9 作戦
奇妙たち一行は、岩村の城下を歩いていた。
日本の中央を東と西を結ぶ街道である。山間のため、城下の町並は、宿場が多く見受けられた。
「さぁーて、関所をどうやって越える」
氏郷が奇妙に聞いた。岩村は、織田家の付随国で在ったのだが昨年、武田に攻略されており、今や武田方なのである。
「何も関所を通らなくても山越えすりゃあいいだろう」
その答えに、氏郷が奇妙を向いたまま後ろを指差した。
「やーよ! 山ん中歩くなんて!」
「…………」
妹のわがままに奇妙は、どうしたらいいかと頭を抱えた。
「お前は、織田家の跡取りだ。手放しで、武田領をうろつかせて貰えるとは思えん。捕えられたら、松殿に会うどころじゃないだろ!」
友の不安を代弁するように氏郷が言った。
「確かにな、いくら俺が織田家と縁を切ったと言っても、そんな理屈が武田に通用するとは思えないしな」
「とにかく、お前の素性が知れるのは不味い。普通に考えて、お前を人質にして、交渉に使うだろ! 親父殿が交渉に応じるとは、思えん。そうなると最悪、信玄に首を取られて岐阜に送られるかも知れないんだぜ!」
「俺の首にそんな価値があるのかね?」
「相手は、あの信玄公だぜ! 城攻めでは、敵兵の首を城の周りに並べて、城兵を脅すような奴だぜ! それに、この前の三河攻めでは、従わない寺の僧たちを皆殺しにしたってじゃねーか!」
「戦なんだから、普通だろ」
と、奇妙は返したが、少し考えて、
「そうだな、とにかくここで、囚われるのは不味い。松殿に会うどころじゃないな」
二人の間に沈黙が流れた。
「よし! ここは、旅人を装うとしよう!」
拳と平手を打ちながら、氏郷が名案とばかりに言った。
「単純すぎないか?」
「裏の裏ってやつよ、まさか織田の若君が女連れで甲斐の国に行くとは、誰も思うまい」
「そうだな………よし! その作戦でいくか」
奇妙は少し考えて、心を決めたようである。
「そうと決まれば、関所で怪しまれ無いように、打ち合わせをしておくか!」
「ああ。そうだな」
と、奇妙が頷くと、五徳とせんの方を向くと、
「お前ら聞いてたか? 怪しまれないように打ち合わせ・す・る・ぞ・・・」
奇妙と氏郷の顔に影が入って言葉がとまった。
(…………怪しい…………)
二人の心を同じ文字がよぎった。
その視界に在るのは、見慣れない南蛮風の馬車に高価な着物の少女が二人賭けているのだ。
「どうするよ! 奇妙! 怪しむなって言う方が無理だろう」
「ああ……確かに……」
奇妙も次の言葉が出てこない。
「なによ、何か文句あるわけ?」
五徳が、不満げに言った。
「いいじゃない、旅するお嬢様と下僕の二人で」
「そのままじゃねーか! ……って俺は下僕なのか……」
奇妙は、思わず突っ込みを入れたが、せんが、
「さすが五徳ちゃん! 超めぃあぁーん!」
と五徳の肩を持っている。
そこに、黙って聞いていた氏郷が、
「おお! それで行こう!」
と、言った。そして、
「要するに、奇妙! お前の素性がバレ無ければ良いわけよ! 裏の裏は、表ってやつよ」
「上手く行くのか? それ」
「何事も突撃あるのみよ!」
―――奇妙は、一瞬ポカンとしたが、
「あははっ! お前らしいな」
氏郷の豪快な言いっぷりに、笑った。そして、
「呼び名くらいは、考えておくか? ――うーん」
と奇妙は、思案しだしたが、思いついたように、
「俺は、勘九郎な! お前は、忠三郎、五徳にせん、これでどうだ」
「そのままじゃ、ねーか!」
今度は、氏郷が突っ込みをいれた、そのまま、字なのだ。
「あははっ、裏の裏は、って奴だろ!」
「ちょっと違う気もするが……よぉぉぉし! いざ突撃だ!」
「おーーー!!」
氏郷が、いつもの調子で元気よく言うと、皆がそれに続いた。
歴史紹介
武田信玄の三河攻めのおり従わない寺の僧を皆殺しにしたのは、当時を伝える伝記を元にしました。
たしか、逃げ出した僧は滝まで追いつめて切り伏せたとか、川が真っ赤に染まったと書いてありました。
記号について。
「怪しまれないように打ち合わせ・す・る・ぞ・・・」ですが、本来は
「怪しまれないように打ち合わせ……す……る……ぞ…………」とするのが、正しい使い方なのですが、よりコミカルな場面の臨場感を表現できないかと考え、前者にしてみました。
漫画で言うなら、白けた目で髪の毛にでっかい汗が一滴ある感じで、・・・・アホゥとカラスが鳴いているかんじでしょうか。 お試しということでご了承願えたらうれしく思います。