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6 決意

 部屋に戻った奇妙は、怒りにまかせて旅支度を始めた。本気で甲斐の国へ行く気であろう。

 親父に怒りをぶつけたが、自分でもそれが八つ当たりだという事は分かる。信長でも状況を変えることはできないのである。ましてや、自分が、どうこう出来る状況ではない。

 だが、十七歳の少年にとって、ただ受け入れる事も出来ない。やり場の無い怒りが心を占めていた。

 少年にとっては、天下の事、織田家の事、武田家との関係よりも、今まで育んだ恋の方が大切であった。


(ひと目、松殿に会いたい)

 奇妙は思った。

 そして松殿もきっとそう思って居ると奇妙は思った。

 五年間、文のやり取りだけであったが、心は通じていると少年は思って居る。

 松殿の母親が亡くなったおりは、奇妙も心を痛め何とか力に成ろうとした。そばに居てあげたかった。

 奇妙の母親の亡くなったおりも、松殿励ましの言葉は今も胸の中に在る。

 お互いに、幼くして母を亡くし、松殿の寂しさが自分の事のように思う。きっと松殿そう感じていると奇妙は思っているのだ。

 

 文のやり取りだけであったが、二人は、会える日を夢見ていたのだ。

 両家の関係が良好で有れば、今頃は、松殿と祝言を挙げて暮らしていたであろうと奇妙は思った。

 婚約当時、松殿は七歳で幼いという事もあり、武田家では、奇妙殿の妻、お預かりとされ、信玄の住まい躑躅ヶ咲の館の隣に屋敷を立て、新館御両人として暮らしているという。

 今は、十三歳になる。十三歳と言えば、嫁に行くには丁度良い年頃である。

 奇妙は元服し、松殿は十三歳になった、あと一年、いや半年、両家の良好な関係が続いたなら……と奇妙は思った。

 少年と少女の願った、もう一つの可能性は夢と消えたのである。


(だから何だというんだ!)

 奇妙は、旅支度をしながら自分に言い聞かせた。

 今までの想いを、はいそうですかと、捨てることなどできない。会ってどうするのかなんて分らない。とにかく会わねば、と奇妙は思った。

 十七歳の少年の行動としては、自然な物であったかもしれない。

 身の回りの物だけを袋に入れて背中に縛り付けると、婚約者に送ることが無かった文に、金細工のくしを包むと懐に入れた。

 

 最後に立てかけてある太刀たちと、脇差を手にとった。

 この太刀と脇差は、松姫との婚約の祝いに、信玄が婿むこである奇妙に送った品である。

 太刀の名は、郷義弘ごうよしひろという。

 義弘と化け物は見たことがないと言われるほど希少な名刀である。

 脇差の名は、大安吉おおやすよしという。

 一般に左文字と言われる名刀であるが、大とつく所から、初代左安吉(さのやすよし)の作。もしくは、初代の様に優れた名品であろう。


 奇妙は、太刀をさやから半身抜いて刀身を確認する。

 

 鋼は、奇妙の心を映すように激しく輝いている。

 

 意を決するかの如く、勢いよく太刀を鞘に納めると、奇妙は部屋を後にした。






歴史一言紹介

奇妙と松が、五年間の文のやり取りについて。

織田家と武田家は、贈り物を度々していますので、その時に、文を添えている可能性はありますので、頻繁にとはいかなくても年に数回のやり取りがあった可能性は高いと考えられます。


このエピソードの出所について、当時の伝記に記載があるのをご存じの方おりましたら、是非ご一報頂けたら嬉しく思います。


奇妙の太刀、郷義弘(号義弘)と大安吉が、松姫との婚約の折り、武田信玄から送られたというのは、当時を伝える伝記に登場します。

さすが、信玄の贈り物だけあって、凄い太刀です。



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