35 二人の旅路
「はぁはぁはぁ」
奇妙と松は足早に駆けていた。
氏郷達の馬車は、街道をそのまま東へと進んだが、奇妙と松は南へと進むと、東西に延びる狭い街道にでた。そして二人は、街道に沿って東を目指したのである。
息を切らせて、苦しそうにしている松を見て、奇妙が足を止めた。
「少し休みましょう」
「私は大丈夫です。はぁはぁ。それよりも五徳さん達は、大丈夫でしょうか?」
息も絶え絶えに、五徳達の事を心配している。
「心配いりません。氏郷は、ああ見えて、ただの馬鹿では有りませんから、無暗な事はしないでしょう」
「……ただの馬鹿では無い? って………あははっ」
松が笑顔を見せた。
「あはははは」
奇妙も言われて笑った。
「追っ手は無いようです。やはり、少し休みましょう」
奇妙が周りを見渡すと前方に村の集落と鳥居が見えた。
「神社の様ですね。あそこで」
それに松は、はいと頷いた。
奇妙達が行く街道沿いには、農村の家々が立ち並んでいた。地元の人が行き交う生活道といった感じである。その直ぐ脇に神社はあった。
鳥居の奥には木々で囲まれた広場があり、そこに小さな社殿があった。
「八幡神社ですか」
奇妙が、独り言のように言った。信濃の国は諏訪明神の膝元で有るのは、広く知られていたから、意外であったのかもしれない。
奇妙は、腰にくくり付けてあった竹筒を取り上げて、栓を取ると、松に差出した。
「良かったら水を」
「ありがとうございます」
松は、礼を言うと、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいる。両手で竹筒を持っているその姿が奇妙には何とも可愛らしく映った。
「奇妙様も」
と、松の差し出された竹筒を受け取って飲もうとした時、奇妙の動きが止まった。
「あっ………」
竹筒に紅が付いている。
「どうかされたのですか?」
「いっ、いえ。なんでもありません」
奇妙は唾をゴクッと飲み込むと、紅の上から口を付けて一気に水を飲んだ。
「ゲホッゲホッゲホッ」
「大丈夫ですか…そんなに慌てずとも…」
噎せている奇妙を気遣って松がその背中を撫ぜている。
「すみません……」
奇妙が落ち着くのを待ってから、二人は社殿に向かった。
二人並んで手を合わせた。
春の夕日が二人の背を暖かく照らしていた。
深く礼をして、奇妙は姿勢を正したが、松は手を合わせて目を閉じたまま動かない。奇妙は、松の佇まいに見とれていると、松は奇妙をみて、
「奇妙様に出会えたこと、神様に感謝していました」
と、言う松に、
「私も」
と、奇妙が優しく答えた。
社殿の隅に二人は腰を下ろして少し休んでから、
「そろそろ参りましょうか?」
と、松が立ち上がった。
奇妙も隣に立って何か考えている素振りを見せると、
「後一刻もすれば日が落ちます。ここで明日の朝を待ちましょう」
奇妙の提案に松が頷いた。
先を急ぐ気持ちはある、しかし日が落ちれば闇である。土地勘の無い場所を闇雲に進むのは、危険が多すぎる。奇妙の決断はもっともであった。