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42 武田の追手


 作業を終えた奇妙と源助は共に家路へとついていた。

 源助の家に近づいた時のことである。

「松!」

 奇妙は、声に出すと同時に走り出していた。

 松の前には馬を従えた者が二人いた。一人は侍の出で立ちであり、もう一人は巫女装束(しょうぞく)の女性である。しかも松と揉めているではないか。

(しまった! 武田の追手か!)

 全速力で奇妙は駆けた。

 松が、男に掴まれていた腕を振りほどいた所に、奇妙が割って入ると持っていたくわを構えた。と、同時に驚きの声を上げた。

「盛信!」

 そこに居たのは、飯田で別れた仁科盛信である。

「おう! 官九郎か」

「盛信! ここは見逃してくれ」

「はぁ。そんなわけにいくか。……帰るぞ、松!」

 盛信は、奇妙の構えた鍬などお構いなしに松の腕を掴もうとする。

「嫌です! 私は帰りません」

 松は、盛信の腕を払いのけた。

「そんな、わがままが許されると思うのか!」

 盛信が松に詰め寄った。

「私は奇妙様と行くんです」

「聞き分けの無い奴め!」

 盛信が声を荒げると、無理やり松の腕を掴もうとする。そこに奇妙が割って入った。

「貴様! 武田家の家臣でありながら、姫君に無礼であろう」

 奇妙は、盛信の態度を見かねて、声を荒げた。

「はぁ。お前何を言っているんだ」

 盛信は、意に介した様子はない。

「見逃せぬというのなら……」

 奇妙は、くわを構えた。

「ふん。それで俺とやろうってのか! 織田家の嫡男が、この様なうつけ(・・・)とは……いいだろう、覚悟はいいか」

 盛信が、太刀を抜いた。

 一連の出来事を、千代女は、

「やれやれ」

 と、腕組しながら見ていたが、ふと、視線を感じて振り返ると村人と目が合った。村人は、家の陰から騒ぎの様子を見ていたようであるが、千代女と目が合った瞬間身を隠した。

 千代女は不審ふしんに思った様子であったが奇妙と盛信に視線をもどした。


 こちらでは、二人が太刀とくわをかざして間合いを詰めている。

 松は、焦っていた。決して二人が争う事を望んでなどいないのだ。

 慌てて二人の間に、飛び出すと盛信の前に両手をひろげた。

「止めて!お兄ちゃん!」

 松が叫んだ。

「………………」

 奇妙は、松の言葉を瞬時には理解できなかったようである。

「お兄ちゃん……!?」

 奇妙は松の言葉をなぞっただけである。

「……盛信……お前……五郎兄様……」

 やっと、状況を理解したのか、奇妙がつぶやく様に言った。

 松の手紙で兄が居る事は知っていたし、その名も知っていた。しかし、仁科盛信が武田五郎であるとは、思いもしなかったのである。

 

 そこに、源助がようやく駆けつけて来た。家からは、松が居なくなったことに気が付いたお竹が走って来た。

「どうしたんでぇ」

 揉めている様子を見て、源助が声をかける。

「あっ。私のお兄ちゃんです」

「この者たちは……?」

 盛信が松に聞いた。

「この方たちの所にお世話になって居たんです」

「そうか。――妹が世話をかけたようだな」

 盛信が礼を言った。

「立ち話も何だから、うちへどうぞ」

 お竹が声をかけた。既に辺りは暗くなり始めている。

 太刀を収めた盛信が奇妙を見ると、

「官九郎。親父が、お前に会いたいそうだ」

 と、言った。

 

 皆が源助の家に入る時、千代女が盛信に声をかけた。

「私は少し気になる事がありますので……」

 そういうと、風のように夕闇の中へ消えて行った。

 

 気配を消して闇の中から千代女が見ている物は、山の方へ歩いて向かう男の姿であった。

 物音も立てずに千代女が男の背後に近づくと短刀を男の喉元に突き立てた。

「動かないでくださいまし。動かれましたら……ふふっ」

 男は動かなかった。千代女の言葉は柔らかであったが、それがより一層この女の狂気を感じさせたのだ。

 男の背筋に汗がにじんだ。ゴクっと唾をのみ込んだ瞬間、縄が宙を舞ったかと思うと男は縛り上げられていた。


 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 奇妙と盛信のやり取りがおもしろいです。 [気になる点] 続き、書いてもらいたいのですが・・・ [一言] 応援しています!執筆を再開して頂けたら、ブックマークに登録させて頂きます。
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