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36 追われる者達

 昌続は側近の者達を集めると、逃げ出した奇妙達を追うために、全速力で馬を走らせていた。

 目前に騎兵が五人程見えた、先に飛び出して行った惣藏たちである。

 しかし、その歩みは遅い。

「何をしている! 何故捕えぬ!」

 昌続が惣藏の横まで来ると問いただした。

 見れば馬車との距離はかなりある。

「兄上、それが……」

 惣藏が答えようとしたがその答えは、直ぐにわかった。


「お前ら! それ以上近づいてみろ! 姫君の命はこれまでよ!」

 氏郷が、馬車の荷台で松を抱えて脇差を突き立てながら、馬鹿でかい声でどなり散らしていた。

「ちょっと、うるさいわね!」

 耳元で怒鳴られて、氏郷の顔を遠ざけようと手で押しているのは、松の羽織を着た五徳であった。

 氏郷が腕に力を込めた。

「だから近いって!」

 五徳が赤い顔でもがいている。対する氏郷は、離すまいと五徳を掴みなおした。

「ちょっ、あんた、何処触ってんのよ!」

 今度は、五徳に殴られている。

 氏郷も、顔を赤くしながら必死である。

「近づくんじゃねぇ! こいつを殺して俺も死んでやる!」

 五徳の反撃もお構いなしに、氏郷がまくし立てた。冷静に聞けば、おかしな言動だが、その迫力には、鬼気迫るものがあった。

「貴様! 姫君から離れろ! この蛮行、貴様の命などではあがなえぬぞ!」

 惣藏がその様子をみて、声を上げた。

 嫌がる五徳の行動が功をそうしたのか、遠目からは本物の松に見えていた。

「兄上! どうします?」

 昌続は、苦い顔をしたきり何も言わなかった。

 いや、言えなかったと言った方が良い。信玄公の姫君である。無理な行動に出て、もしもという事など有ってはならないのである。悔しいがここは相手に従うほかない。

 


 追われる者と追う者達は、つかず離れず街道を進んで行く。

 日が落ちかけた頃、一行は先日の村に差し掛かった。

 まだ焼け焦げた匂いは消えてはいなかったが、家々からは夕食の煙が登り生活の様子はうかがえた。

 一行が村の街道に差し掛かると、村人達がざわついた。街道に居るものは、足を止めたし、戸口を開けて外の様子を見ている者もいた。

「どうなされたのですか?」

 馬車に駆け寄り声を掛けたのは、前日世話になった宿の女将おかみである。

 せんが一端、馬を止めると、

「色々あってな……」

 氏郷が答えた。

 女将は、聞きながら後方の騎馬を確認した。

「追われているのですか?」

「まぁ。そんな所です…お構いなく」

 氏郷は、答えた。

「もう日も落ちます。うちに来なさい」

 女将の口調は強かった。

 五徳が氏郷に首を振っている。迷惑を掛けたくないと思っているのだ。

 ………………。

「申し訳ない」

 氏郷は、本当にすまなそうに女将に答えた。

 夜道をこのまま進む危険は計り知れないのである。

「さぁ、早く」

 女将に促され、一行は宿に着くと表に馬を繋いだ。皆が宿に入るのを確認した氏郷が街道に躍り出ると、

「分かってるだろうな! もし近づいてみろ、姫君の命はないと思え!」

 と、高らかに言い放って宿屋に入った。

「梅ちゃーん。また会ったね」

 と、せんが梅を抱きかかえて、グルグルと回っている。

「御迷惑をおかけしましてすみません」

 五徳が申し訳なさそうに、静かに言った。女将は先日主人を亡くしている。他人の事に構っている場合ではないと思ったからだ。

「いえ、あの人ならこうすると思うのです」

 位牌を見ながら女将が答えた。

 五徳とせんが位牌に手を合わせた。氏郷も後ろで手を合わせて深々と頭を下げた。

「ありがとう」

 と、女将が答えた。


 一行が宿屋に入るのを見ていた惣藏が、

「兄上! 乗り込みますか?」

 と、聞いたが、

「まぁよい、夜通し駆けずり回わられては、姫君に無用な危険が及びかねない。惣藏、我らも今宵はここに宿を取る」

「なんと暖気のんきなことを!」

 惣藏は、兄に詰め寄ったが、

「よく考えてみろ、奴らを連行して屋敷を囲むのもここで囲むのも同じ事ではないか」

「しかし、姫君にもしもの事があれば………」

「うむ。姫君には申し訳ないが、奴らにとっても大事な人質だ、手荒なまねはするまい。……それに、奴らの処分は御屋形様の返答を待ってからでも遅くは無い。皆交代で見張れ」

 昌続は、相手の逃走を阻止し、同時に捕える事が出来たと考えたようである。

 しかし、氏郷達の目的は逃走ではない、時間稼ぎなのである。

 この硬直状態は、お互いの利害が生んだ状況といえた。

 

 氏郷は、戸口が簡単に開かないように心張しんばり棒を念入りにって回った。

 お勝手では、女将と並んで五徳が手伝いをしていた。

 その横では、せんが梅と一緒に食材を切っている。

「梅ちゃん、お上手」

 と、せんがいつもの調子で手を叩いている。

 氏郷は火鉢を借りて二階の寝室に上がると、窓を開けて鉄砲を用意した。

 隣で弁が、火の着きだした火鉢へ向かいふうふうと息を吹きかけている。

「弁。皆の所に帰っても良いぞ」

 氏郷が、声をかけた。弁が自分から言い出したこととはいえ、ゆかりの無い自分たちと行動を共にしているのを不憫に思ったのである。

「兄ちゃんたちを残していけないよ」

 弁は、心のままを答えた。

「ははっ。生意気言いやがって! ……ありがとな」

 氏郷は思った。幼いながら、弁には弁の筋道が有るのだと。弁に強く頷くと、夜を徹しての籠城が始まった。




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