君の知らない君[その1 ]
誤字を直しました。
ご指摘ありがとうございました。
真っ白なドレスに真っ白な手袋。
三年生になり、十五歳になる今シーズンの社交界でデビューすることになった。
来シーズンだとグレンが卒業し、財務省に勤め始めるので大変だろうと周りが判断したのだ。
「きちんとエスコートするから大丈夫だよ」
緊張に顔を青ざめるフェリシアに、グレンは苦笑する。頭を撫でようにも髪型が崩れたら大変だ。
夜会の場で、頬や額に口付けるのも抵抗があった。フェリシアが軽いと思われるのは耐え難い。
仕方なく、グレンは自分の腕に乗せられたフェリシアの手の上に己の手を置き、安心させようと試みた。
フェリシアは無言のまま頷き、心持ちグレンに身を寄せた。
夜会はホストである国王と王妃が登場し、開催を告げると楽士団が演奏を始めた。
グレンとフェリシアはほどほどの場所を確保し、一曲だけダンスに参加した。
ダンスが終わってもフェリシアはまだ緊張が抜けきっていない。
フェリシアの緊張を察したグレンが、次のダンスの相手になろうと目論む者達を上手く交わし、見知った集団がいる壁際にやって来た。
フェリシアのデビューということで、珍しくライナスとリオンも参加しており、優良物件のリオンには令嬢のみならずその保護者からも熱い視線が送られている。
「今日は皆様お揃いなのですね」
「フェリシアのデビューだからね」
リオンは答え、そしてため息をついた。
「久々に出れば、珍獣扱いだよ」
先程から頻繁に令嬢からアプローチを受けていたリオンは、まだ始まったばかりだというのに疲労の色が滲む。
それでも来たのには、断れない王宮での夜会という以外にも、訳がある。
ーーフェリシアは鈍い。
この件に関しては、シスコンのローレンスも溺愛するジョナスも、ライナスやリオンだって皆が同意する。いや、グレンの父グレゴリーでさえも同意している。
元はと言えば、フェリシアが女神に美人にしてもらったのだが、女神のがっかりさを知っているために、少しだけ美人になったくらいだと思っている。
しかし一番の理由は、口説かれたり告白されたりといったアプローチを受けた経験がないことだ。これについては、フェリシアはバイロンの件はサクッと省いている。
口説かれないのは幼少期にすでにグレンと婚約していたからなのだが、何故か自身に魅力がないからと勘違いしている。
グレンの周りへの牽制が上手く行き過ぎたのも拍車をかけた。
「フェリシア。今日はグレンかリオンの側に必ずいるように」
「初めてですから、誰かの側にはいるようにしますけど……」
ライナスが言うと、フェリシアは首を傾げる。その様子に誰もがため息をついた。
ますますフェリシアは不思議に思うのだ。
それぞれ家族毎に国王と王妃に挨拶を済ませ、国の重鎮への挨拶も終わり、社交界デビューの今日はブロウズ伯爵家絡みの方への挨拶をメインにフェリシアは回ることになっていた。
それほど時間がかからないとみていたフェリシアは、自分の養父と兄が周りからどのような評価をされているのか、今まで何も知らなかったのだと考えを改めねばならなかった。
宮廷魔術師団の副団長になっているジョナスは、意外にも信頼されていた。
人柄については、良くも悪くも家族が地雷でありウイークポイントだと知られていた。分かりやすいので、その点扱いやすくもあるようだ。
血の繋がりがないにも関わらず、「聡明そうなところがそっくりですね」と言われて、緩む頬を止めれていないのがいい例だろう。
しかし魔法の実力は本物で、干ばつに悩む土地に出向いて雨を降らせたり、嵐の後始末に赴き風で廃材を撤去したりと、感謝されていた。
一方、ローレンスはフェリシアとグレンの婚約により縁が出来たグレゴリーに、その才覚を見込まれ財務省に週三日通っていた。
三日になったのは、表向き領地経営のためだ。「あの人に代わりが出来るなら正規に勤めることも出来ますが……」と、ジョナスのことを匂わせれば皆が退いた。
その後ローレンスの実力を知った宰相のレイクス侯爵が補佐に欲しがり、レイクス侯爵家とアッシャー伯爵家の間が微妙な空気になりかけた。
それでも、その息子達マシューとグレンが親友ということもあり、冷静な話し合いのもと週三日を有効に割り振ると結論を出した。
おかげで政務部と財務省の人々との挨拶に時間を割くことになってしまった。
「?どうした?」
「……夜会って大変なのですね」
フェリシアが小さくため息をつけば、ローレンスは肩を竦める。
本当はもう少し挨拶する人数を絞る予定だったのだが、あちらからやって来られては挨拶しない訳にもいかない。
結果、ブロウズ伯爵家と繋がりを持ちたい、若しくは繋がりを強化したい者達との挨拶が続いた。
「普段はもう少しましだよ」
「そうなのですか?」
「先日の河川の反乱の処理に父が関わっているからね。そういった後は、挨拶されることが増えるんだよ」
「お礼を言われているのですね」
「それだけじゃないよ」
「?」
「自分の領地で何かあった時に、父に来て欲しいから顔を見せに来るんだよ」
ローレンスは苦笑した。
以前他の宮廷魔術師団員を複数派遣され、しかし復興に時間がかかった領があった。派遣した者達の適性に問題があったためだが、ジョナスに来てもらった方が確実だと、貴族達はこぞってジョナスに顔を売りに来た。
なにしろ時間がかかった領の貴族はジョナスと仲が悪く、直接派遣する団員を決めて依頼してきた。「向こうの依頼通りにしましたよ」と、ジョナスがフォローをしなかったことも貴族の不安を煽ってしまった。
魔法を良く分かっていない者が選んだから時間がかかっただけで、普通に団員を派遣したら、ジョナスと同等以上にことは進むのだが。
「お父様のことは分かりました。でもお兄様も、人数が多いのではないですか?」
「さあね。多いのだとしたら、フェリシアのせいでもあるよ」
「え?」
「君とグレンの関係がね。アッシャー伯爵家と繋がりを持ちたい者達が私のところにも来るんだよ」
「まあ」
「後は、リオンとなんとかなりたい人が私に取り入ろうとね」
ため息をついたローレンスに、フェリシアは苦笑した。
ライナスはフェリシアの実母エイダとの関係から結婚を嫌がっていた。結婚してもし万が一子供を授かることになれば、養子に負担をかけるだけだと。
「リオン兄様も伯父様と同じ考えなのかしら」
「どうかな?ただ、この状況が初めからだからね。自分の後ろにあるデイトン伯爵家に惹かれて申し込まれるのを嫌ってもおかしくないな」
視線をリオンに向ければ、令嬢に囲まれていた。「私は運が良かったよ」とローレンスはにっこり笑う。
二男一女に恵まれたローレンスは余裕の笑みを浮かべている。
フェリシアは少しいたずら心が出た。
「デイトン伯爵家ではなくリオン兄様自身を見るーーアリスが当てはまりますわね」
「……フェリシア。言っていい冗談と悪い冗談があるんだよ」
途端に不機嫌になったローレンスに慌てて謝った。何か窺い知れない恐ろしさがあった。
後日、すでにローレンスがアリスの「私がリオン様のお嫁さんになってあげる」との発言を聞かされていたことをフェリシアは知ることになる。




