3 相撲会
奇妙が城下の広場に行くと大勢人が集まっていた。
町人達も集まり店をだし、その活気は、さながら祭りの様である。
群衆のなかから、
「お兄様! こっち! こっち!」
と、軽やかに呼ぶ声が聞こえた。
五徳と一緒に居る少女は、手を振りながら奇妙を呼んだ。
二番目の妹の冬である。
十三歳の妹は、幼さはあるが、品のある顔立ちをしている。
隣の氏郷も奇妙を見つけると、
「やっと来たか! もう始まってるぜ!」
意気揚々と言うと、冬に向き直り、
「冬、見てろよ。今日こそ五人抜きで、ぶっちぎるぜ!」
と、拳を作って見せた。
「おう! がんばれよ!」
冬も氏郷に拳を作って返した。ぶっきら棒であるが、憎めない口調である。
「あんた達、お似合いよね。私は、期待しないで見させてもらうわ」
と、少し呆れたように五徳が付け加えた。
広場の中心の一段高い場所に土俵がある。
奇妙達が、土俵の近くまで行くと、新たに一番始まろうとしており、歓声に包まれている。
二人の若者が向き合っていた。行司の声が掛かる、
「はっけよ~い」
次の瞬間二人は力一杯ぶつかりあって、一人が土俵の外まで吹っ飛んだ。
「あら鹿~」
と行司が調子の良い声で、勝者の名を言うと、より一層の歓声が上がった。
あら鹿と呼ばれた者は、奇妙と同じ年くらいであるが、ふんどし一枚で、如何にも普段から稽古しているという風体である。
「さあっ、次の挑戦者は~」
と、行司が群衆に、挑戦する者はいないか? 土俵に上がれと促す。
「よーし! 次は俺だ!」
氏郷が気合の入った掛け声で、土俵に上がろうとすると、
「まて、俺がやる」
奇妙は、そう言って氏郷の前に出た。
「お! 珍しいな、お前がやる気とは」
「チョット本気!?」
五徳が、おもわず突っ込みを入れたのも頷ける、あら鹿と言われた若者は、奇妙よりも二倍は大きい。
そんな事、気にする風もなく、奇妙は湯帷子のまま土俵に上がると後ろから氏郷の声が掛かった。
「本気で行けよ!」
「お兄様がんばれー」
冬も歓声を上げる。
それを見ていた、観客の町娘たちは、
「若様じゃない? 奇妙様よ!」
と口々に言い、黄色い歓声が上がった。
奇妙は、父親譲りの端正な顔立ちをしている。それに一国の若君である、娘たちの注目を集めても不思議ではない。
「なによ……」
五徳は少々不満そうにつぶやいた。
奇妙は、あら鹿と向き合うと、
「今日は気が立っている、遠慮は要らん。本気で来い」
と右手を曲げて合図して立ったまま構えた。
「では、容赦は致しません」
あら鹿も、構えて返す。
「それでは、お二方用意は良いか、はっけよーい!」
行司が促した、あら鹿が突進して得意の突き飛ばしに行くと思いきや、動かない、動けないのだ。それは、向き合ったものにしかわからない奇妙の気迫で有ろう。
あら鹿も、何故動けないのかと戸惑った。
「こい!」
奇妙が手で招いた。
「はっけよーい!」
行司は再度、続ける。
あら鹿は、自身の気持ちを吹っ切るように、がむしゃらに突進した。
奇妙は、正面から受け止める寸前、相手を掴みながら身をかわして、あら鹿を押し出そうとする。
その一瞬、
「おお!!」
と歓声が上がった。
が、あら鹿が踏ん張り、二人組み合ったまま止まった。
「まだまだ! 諦めるな!」
「お兄さまー!」
「若さまー! 奇妙さまー!」
氏郷と冬の声に続いて、町娘達の歓声がとぶ。
が、さすがに体格が違いすぎる、あら鹿が、踏ん張ると奇妙を思いっきり投げ飛ばした。
土俵から下の段まで投げとばされて転がって止まった。
「いててて……」
奇妙は、起き上がると湯帷子の肩で汗を拭いながら、
「さすが、あら鹿どの、また一番願おう。おかげで気が晴れた。」
と清々しく言った。
「おそれ入ります」
と、あら鹿も返した。
「まぁ、こんなものね……」
「あれ? お姉さま。残念そうね」
五徳の言い方に冬が返した。
「残念なものですか、当たり前よ当たり前」
五徳なりに期待が有ったのかもしれない。
「惜しかったな、奇妙! 剣術の様にはいかないものだな。よーし! 次は俺だ!」
氏郷は、上半身だけ脱ぐと意気揚々と土俵にでた、普段から鍛えているので、筋骨隆々と言った感じである。
「氏郷、がんばれよー!」
と冬がぶっきら棒だが、かわいい声で応援する。
「仇取りなさい! 仇! 負けたら承知しないんだから!」
五徳も楽しそうである。
歴史一言紹介
相撲会とは、相撲大会の事ですが。当時は勝ち抜き戦だったと伝記にあります。五人抜きは、誰々とありますので、五人抜きで金賞といった感じではないかと思います。
あら鹿は、実在の人物です。なんともカッコイイ通称です。
現代語について。
時代劇用語だけで書くか、現代語を使うか悩みました。
大河ドラマ、江で、江姫が「やったー」と言ったら非難が殺到という噂を聞きました。現在の真田丸はその辺ブッチギッテいますが。
しかし、良く考えると、時代劇用語とは、それらしさを演出するファンタジー用語とも考えられます。
当時の言葉は、当時の現代語です。
この用に考えると、人物のやり取りや感情、そのニュアンスを、リアルに現代人に対して伝える時、現代語を使うのも一理あると考えた次第です。
しかし、すべて現代語では、戦国らしさが出ませんので、時代劇用語と現代語を、織り交ぜながら使い分けて行きたいと思います。