れないね」
「疲れましたね」
ライナスがかわせば、リオンも同調した。
「お兄様の時も、そうでしたか?」
「私は早々に結婚したからね。恵まれてるよ」
肩を竦めるローレンスに、リオンがわざとらしくため息をついた。
そういう意味ではこの甥は恵まれている、とライナスは思う。
「あ、あのっ」
急にかけられた甲高い声に、皆が振り返る。
声の主は、小柄で可愛いらしい女性だった。
「先程は姉が失礼なことを……」
「……失礼なこと?」
「はい。あの、ライナス様とリオン様にーー」
「いい加減にしてくれないか」
珍しくライナスが声を荒げた。その先を遮るために。
それでも大きな声にならないよう配慮する。
「今夜は姪の社交界デビューなんだ。これ以上気分を害することをしないでくれ」
今日の夜会に参加している貴族達はライナスとリオンの出生も知っている。フェリシアも知らない訳ではないが、だからといってわざわざ話題にする必要はない。
「も、申し訳ありません」
謝罪に来た令嬢は、しかし好機だとほくそ笑んでいたのを見てしまった。話しかけるいい切っ掛けだとでも考えたのだろう。
それを潰したので、ライナスは令嬢が去っていくと思っていた。
しかし相手はうっすら涙を浮かべて、その場に留まっている。
(面倒な相手だ)
自分を悲劇のヒロインにもっていくつもりだろう。たったこれしきのことで。
「貴女が我々を好ましく思っていないことは分かりましたからーー」
「私、そんなつもりではありません!」
「でしたら今日はお引き取りください。
ーー我々には大事な夜会なのです」
「ですが!」
「随分と一生に一度の社交界デビューを邪険に扱われるのですね」
耳をそばだてていた周りの貴族も、ライナスの言い分にこちらよりになってきた。
「貴女は何をなさいたいのでしょうね?
我々への謝罪でしたら後日にお願いします。
今日は、それ以上に大切な日ですから」
令嬢が手を握りしめている。自分の思い通りにことが進まないので苛立っているのだろう。
ライナスが対峙している間に、ローレンスがフェリシアを連れて場を離れた。相変わらずいい判断をすると甥の成長に嬉しくなる。
リオンはオールポート伯爵家をすかさず把握し、ローレンスに目配せしている。
ジョナスはついていくだけだ。それはそれで彼らしい。
「随分フェリシア様に甘いのですね」
「姪ですからね」
「娶るのですか?姪を」
謝罪に来たはずの令嬢は、汚い思考のまま笑みを浮かべた。
「貴女の思考は理解しがたいな」
「ですが、ライナス様のお側にいらっしゃる女性はフェリシア様だけ」
思わずライナスは嗤った。底冷えのする、あからさまな嘲笑だった。
「貴女は恵まれたお人なのでしょう。
私は孤児で、周りにいた孤児共々痩せ細っていました」
何を言い出したのか分からないのだろう。令嬢は眉を寄せる。
「領地改革により、領内の孤児院をまともな生活が送れるようにしてくれたのが養父です。
そして、跡継ぎのプレッシャーに潰れぬよう支えてくれたのが養母です」
「はあ」
理解出来ない令嬢にぼんやりとした返事を返すだけだった。
「そんな二人の宝ですよ、甥も姪も。それを大切にしないわけがない。
それを……
ーー邪推にしても品がない」
ライナスは踵を返すとフェリシア達の方へと向かった。
相手の反応など見る気もなかった。




