表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/42

31 松の決意

 翌日。

 松は縁側に座っていた。既にお化粧も済ませて衣も羽織っている。

 今日も差し入れを持っていこうと、はなが誘ったのである。

「うん。…よし!」

 流れる雲に決意をこめて強く頷いた。

 はなを、待っていると、話し声が聞こえてきた。

「ん?」

 と、松がそちらを向いた。

 それは、そこに信繁という名を聞いたからである。

 


 屋敷の一室では、昌続と喜兵衛が囲碁を打ちながら話している。

「御屋形様は信繁殿を、どうなさるおつもりだろうな」

 昌続が一手差し終えると喜兵衛に聞いた。

「いま、使いの者をやっておる。それまでは何とも言えん――確かに、織田家の嫡男に姫君か、東美濃一国の譲渡を交渉できるほどの駒ではあるな」

「喜兵衛。お前だったらどう考える」

「俺か――」

と、腕組すると少し思案した様子で、

「俺なら――三河に入っている、織田家の援軍を引かせる」

「ほぉう。それで……」

 昌続は、友の話を注意深く、面白そうに耳を傾ける。

「まず織田の援軍を引かせてから三河の徳川を征伐して、三河を手中に収める。さすれば、東美濃と三河から織田を包囲出来よう。その状況が作れれば、西の浅井。朝倉。伊勢の本願寺、そして都の公方、もこれを好機とみて我らに加担するはずだ」

 喜兵衛は、碁盤を見ながら淡々と答えた。

「おお!流石は御屋形様に目と言われるだけの事はあるな!四方から織田家を包囲できると言うわけか!いかに織田家といえども、これでは敵うまい。京の都に武田の御旗を立てる日も近いな!――御屋形様には、早く元気になって頂かなければ!」

 昌続は、興奮気味で言った。

「そうだな」

 喜兵衛は、少し笑みを浮かべて答えて、

「しかし、全ては、織田家の出方次第だ」

 と、続けた。

「確かに――噂に聞く信長殿の気性を考えると、素直に交渉に応じるとおもうか?」

「わからん。応じねば、見せしめとして貼り付け、もしくは、切腹であろう」

「……そうなると生きては帰れんか」

「松殿の事を考えると気の毒ではあるな……」

 喜兵衛は言いながら一手差し終えると、部屋から空を眺めた。

 その時、縁側でコトコトと音がした。

 喜兵衛は、音の方を見て、少し気になった様で有ったが、また碁盤に目を戻した。

 

 

「お待たせいたしました」

 はなが菓子箱を持って戻って来ると、松が立っていた。

 松の表情が強張っている。

 それに気付いたはなが、

「信繁様は、昨日の事など気にしておりませんよ」

 と、声を掛けた。昨日逃げ出してしまった事を松が気にしているのではと、気を使ったのである。

「菊さまぁ」

 と、部屋の中へ声を掛ける。

「はぁーい」

 菊が縁側で草履をはいて庭に立った。

「さぁ。参りましょう」

 はなが言った――。その時。

「ごめんなさい。今日は、私一人で行きます」

 松がいつになく真剣な表情で言った。

「えぇー!」

 と、菊が声を上げたが、はなは、松の様子をみて、

(そうですわね。皆が居ては、話づらいかもしれませんね)

「菊様、今日は私とお散歩に行きましょう」

 と、菊を誘うと、菓子箱と茶道具を松に渡した。

 

 奇妙達の屋敷には、元気な声が木霊していた。

「エイッ! ヤァッ!」

「おお! その調子だ! いいぞ!」

 氏郷と弁である。

 弁は、朝から屋敷にやって来て、氏郷と槍に特訓に励んでいた。

「セイッ、ヤァッ!」

 と、氏郷が弁の槍を絡めるように跳ね上げると、弁の肩を突いた。

 槍を模した棒の先には布がまかれてはいるが、もちろん手加減もしている。

 弁は後ろに転んだが、直ぐに立ち上がると、

「まだまだ!」

 と槍を構えなおした。

「ちょっと貸してみろ」

 氏郷が、弁の槍を持つと、その辺に有った短い棒きれを、槍の先に十文字に結んだ。

「何だよ、それ?」

「これか?これは、元々何処かの僧兵が始めたらしいんだけどな、最近の流行ってやつよ。これなら攻守共に使えるぞ」

 と、弁に渡した。

「ふぅーん、変なの」

 弁がその十文字の先っちょを眺めていると、 

「俺が討ちこむ、その槍で左右に絡めて受け流したら、俺を打ってこい、行くぞ!」

「セエィヤッ!」

 掛け声と共に放たれる突きを交わした弁が、横殴りにその槍で氏郷の槍を地面に抑え込んだ。

 次の瞬間一気に、間合いに入ると氏郷の顔めがけて突いていく。速い! この少年の動き、元々戦いの素質が有るとみえる。

 瞬足の一撃が氏郷の耳元で風を切った。

 氏郷は、顔面に当たるという時、首だけ傾げるように寸ででかわしたのだ。汗が中を舞うと、同時に右手でその槍を掴んだ。

「なっ」

 氏郷が笑顔で弁を見た。

「こいつは凄いや!氏郷兄ちゃん!」

 と、その槍をみて弁が喜んでいる。



 木の塀で囲まれた奇妙達の屋敷の周りには、警備の兵が二十人ほどいた。

 その中に惣藏の姿もあった。

 屋敷の中から聞こえてくる、氏郷と弁の掛け声を聞いていたが、腰刀を抜くと、ブンブンと振り回した。流石に退屈だと見える。

「ご苦労様です」

 突然声が掛かった。松である。

「あっ。はい」

 慌てて刀を収めてお辞儀をしが、松が一人だという事が気になった。

「今日は、御一人ですか?」

「はい」

「では、私がお供します」

「いいえ。一人で大丈夫ですから」

 惣藏は、心配そうに松を見たが、松の強い口調に、

「何かありましたらお呼び下さい」

 と、だけ言った。




 

 


歴史紹介

三方ヶ原の戦いの後、武田軍が長篠にて一か月ほど動かなかったのは、信玄の病気の悪化が原因だと一般的には言われている気がします。

しかし私は、三河に相当数の織田軍が居たという見解です。

5話の評定の場面でも書きましたが、言い伝えでは3万と言われています。これは、言い伝えという域を出ないためか史実として、言われることが少ないエピソードです。

実際はここまで多くなくとも相当数の織田軍が居たので、武田軍は、動かなかったのではなく、動けなかったのではにかと思うところです。

武田軍が、浜松城を落とさないで長篠地区へ向かったのも、挟み撃ちを避けるためであると私は考えています。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ