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7 旅立ち

 翌日――少年は、岐阜から甲斐の国への旅路に有った。

 奇妙きみょうは、昨日、日の暮れかかった城を後にして、旅路についた。誰も止めに来なかったのは、信長の命令で有ろう。

 岐阜の町外れの宿場に宿をとり、朝からまた旅路についたのである。

 既に日差しは、頭上に差し掛かろうとしていた。

 奇妙は足を止め、空を眺めた。

 心を決めてしまえば、なんと清々しいものか、と思った。

 歩き出そうとすると、奇妙の後ろから馬の賭ける音が聞こえて来た。

 ひずめの音は、奇妙の横で止まった。

「おい! お前本気か!?」

 馬上の少年が声を掛けた。氏郷うじさとである。

「本気で甲斐の国に行く気かよ?」

「あぁ……本気だよ」

「あははは! おもしれぇ! お前が行くなら俺も行くぜ」

 氏郷は馬から飛び降りて、拳を、握ってみせた。

「いいよ。これは俺の我がままだ。氏郷まで付き合うことは無い」

「何言ってんだ、兄弟! みずくせぇ。俺たちは、一心同体だろうが! それに武田信玄と言えば、天下の名将だぜ! その信玄の率いる武田軍、城の造り、見てみてー!」

 氏郷の軍事好きは、奇妙も知っている。氏郷は、いつも宴会の席では、武将達の戦話を、あれやこれやと質問をしながら、熱心に最後まで聞いているのだ。

「お前なぁ……お前に何かあったら、冬が悲しむぞ」

「ああ……そのときゃ、あの世で仲良くやるさ!」

 一瞬うつむいたが、豪快に返した。意志は固いようである。

 

 二人が、そんなやりとりをしていると目の前に馬車が止まった。

 馬車と見慣れない物だが、二頭立ての馬で引く荷車を人が乗れるようにしたものである。それは、座席と屋根があるだけで、囲われた物ではなく、風とうしは良いが、歩くよりは、快適な物である。

 馬車というだけで珍しいのだが、これが南蛮風で更に珍しい。

 奇妙は、この乗り物を知っていた。

 父親が、南蛮の商人から珍しい物を買い集めた一つであったのだ。

 もしやと思った―――その時。

 二人の少女が視界に入った。

 その一人が妹だと分かるのに時間はかからなかった。

「まったく、いい歳して家出ですって! 情けない」

 五徳ごとくが、バカじゃないかしらといった具合に、そよ風になびくく髪を抑えながら馬車から下りて来た。煌びやかな着物と五徳の美貌が、相まってさながら、田舎道に舞い降りた天女の様である。

 そこへ隣の少女も馬車を下りた。五徳の後ろからヒョイッと出ると、

「にゃはは! 私もお供しまーす。よろしく!」 

 元気に顔の前で指を二本立てて楽しそうである。

「せ、せん(・・)ちゃん」

 奇妙がせん(・・)と呼んだ少女は、池田恒興の娘ので、五徳とは同じ年の十五歳である。

 その少女にも驚いたが、奇妙はその内容が気になった。

「お供しますって?………」

「私たちも行くのよ、ねぇ、せんちゃん」 

 五徳がせんに可愛く言った。

「お兄様が心配なんですよ」

「そんなわけ、有るわけ無いでしょ!」

 五徳が赤くなって慌てて返した、

「にゃはは! 五徳ちゃん、可愛い」

 せんは、五徳のほっぺをツンツンしてから、

「五徳ちゃんと旅なんて楽しみー」

 と、片手をあげて喜んでいる。

「せんちゃんまで! 遊びに行くわけじゃないんだぞ!」

「にゃはは! 心配ご無用! 危険が迫ったら私の鉄砲で切り抜けるから心配しないで」

 背中に紐でくくり付けていた鉄砲を構えて見せて、バンと口で真似た。

「あああ、なんか余計に心配になってきたぞ………」

「えぇー、私の腕を疑ってるの」

「そうゆう事じゃねーよ」

 奇妙は、楽観的に考えすぎだと、言っているのであろう。  

「おい! 氏郷も何とか言ってくれよ」

「いいじゃないか奇妙、旅は道ずれってやつよ!」

 そこまで言うと、せん(・・)に背を向けて、小声で、

「それに、あのムチムチ感! たまらん!」

 胸の前で両手を揺すってみせた。

「ちょっと、あんた達! 何コソコソしてんのよ」

「いやーこっちの話で、ははは」

 氏郷が軽く笑って見せた。


「とにかくだめだ! 直ぐに帰るんだ!」

「なんで、あんたの指図を受けなきゃいけないのよ」

「こっちは、心配してんのに何だその言いぐさは、お前は、姫様かよ! ………って姫様か………」

「ハッハッハッ。そのやり取り懐かしいぜ」

 氏郷は、声にだして笑っている。奇妙と五徳の定番のやり取りなのであろう。

「私も一緒に行ってあげるって言ってんのよ。ありがたく思いなさい。それにあんた、銭は持ってるの?」

「うっ………」

 奇妙は、返す言葉が無い。確かに奇妙の持っている小遣いは、昨日の宿で半分以上使ってしまった。

(こいつ痛いところをつきやがって)

 確かに、五徳の言うとおりである。銭が無ければ、甲斐の国へ行く前に、飢え死にするのが落である。かといって今さら帰るわけにもいかない。

 奇妙が考えて居ると、

「ほらっ!」

 五徳が、誇らしげに、懐から巾着袋を取り出すと、中身を掴んで二人に見せた。金塊である。それを見た、氏郷は、唇を鳴らした。

「五徳、そんな大金どうしたんだ」

 さすがに奇妙も驚いた。奇妙も持ったことが無いような大金であったからだ。

「お父様に貰ったのよ」

 そんな大金を貰っても、当たり前のように軽やかに答える五徳は、さすがに天下の姫様といった感じである。

「親父め! 俺の扱いと全然違うじゃねーか」

 奇妙にしてみれば、たまに貰う文房具代を貯めて、松姫への贈り物も買っていたので、そう思う気持ちも自然といえよう。

「まぁ、義父おやじ殿も娘が可愛いってことさ、決まりだな、奇妙」

「俺は、どうなっても知らねーからな」

「それじゃ皆いいわね! いざ甲斐の国へ出っぱーつ!」

「おー!」 

 五徳が、高らかに号令をかけて、氏郷とせんがそれに続いた。

 奇妙だけは、相手に出来んと言った感じで、一人歩き出すのであった。






戦国一言紹介

池田せんの年齢については分かっていませんので、近いと思う範囲で決めさせて頂きました。

この当時考えられる年齢として、「父18の時の子として←20歳~12歳→弟たちの1歳上」です。

せんの父が、信長の2歳下なので、父23歳の時の子で、五徳と同じ15歳とさせて頂きました。

今で言うと、14歳になる歳、中学2年生の設定です。


氏郷が、先輩武将達の話を夜遅くまで聞いていたというのは、当時を伝える伝記を元にしています。


当時の日本に馬車はありません。今回は、信長が南蛮の商人から買った珍しい物として登場させています。

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