彼女の事情
誤字を直しました。
ご指摘ありがとうございました。
フィリスが初めて彼女に出会ったのはーー会話どころか挨拶も出来なかったので、一方的に見ただけだがーー彼女がまだ五歳で、名前も以前のものだった時だ。
緊張からか固い表情をした彼女は、太陽の光を浴びて耀く白銀の髪と相まって月の女神を連想させた。
しかし、何故か微笑んだその姿は、エメラルドと評されることになる瞳は光にかざした新緑のような暖かみを持ち、桜色の頬と唇は、愛らしさだけに留まらない何かをすでに持っていた。
可憐な花は、その一身に少年達の視線を集めていた。
そして、そんな笑みを他の誰かに向けた彼女に嫉妬して王子が退席させたのだが、お茶会のあとの控え室では、少女達がノーマークだった伯爵令嬢に対して、言いたい放題だった。
お茶会は子供達の交流を図るとされていたが、そんなのは表面上の綺麗事で、実際は王子の婚約者と学友選びの場だ。
王子の婚約者は公爵令嬢だろうと言われていたし、アーリンの優秀さにその地位を奪おうと目論む愚か者は出なかった。
しかし、王子の学友を選ぶ場でもあるお茶会で、より良い婚約者を掴み取ろうとしていた少女達は、一瞬でいなくなった彼女に正直ほっとしていた。
ほっとすると同時にそんな気分にされたことが面白くないのか、五歳の子供を悪意ある言葉で語り嘲笑う様は、みっともなかった。
フィリスはその嘲笑に関わらないよう、さっさと退室したほどだ。
しかし、少女達はたった数ヵ月後に思い知ることになる。
王子の側近候補のグレンにエスコートされてお茶会に参加した彼女は、少女達が何とか縁を繋ぎたいと願う側近候補の少年達だけのテーブルで楽しそうに談笑していた。
お茶会に出席するなり、王子が周りの目を分かりつつも彼女に話し掛けたのも嫉妬を駆り立てたのだろう。
「そういえばオールポート伯爵令嬢。あ、今はブロウズ伯爵令嬢でしたね?
貴女のような魔力のない方が、何故宮廷魔術師団のブロウズ伯爵家に行かれたのかしら?」
彼女の魔力が低いことは、どこからか伝わってきていた。
初めて彼女がお茶会に来たその日以降、あちこちから流れてくる彼女の噂を皆で嘲笑うのが、お茶会のあとの控え室の常になった。
正直馬鹿らしいとフィリスは毎回さっさと退室していた。自分よりも四歳も下の女の子をいじめるなんて矜持が許さなかった。
だからこの時も、周りの令嬢子息がクスクス笑う中、思わず顔をしかめていた。
(なんてみっともない)
フィリスには、こんなことを言ってしまう愚かさの方が失笑ものだった。
だからこの次のお茶会で、グレンと彼女が婚約したと知っても納得出来た。
少女達が悔しさに身を焦がしていても、貴女達では似合わない、と逆に思ったほどだ。
そんなお茶会も、王子がアーリンと、ヴィンセントがベリンダと婚約したその年を最後に開かれなくなった。
まだ一人残っている側近候補筆頭のマシューを狙う少女達とその家は、なんとか婚約出来ないかと色々していたようだった。
なぜそんな事を知っていたかと言うと、王宮でのお茶会がなくなっても、同年代で集まりましょうという名の牽制の場が、お茶会として開かれたからだ。
お茶会という名の噂話の場は、誰かの失敗を語る場になっていた。
そんな中、フィリスはマシューと婚約することになった。
爵位が合うから、と親には説明されたが、次のお茶会の居心地の悪さは言葉に表せないほどだった。
みんなフィリスを見下していたのだ。
小さい頃から体が大きく、可愛いものが似合わない。
兄の影響で剣術を学び始め、鍛練は外でやるため日に焼け、手には豆が出来た。
剣術など子供の内はあまりないが、それも直ぐにいやというほど男女差を思い知る。
以前は勝てていた少年達から、所詮女はそんなものだ、と鼻で笑われた。
フィリスは頭が良い方だったが、それはそれで可愛いげのない女だと、嫌がられた。
そんな規格外の女の子が、最後の側近候補の婚約者になったのだ。嫉妬に荒れ狂う少女達からの嫌がらせは、爵位ゆえに表立ったものはなかった。裏では色々されたが。
そんなものは、なんでもない。
しかし今のこの状況は、今まで受けたどんな嫌がらせより、心を抉り取られる。
「フィリス、何を見てるの?
……ああ、あれね」
窓から中庭を見下ろしていたフィリスの隣に、例のお茶会からの知り合いーー隣の令嬢は友人と言うかもしれないがーーシンディーがため息をつき、フィリスの視線の先の二人を見た。
彼女とマシューが仲良く歩いている。
この学校は、男子には制服がある。将来、文官・武官どちらに成るにしても、正装が必要な場面があるので慣れさせる意味がある。
一方女子には、基本となる質素な紺のワンピースはあるが制服はない。華美なものは禁止されているだけだ。
しかし、わざわざ質素なワンピースを趣向を凝らして作る令嬢はいないため、基本のものをそのまま誂えて着ている。実質制服となっていた。
くるりと振り向くとハーフアップした白銀の髪と紺のワンピースの裾が風に躍り、彼女をより一層可愛らしく見せる。
その側の自分の婚約者と、とてもお似合いのパートナーみたいだ。
「婚約者がいながら他の異性にまで媚び売って。何を考えているのかしらね」
「媚びなんて売ってないでしょう」
フィリスは苦笑した。あの程度でこの言われようは可哀想だ。
「そんな余裕な態度でいいのかしら?」
「大丈夫よ」
本当は大丈夫ではない。
自分の婚約者と彼女が一緒にいる場面を見たくないがために去年から留学したのだが、嫌な想像が膨らみ、その暇を作り出さないように勉学に集中した結果、留学期間が半年減るという嬉しくない誤算が生じたのだ。
なので先日から学校に復帰となった。
(ああ。グレンがやってきた)
彼女は婚約者に蕩けるような笑みを向ける。グレンとマシューでは、向けられる笑みが違う。
それを知ることが出来たので、多少は心配が減った。
なのに。
「本当に大丈夫?」
なぜシンディーが、こうも心配してくるのか分からない。しつこさにうんざりだ。
「大丈夫よ」
「……そう」
うっかり弱音を吐けば、どこで何を言われるか分からない。
どちらかといえば、大丈夫ではないのはそっちの方だ。
ふと中庭に視線を向けると、婚約者と目が合い手を振られた。
軽く手をあげると、グレンと彼女もこちらに視線を向けーー花開いた彼女の笑みは、可愛く可憐で、そして泣きたくなるほど綺麗だった。




