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5 評定

 奇妙と氏郷は、出店を見て回るという五徳と冬を城下に残して、城内の屋敷に来た。

 評定の開かれる屋敷の入口に二人が行くと、

「皆様、揃われていますよ」

 と小姓が声を掛けて来た。

「いっけね! 奇妙急げ!」

「ああ……」

 慌てた様子で、氏郷は屋敷に上がって行った。

 奇妙は、返事はしたが、慌てた風もなく氏郷に続いた。

 

 二人が広間に行くと、織田家の名だたる家臣達が一同に会していた。 

「遅いぞ!」

 奥の一段高い所に座る信長が一声かけた。

「ハッ。申し訳ございません」

 氏郷は、一礼すると、入り口近くの下座にすわった。

 続いてやって来た奇妙は、何も言わずに、居並ぶ家臣の間を歩いて、信長の左隣に座る。

「これより評定を始める」

 筆頭家老の柴田勝家の号令に、一同が礼をした。

 信長は、一同を見渡すと、

「本日は、他国の情勢と今後の方針について話したいと思う。まずは秀吉、近江の情勢を述べよ」

「ハッ、昨年同様、浅井長政の居城、小谷城の正面、虎御前山にて陣を張っておりますが、北の朝倉義景が浅井に協力していることもあり、依然、膠着状態こうちゃくじょうたいが続いております」 

「うむ。次は村井、京の情勢を申せ」

「先月、我らに敵対した将軍義昭公は、二条御所で挙兵したままです。その他の勢力、本願寺、三好三人衆、三好義継に松永久秀、六角義賢、いずれも我らに敵対の構え」

「一益、三河の情勢と信玄について申せ」

「昨年より、三河の白須賀しらすかの毛利殿、吉田に稲葉殿、山中に我ら、滝川勢、総勢三万にて守備しておりますが、信玄は、長篠城を動かない様子でございます」

 一同の間に重苦しい空気が漂った。

「八方塞がりか、どうしたものか……」

 池田恒興が情勢を総括するようにつけたした。

 

「いちいち、面倒くせー! 端からぶっ潰そうぜ!」

 その場の空気を断ち切るように吠えたのは前田利家である。

 氏郷は、その様子を、さすが前田殿といった眼差しで見つめている。

 秀吉がそこに口を挟んだ。

「お前は、今の話を聞いていたのか、敵方に西と東から挟まれている、軽はずみに動ける状態ではない!我ら織田家存亡の危機だぞ!」

 信長は、腕組して諸将のやり取りを聞いていたが、

「ハハハッ! 存亡の危機か! 面白い!」

 と、軽口を立ててから、

「村井! 将軍には、和平の件、重ねて申し入れよ」

 言うと、信長は、一瞬鋭い目つきをすると、

「やはり脅威は、信玄の奴か……面白い! 奴が西に動いた時には、俺が二万五千の兵を連れてでる。家康も出撃するだろうから、三河の中央で囲んで袋叩きにしてくれるは! ハハハッ!」

 重苦しい空気が一変した。諸将も、そうじゃ! そうじゃ! と騒ぎたてた。

「ちょっと待ってくれよ! 武田と戦うってのかよ!」

 キッパリと異論を唱える若者の声が響いた、奇妙である。

「俺は、反対だ! 武田と直接、いくさになってない今なら、事無く和平が出来るんじゃないか?武田に備えるより、今は、各地の大名を煽っている将軍を服従させる方が先決だと思う」

 首謀者の将軍を抑えれば、各地の敵対勢力は、散り尻になると言う意見であった、家臣達の中にそれも一理あるという空気が流れたが、奇妙の意見を後押しする者はいなかった。

 

「若! 心配は、いらねーよ! いかに信玄でも、俺達は負けねぇ! 安心しろ!」

 利家が堂々と奇妙にいってのけた。

「利家、相手にするな。こいつの言っておるのは、女子おなごのことじゃ」

 少々馬鹿にしたような、信長の物言いに奇妙は向きになった。

「だいたい、あんたが将軍を野放しにしてるから、こんな事になってんだろ! 挙兵までして立てこもってるってのに、和平だ!? 甘いんじゃねーのか?」

 奇妙が、こんな事と言うのは、信玄や諸大名の敵対行動の事である。

 それは、将軍、足利義昭が織田家排除を呼びかけた事に対して、呼応したものであのだ。

 

 奇妙の論説はある意味正しいのだが、この言い方には、信長が怒鳴った。

「俺が将軍にしたんだぞ! その俺が将軍を討てるか!」

 その場の皆が、奇妙の将軍鎮圧に沈黙したのは、まさにこれである。

 自分が奉じた将軍を、自分で討ったとあっては、何とも間抜けな話である。

 信長自身も、自分のやって来た事は、いったい何だったのだと、否定したくない気持ちは、有るのであろう。

「お前は、天下の事を何だと思っている! 女子おなごの事如きで若造が口をはさむむでない」

「なにが天下だよ! 頼まれたら、はいはいと、いいように利用されて、裏切られてりゃ世話ねーや! 人がいいと言うか何というか、アホじゃねーのか」

 奇妙は、信長の痛い所を遠慮もなく突いた。

 息子に言われて、父親も黙ってはいない。

「ハッハッ! 奇妙! お前は、天下の事よりも、信玄の娘が大事か? いつまでも未練たらしく女々しい奴め! 文のやり取りだけでは想いは募るばかりってか?!」

「ああ! 俺は、松殿に会いたいよ! まめに文を出せって言ったのは、あんただろうが! それを、突然辞めろって言われても納得できるかよ、俺達の五年間は何だったんだ」

 声を荒げて父親に食ってかかった。

 

「何ども同じことを俺に言うんじゃねぇ! 信玄に言え! 信玄に!」

「ほぉう。だったら、そうさせてもらうよ、あんたに頼んでもらちが明かないからな」

 売り言葉に買い言葉であるが、奇妙の目は真剣である。

「若! 無暗な事を言うもんじゃない!」

 慌てて、二人の会話に入ったのは、奇妙の世話役の川尻秀隆である。

「俺が、信玄公と話を付ける。俺が自分でやるなら誰も文句は無いだろ!」

「そう言う問題ではない!」

 川尻は、奇妙を心配して諌めようとした、そこへ信長が割って入った。

「お前が武田に行っても、捕らえられて首を跳ねられるか、交渉のネタに使われるのがオチだ。軽率な行動が皆に迷惑が掛かるとは思わんのか? 織田家の嫡男なら、女子おなごの事より、家の事、天下の事を考えたらどうだ!」

「天下! 天下! ってうるせーな! 天下だの織田家だの俺の知った事か! こっちは押し付けられて迷惑してんだ!」

 感情に任せて出た言葉であるが、奇妙にしてみれば、たまたま生まれた家の境遇であって、奇妙が望んだ物でないのも事実かもしれない。

「奇妙! 言い過ぎだぞ!」

 秀吉も奇妙を諌めようとしたが、奇妙は頭に血が上って聞く耳を持たない。

「そんなに迷惑なら、この織田家から出ていけ! お前が居なくても、茶筅も三七も居るからな」

「ああ! そうさせてもらうよ! これでせいせいするぜ!」

 奇妙は、バッと立ち上がると、広間をズカズカ出て行った。

「御屋形! 良いのですか?!」

「いちいち子供の我がままに付き合ってる暇はない、放っておけ」

 秀吉は、信長を見たが、取り付く島はなさそうであった。





歴史一言紹介

元亀四年三月当時の織田家包囲網を史実で言われるとおり書いています。

滝川一益の語っている、三河の情勢については、一般的にあまり知られてないと思うのですが?これも当時の言い伝えにあります。言い伝えという域を脱しませんが、私は、大いに在りうると考え採用しました。

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