美味しいお祭り[その3 ]
鍋の中身はデミグラスソースだった。さっさと片付けることにして、その間に鍋と食材の買い出しをお願いする。
市場にはマルティナが付き添うことになった。
「ソースがトマトケチャップだけになったが、どうする?」
「片方はホワイトソースにしましょう」
ホワイトソースの方はシーフードにしようと、足りない食材をリストにして渡す。
買い出しも掃除もしないメンバーにホワイトソースの作り方を指導する。元々料理人なので、作ったことがあるので、味の統一性を図ったくらいで問題ない。
「私がすることないですね」
フェリシアが皆なんでも出来るなぁ、と思っていると、いないと困ると調理長に言われた。
お世辞でも嬉しかったが、借りた椅子に大人しく座っていることにした。
□ □ □ □ □
バーシェス商会が着々と料理を作っている中、他のグループは次々と出来上がり、審査員の試食が始まった。
バーシェス商会に合わせると、他のグループの料理が冷めてしまうからだ。
(味が濃いな)
エルランドは二口食べ、ナイフとフォークを置いた。一応、全部の料理を食べないといけないため、少量しか食べられないと始めに断りを入れている。
レモンの果汁が入った水で喉を潤し、濃い味を流し込む。
表情を変えずにいるつもりだが、さすがに大量に盛られた料理を出されることに辟易してきた。
(少しずつしか食べないって言っただろうが)
内心、口調が悪くなるのも仕方がない。
ふいに、視線が彼女に向いたのは、きっと偶然だ。
(補充要員なのに料理しないとはな)
綺麗に伸ばされた指になんとなく発言を許可した。
怯むことなく相手の愚行を糾弾し、バーシェス商会のために権利を得る。
変わった女だと目で追っていると、隣の中年男性に抱きつき、頬に口付けた。
(アイツは誰だ)
逆側に座っていたのはバーシェス商会のカイルだ。何度か貿易関連の手続きで当局に来ているのを見ている。
しかし、彼女が口付けた相手を知らない。
(年齢的には、その隣の男の方が合うだろう)
そう考えると、それはそれで腹が立った。
なんてことない、一目惚れだ。
しかしエルランドはそれを認めたくなかった。
(いくら所作が綺麗に見えたところで、あれは庶民だ)
彼女の服装を見る。装飾品も見たが、貴族の令嬢が庶民のフリをする時にも、もう少し華美になってしまう。あそこまで質素には出来ないはずだ。
実際には、フェリシアはライナスとリオン、ローレンス(たまにグレンもそのメンバーに入る)と共に領地を見て回る時に、これぞ庶民という格好をするのだが、普通の令嬢がすることではないので、エルランドは貴族だと気付かなかった。
それでも、視線を離せない。
「おい」
水を変えに来た自分の従者に小さな声で命令した。
「あの女と、隣の男をしらべろ」
「畏まりました」
従者もコソッと返答し、なに食わぬ顔で下がっていく。
バーシェス商会の料理が出来上がると彼女はさも当たり前のように、先程の男性の手を借りて観客席に降りていった。
つい険しい目付きになると、気付いたのか男性が彼女の髪を耳にかけーーその耳元に口付けた、ように見えた。
(あの男!)
その様子に、エルランドは胸にある炎を見付け、もう誤魔化せないのを自覚した。
□ □ □ □ □
(なんだ?アイツは)
可愛い姪をずっと追う視線に嫌な気分になる。
エルランドの様子に気付いたのはライナスだけではなかった。あまりにも視線が露骨にフェリシアを追っているのだから、バレない訳がない。
「これはローレンスとグレンに怒られるの決定だな」
「誰のせいだ」
「ストークマン商会のアホに言ってくれ」
カイルは肩をすくめる。確かにそれがなかったらフェリシアは今も隣にいたはずだ。なんて迷惑なヤツだ。
(……従者に何か言ったな。こちらを調べるか)
この後の買い物を楽しみにしていたフェリシアには、我慢をさせたくないのだが、どうするか。
接触を謀られたら面倒だ。さっさとエイジャー国に帰った方がいいのだが。
「料理が出来上がりました」
品評会のあとの予定を悩んでいると、フェリシアがこちらに声をかけていた。
自然と手を伸ばせばフェリシアがその手を取り、迷いなくライナスの胸に飛び込んできた。
「上手くいったかい?」
観客が煩く、ライナスはフェリシアの耳元で聞いた。
聞き取りやすいようにと、髪を耳にかけると、エルランドが睨んでいるのに気がついた。
やっぱり要注意人物だな、とグレンとローレンスに報告することを決めていると、フェリシアがにっこり笑った。
「ええ。皆様、プロですから。私は本当に口だけでしたわ」
先程の席に促せば、フェリシアはライナスの隣にちょこんと座る。
その様子まで見ているエルランドに、ちょっとした悪戯心が芽生えた。
フェリシアの腰に手をかけ、こちらに引き寄せながら耳元で囁く。
「上手くいって何よりだ。
きっと皆が諦めずに続けたのは、フェリシアが投げ出す素振りを見せなかったからだよ」
「そんな事ありませんわ。
皆様、バーシェス商会の名の元に頑張ってましたもの」
「鍋が二つ駄目になって、顔色が悪くなっていた。
カイルが君に確認して、棄権はしないと言ってからだよ。彼等が覚悟を決めたのは」
フェリシアが驚いた表情でライナスを見上げていた。
「君がいたから皆、頑張れたんだよ」
少しオーバーかもしれないが、幼い頃の影響で自己評価が著しく低い姪に、自信を持たせたいとライナスは微笑んだ。
しかしフェリシアからは、ライナスが想像していた以上のものが返ってきた。
(これは駄目だ)
ちらり、とエルランドを見ればフェリシアに恐らくだが、みとれている。
ライナスに褒められて、頬を染めながら極上の笑みを湛えているフェリシアは、確かに可愛い。
頭を撫でながら、しまったと思っているとリオンがため息をついた。
「あれをどうするおつもりですか?」
隣国の王子をあれ呼ばわりはどうかとも思ったが、そう言いたい気持ちが十二分に分かるライナスは苦笑した。
「ほっとけ。取り敢えずフェリシアは一人にならないこと」
「え?」
「返事は?」
「はい」
「リオンも。そういうことだから」
「わざわざ煽らないでも良かったのでは?」
「……腹は立つだろう」
「……同じことをしないとは言えませんが」
こそりとリオンが「グレンも壁が高くて大変だな」と呟いたのは、聞こえなかったことにした。




