8 旅路
東へと向かって三日、一行は、岩村領内へと近づいていた。
春と呼ぶには、まだ肌寒さを感じるが、穏やかな日差しが一行を包んでいた。
馬車に揺られている五徳は、うとうとして、せんの肩に持たれている。
せんが五徳を見ると、
「五徳ちゃん、よだれ! よだれ!」
「んー・・・」
何ともま抜けな顔を起こした。
せんが布で、よだれを拭ってやると。
「あいがと・・・・」
と言ってまたせんの肩に頭を持たれて寝てしまった。
氏郷は、馬車を引く馬の手綱を持ちながら、隣の奇妙に話かけた。
「今頃、岐阜では騒ぎになってんだろうな」
「そうか? 親父がそんなに騒ぐかね」
「まぁ、親父殿はともかく、みんなお前に期待してるんだぜ。親父殿の天下布武、それを継ぐのはお前だろ?」
「なぁ、氏郷。天下ってなんだろうな? そんなに大事な物だと思うか?」
「そりゃぁ、お前……」
と氏郷は言うと突然笑い出した。
「ははははは! お前は、器が大きいのか小さいのか判らんな」
「何だよ! バカにしてんのか?」
「あはは! すまん、すまん。天下を守ろうという、親父殿も大物だが、天下に興味の無いお前も、大物だと思ってな」
そう言うと、氏郷は親友の肩をポンポンとたたいた。
天下とは、京の都の周辺、伍畿内をさす。信長は、天下布武を掲げ、都の治安を守っているのである。
「天下、天下って、親父はチヤホヤされていい気に成っているだけだろ」
「お前なぁ、天下の治安を守るなんて、誰もが出来る事じゃないぜ!」
「将軍に良いように利用されて、まったく馬鹿だっての」
「だから、おまえなぁ……」
氏郷は、もっと自覚を持てよと言いたげであった。
――氏郷の言うように岐阜の屋敷では騒ぎになっていた。
話題は、五徳であった。
岡崎に帰ると出て行った、五徳が居なくなったのだ、奇妙について行ったのだろうという事は、容易に想像できた。
それには、信長は、慌てふためいた。父親として、娘の事は心配なのであろう。
「すでに、三日か。岩村のあたりか……」
「うちの娘も一緒だとか……まったく今どきの女子は何を考えているのかわからん……」
そう頭を抱えたのは、せんの父親の池田恒興である。
恒興は、三十六歳。信長より二つ下であるが幼少より共に育った親友である。
「すまん、恒興。うちの娘が誘ったのであろう」
と、信長が返した。
そこに床をガンとたたく音がした、
「御一同、申し訳ない!もし御息女方に何かあったら…………ここで腹を切って詫びまする!」
そう言ったのは、蒲生賢秀である。氏郷の父親だけあって、熱い男である。
その真剣な目つきと物言い、本気で有ろう。
「い……いや……そこまでしなくても……」
こいつ暑苦しいな、といった感じで、信長が返した。
賢秀は三十八歳。信長と同じ歳で妙に馬が合う友であった。
「まぁ、気にするな、信玄ほどの者だ、女子に手をかける事はあるまい」
と言い、少し考えて。
「恒興、信玄に文をだせ!」
「なんて書くんだ?」
「うちの娘が遊びに行ったようだ、良しなに頼む! 京の片隅にいる信虎殿の面倒は、任せてほしいとな……文と一緒に色々と土産を見繕って送ってやれ」
「奇妙の事は、どうする」
恒興は、答えが解っていたが一応聞いた。
「私より、貴殿の方が好きなようだ、煮るなり焼くなり好きにしろ!」
「なんだ、お前、信玄に妬いてるのか?」
恒興が面白いと、突っ込んだ。
「そんなわけあるか!? バカ息子の面倒は見きれん。伊勢から、茶筅に三七を呼べ!」
「二人はこの前、伊勢に帰ったばかりだろ」
奇妙の弟たち茶筅に三七は、共に元服の儀式を行うために、先月まで岐阜に居たのである。今は、信雄に信孝と名乗っている。
「織田家の跡継ぎを決める。呼び寄せろ!」
賢秀は、真剣な目つきで黙って聞いていたが、
「申し訳ない、ここで腹を!」
「だから、お前! 暑苦しいぞ!」
信長の突っ込みに、
「アッハハハ!」
恒興は、豪快に笑った。
記号について。
「んー・・・」「あいがと・・・・」は、
「んー……」「あいがと…………」と、するのが正しいのですが、寝ぼけた間抜けな感じが前者の方がより伝わりやすいかな?と思いまして、お試しで使用してみました。
記号の使用につきまして、11話の後書きにて、もう少し詳しく説明しています。
歴史紹介
この当時、武田信玄の父、信虎は京都での片隅で暮らして居たと甲陽軍艦に登場します。
武田家と敵対関係になっても信長はこの信虎を人質や交渉に使うなどしませんでした。戦国武将の矜持、プライドを感じる好きなエピソードです。
ブックマークして頂いた皆様。それに評価までして頂いた皆様。
本当にありがとうございます。
何がなんでも、最後まで書きますので、これからも宜しくお願いします。