表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/42

29 高遠城


 

「ほぉう! これは、凄い!」

 高遠城を、麓の川沿いから見上げて声を上げたのは氏郷である。

 山の尾根裾を利用した山城である。その城の大手門は、三十間以上は優に有りそうな、急勾配の斜面の上にあった。

「右の谷は、切り立った崖。左の谷は、狭い街道か……そして左右の谷から流れる川で城裾を囲んでいる」

 氏郷が感心するように付け足した。

「そして、この街道を通らねば諏訪に抜けられない立地か」

 さらに、奇妙が付け足す。

「奇妙、どう攻める」

「谷の外側にある、左右の山に陣を張られては、搦め手に回り込むのも容易では無いだろうな」

「おお!!」

 奇妙の言葉に氏郷が思わず声を上げる。

「左右の山が、でかい土塁と言うことか!」

「ああ。後方からの補給線を確保しながら籠城出来ると言うわけだ」

「うおおおぅ! これは面白ぇ!」

 少年達は、頭上の城を見上げながら目を輝かせていた。

 

 奇妙達を連れる一行は、正面の大手門からは城に上がらず、裾を左へと搦め手を目指した。

 諏訪へと続く街道に騎馬の一団がいた。そして、この狭い谷の川向うにも騎馬の一団が見える。この騎馬の一団は街道を封鎖している様子であった。

「おう! 喜兵衛! 検問ご苦労」

 先頭を行く昌続が、遠目から一団の中の若武者を見つけると声を上げた。

「昌続殿! 捜索の方は、どうであった?」

声を上げて昌続に応える男は、武藤喜兵衛という。歳は、二十七である。昌続同様、信玄の馬廻り筆頭格の一人である。

 昌続と比べると、線の細い印象ではあるが、長く流れる髪がとても似合っていた。

 喜兵衛は、昌続が自分の元までやって来ると、

「ここは、まだ通らん。甲斐の国へ向かうならここを通るはずであるが……塩尻方面へ抜けたというのは考えづらい……」

 一人思案するように語った喜兵衛は、昌続が笑顔である事に気が付いた。

「ん? もしや……そうかあの者達が、織田の……?」

「ははっ。察しが良いな。そうゆう事だ」

この二人は、信玄の命により奇妙を探していたのである。喜兵衛は、高遠で検問を張り、昌続は、街道を探して回るという手筈てはずであった。

 そこへ―――。

「ああっ! 父ちゃん!」

 と、弁が走って来ると、喜兵衛に抱き着いた。と、言うより体当たりしたと言った方が良い。それを喜兵衛がしっかり受け止めた。

喜兵衛は、弁の父親である。

「弁か! お前が何故ここに?」

「姉ちゃんと来たんだ!」

 と、得意げに答えていると、

「武藤殿、お勤めご苦労様です」

 と、松がやって来た。

「これは、姫君!」

 流石に驚いたようで、慌てて会釈をした。

「あの方々には、助けて頂きました。ゆっくりお休み頂きたいと思います」

「まっ。そういう事だ、首尾は後ではなそう」

 昌続が、喜兵衛にいった。

 


 奇妙達一行は、高遠城内の一つの屋敷に案内された。

 独立した建物で、木の塀で囲まれ庭が付いている。外来の武将の宿泊所といったところであろう。

 奇妙は、ここへ来てから妙に静かであった。

「しかし、良かったな奇妙。松殿は、中々素敵な方じゃないか! 少し気が強そうでは有ったが」

 と、氏郷が奇妙の肩を叩いた。

「うん……」

 奇妙は、それしか答えなかった。この屋敷に来てから、深刻な面持ちで妙に静かである。

「なんだ! その薄い反応は! せっかく会えて嬉しくないのか?」

 そのやり取りを見ていた五徳が、

「ちょっと、あんたさぁ。自分から気を使ってもっと話しかけなさいよ」

 ここへの道中、奇妙と松が何も話さなかった事を言っているのである。

 女子への接し方を、妹に説教される兄というのも何とも情けない話である。

 その時、突然。

「ああああぁぁぁ…………どうしよう…………」

 奇妙が頭を抱えて呻きだした。

「わっ。びっくりしたぁ! なんだ突然!」

「やはり迷惑だったか! なぁ氏郷! 迷惑だったら迷惑だと言ってくれー!」

 氏郷の襟首えりくびを掴んで揺すりだした。

「おい! 俺に言うなよ! 俺に! ……しかし言われてみれば……確かに」

 ここに来るまでの松の態度を思い出すと何とも言えないと思った。

「だよなぁ………」

 と、奇妙が膝から崩れて行く。

「はぁ? 今さら何言ってんのよ」

 五徳が腕組しながら突っ込んでいる。

「心配するな奇妙! これだけ近くに居るんだ、また話せるって」

 取り乱している奇妙に、取り繕うように氏郷が言った。

「はぁ? あんたも何言ってんのよ! ここを何処だと思ってるのよ。話せるどころか生きて帰れるか分からないじゃない」

 五徳の矛先が今度は氏郷に向いたようである。

「城を眺めてはしゃいでる暇があったら、少しは先の事も考えなさいよ。どうするのよ! この状況で!」

 この状況とは、庭を囲む塀の外には警備の兵が大勢いるのが分かる。

「うむ。確かに……」

 氏郷は、崩れ落ちている奇妙の横で考え出した。

「これは不味いぞ! 信玄公は、自分の息子も閉じ込めて毒殺したって言うし。ましてや、他家の人間に容赦が有るとは思えねぇ……おい奇妙!」

 と、隣を見たが、打ちひしがれていて話にならない。

「あんた達、何とかしなさいよ」

 五徳は、腕組してご立腹であったが、その指摘は的確なものであった。

「さすが五徳ちゃん! 偉い!」

 そこで、せんが、ぱんっと手を叩いた。

 


 奇妙達と別れた松達の一行は、大きな屋敷の一室にいた。

 夕飯を済ませ床に就こうとしている。

「松様、素敵な方ではないですか。良かったですわね」

 はなが、松の耳元へ寄ると、小声で奇妙の話をした。

「はっ…はい」

 松の顔が赤くなった。

 はなは、松を微笑ましく見ただけでそれ以上は、何も言わなかった。

「お疲れですから、今日は休みましょう」

 と、だけ言って、菊を自分の傍に抱き寄せると、横になった。

 一時ほどしてから、松が目を開けた。

 はなと菊は、旅の疲れもあり既に寝息を立てている。隣の部屋に居るはずの、惣藏と弁も静かになっていた。

 松は、上を向いたまま目をぱちぱちとさせて思った。

(寝れない………)

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ